僕だけが見える異世界 俺だけが見えなかった異世界

禾 八千

プロローグ 「救ってください」

見ることが、好きだった。

山の上から見る町や落書きだらけの公衆トイレまで、とにかく何から何まで見てみたいモノが出来て仕方がなかった。

子供の頃からずっと変わらない、ぼくの一番の楽しみは、たくさんのモノを見て、触れて、見たモノ触れたモノに、心の底からありがとうって言うことだった…





「はい、今日の診察は終わり。最近どう、彼女でもできた?」


無駄に長い診察を終え、開口一番に10代の男子があまり聞かれたくないであろうことを無遠慮に聞いてくる、このオッサン(多分、ニヤついてる)を、俺はあまり好きではなかった。


「いや、別に「できたのか、できてないのか、早く答えてよ。時間は有限だよ! 時は金なりだよ! タイムイズマネーだよ!!」 いや、うるせぇよオッサン!! こっちがまだ喋ってるだろ!!」


「え、じゃあできたの?」


「・・・できてないけど、、」


「あー、だよね。君、あんまりイケメンじゃないから。あと、友達いないし、人と喋るの苦手そうだし、友達いないし、勉強苦手だし、友達いないし、あと「おい、先生、一旦黙れ。それ以上言われると、死にたくなるだろ。 あと、友達はいないんじゃなくて、作らないだけだから、勘違いすんな」


17にもなって、友達や彼女が一度もできた事がないことを、ここに通いだしてから、3年間、ずっと俺を見てきた、このオッサンは知っているであろうことを、ここ最近、毎回のように聞いてきて、腹がたつ。 うるせえよ、どうせぼっちだよ。仕方ねえだろ、友達も彼女もこんな俺みたいなやつにはできないし、家族ですら、最近、俺のことを煙たがっているんだよ。



「で、診察の結果はどうなんすか。早く帰りたいんですけど」


考えていたことを一旦、切り上げて診察の結果を聞く。これ以上、この場所に居たくない。さっさと自分の部屋に帰って、昨日録画した映画の続きを見なくてはならない。

早く帰って見なければ、小学校から帰ってきた弟が、その存在に気づいて、また俺のものを隠す。 あのクソガキ、、お前がイタズラする度に俺は多大な労力を犠牲にしなければならないんだぞ。


「診察結果? えーと、、、うん! いつも通りだよ。特に悪化もしてないし、多分、これ以上は何か新しい症状が出ることも無いと思うから、今まで通り、気をつけて生活してね。

はい、手を前に出して」


補助されながら、ゆっくり立ち上がって、受付に向かって、ゆっくり歩く。受付に着いてから、高い声が特徴のおばさんにお金を払って、白杖を返してもらう。


出口まで、いつも補助してくれる背の高いおじさんと一緒に歩く。おじさんの高校生の息子の愚痴を聞き流しながら、一歩一歩、ゆっくり歩かせようとするおじさんに対し、せっせと歩こうとする俺とは、あまりそりが合わない。


出口まで、ついてきたおじさんの方に頭を下げ、病院前のバス停に向かって歩く。この時間帯になると、学校帰りの高校生と一緒になるから、なるべくせっせと歩くようにしている。


病院を出てから、10分ぐらいで着いたバス停には、案の定、高校生の集団の喧しい声が聞こえてきた。7人から10人ぐらいだ。

列の最後尾に並んで、数分後にバスが来た。前の人から、乗り込んでいき、次に乗り込むのが、俺の番になった。左手に持った白杖でバスの車内をついた状態で、右手で掴む場所を探す。いつもなら、すぐ乗り込めるのに、今日に限っては上手く見つからずに乗るのに手こずる。


そんな時、バスの車内から、高校生の話し声が聞こえてきた。


「ねぇ、誰か、手伝ってやりなさいよ、ほら行けし。鈴木」

「え、なんで俺なんだよ。というか、自分でいけよ」

「まあまあ、落ち着いて二人共」

「てかさー、一人でバス乗れないんだったら、歩いて帰れよ。俺、嫌いなんだけど、ああいうやつ。目が見えないからって、少し遅れても仕方がないとか、そういうこと考え方でいんじゃねーの」

「それな!!、障害者だから待ってもらえると思うなよ! 運転手さん、もうバス出しちゃいましょー」


車内から聞こえてくる声を聞いて、俺は急いて掴めるところを探して、車内に乗り込もうとする。だけど、今日に限ってやっぱりなかなか見つからず、俺は、半ば強引に車内に乗り込もうとして、足下の段差につまずき、倒れるように、乗車した。


「うわー、ダッサ」

「あははーー、初めからそう乗ればいいじゃねーか」

「皆、笑っちゃだめだよ、、、クックク…」


車内中の高校生たちの笑い声に包まれながら、俺は今頃見つかった掴む場所に縋りながら、立ち上がる。立ち上がってから、白杖が壊れていないか確かめてから、すぐにバスが発車した。




「でさー、そんときの鈴木がさー」


俺はバスの空いた席に座り、障害者に対する愚痴大会を終えた、高校生の話を聞きながら、自分の目について振り返っていた。


俺の目が見えなくなったのは、中学2年の時だった。


中学2年の夏休み、俺の目が見えなくなった日、俺は中学校の裏山にある『星降り広場』に居た。その日は、歴史上初めて観測される、特別な流星群が見えるということで、俺は1人で、望遠鏡を担いで行き、絶好のロケーションを確保して、流星群を待っていた。


そして忘れもしない0時丁度に、俺は人生最期の見てみたいモノを見た。


空が闇に覆われていた中に、ひとつの光が、ものすごい速さで通り過ぎた。

その光は、何度も何度も目の前を過ぎて、たったひとつで漆黒のそらに立ち向かっていた。四方八方を飛ぶ、ひとつの光に俺は感動していた。そして、人生最大の感動を与えてくれた光に人生最大のありがとうって言った。

だけど、そんな夢みたいな日に、漆黒のそらが俺を襲った。


空を飛ぶ光が消え、早く家に帰ろうと、望遠鏡を片付けていたら、そらの異変に気付いた。

俺がいた『星降り広場』という場所は、俺の住んでいた町で、一番高い山にあって、そこから見る流れ星が、まるでこっちに向かって降ってくるようだったから、『星降り広場』と呼ばれていた。


だけど、その日一つも見えなかったんだ。

そらにある星や月が。


さっきまでそらを飛んでいた、流星群以外のモノが、全て闇に覆われていたんだ。


そんなそらを見て、初めて俺は怖くなった。

今まで、落書きだらけの公衆トイレすら、見たいと思っていた俺が、初めて見たくないモノに出会った日だった。



俺は望遠鏡の片付けを中断し、脇目も振らずに逃げ出そうとした瞬間、そらから一筋の闇が俺の目に向かってきた。そしてその闇が目の中に入ってきた。その闇は、俺の目に覆いかぶさり、俺の見えていたモノも俺の見たかったモノも全て奪って、そらに帰った。


それが、俺の、斎藤司の人生最期に見たモノだった。





「次は、○○前ー、○○前ー」



気づいたら、降りるバス停に近づいていたので急いで降車ボタンを手探りで探す。

こちらの方はすぐに見つかって押せた。

バス停に着き、すぐにこの空間から抜け出そうとした時、いつのまにか高校生だけになっていたであろうバス内から、悲鳴が聞こえた。


「何これ!?、足下に何か、光ってるんだけど!!」


そう叫んだ瞬間に、バスを降りようとした俺を含めて、その場にいた全員がこの世界から消えた。






「やりました!!、成功でございます!!」


そんな喜びに溢れた声を聞き、倒れていた状態から俺は白杖を使い立ち上がった。


すると一緒のバスに乗っていた高校生の声が聞こえてきた。


「おい!!、どこだよ、ここ!?」

俺のことをバカにしていたグループのリーダー格の男が誰かに聞いている。目の見えない俺には、何が何だか分からないが、ここが普通ではないことだけはわかった。



すると、俺が目が覚めてから、はじめに聞いた声の男が、この先の俺の全てを取り戻す物語の口火を切った。




「ようこそ!!、異世界の勇者様!!

どうか、我が国を救ってください」


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