白蓮姫
木蓮の生まれた理由を知っているかい?木蓮にはね、こんな話があるんだ。自分の命で沢山の人を救った女の人がいたって話がね。折角だから君にも教えてあげるよ。
とある王国では神の渇きを癒す華姫の力を持つお姫様が生まれてくることがありました。そして、王国では何代か振りに華姫の力を受け継ぐお姫様が生まれました。彼女は美しい白金の髪を持つ王族の中で、唯一華姫の証である純白の髪色を持って生まれた末姫です。3人の兄王子はその瞳の色から紅の王子・緑の王子・黒の王子、2人の姉姫は蒼の姫君・琥珀の姫君と呼ばれ、王国中から愛されておりました。末姫もまた、紫紺の瞳をしていたことから紫紺の姫君と呼ばれていたのですが、いつからか彼女の一番の特徴である髪色から白連の姫と呼ばれるようになっていました。皆、明るく愛らしい末姫が大好きでした。
年頃になると紅の王子は王太子となり隣国の王女を妃に迎え、緑の王子は自国の公爵家へと婿入りし王籍を抜け、黒の王子は山向こうの女王の国の第一王女に請われ次期女王の夫となりました。蒼の姫君は隣国の王太子の元へと嫁ぎ、琥珀の姫君は伯爵家の跡取り息子と恋仲になり笑顔で嫁いで行きました。残った白連の姫はまだ15歳。婚姻を結べる18歳になるまでまだ3年ありました。彼女はよく王宮を抜け出して、王都や王家の管理する野山を探検しておりました。
白連の姫が17歳になった年のこと、海の向こうの国から21歳になる第2王子が外交官として王国にやってきました。白連の姫が何時もの様にお忍びで王都に繰り出していたとき、第2王子と出逢い、惹かれあっていきました。2人は王都で何度も逢瀬を繰り返しました。時には装飾の店を冷やかし、時にはカフェでゆっくりと語らい、時には野を散策しました。
2人が出逢って1年が経ち、白連の姫も18歳になりました。彼女は父王に慕う相手に嫁ぎたいと望み、許されました。そうして初めて第2王子に己の身分を明かし、第2王子もまた自分が海の向こうの国の第2王子で外交官であると告げたのです。こうして白連の姫は海の向こうの国へと嫁ぐことが決まりました。王国に残る兄姉も王国を離れた兄姉も自分達の愛する妹が慕う相手と結婚できることを大いに喜び祝福しました。半年の準備期間を経て、白連の姫は海の向こうへと嫁いで行きました。
王国は緑豊かな水の国。海の向こうの国は平坦な土地の多く、少し乾燥した国でした。気候の違いに慣れるまでは白連の姫も体調を崩す事もありましたが、1年、2年と暮らすうちに段々慣れて元気に過ごせるようになりました。
白連の姫と第2王子は、3人の子供に恵まれました。黒髪に紫紺の瞳をした男の子、白金の髪に焦げ茶の瞳をした女の子、栗色の髪に蒼い瞳の男の子。2つの王家の特徴を受け継いだ、元気な子供達です。
子供達が6歳、4歳、3歳になった年、歴史上でも類を見ない程の渇きが国を襲いました。多くの占術師達は皆揃って白い贄を、白い人柱を飢え渇く神に捧げれば、渇きは去るのだと読み説きました。国の何処を探しても白を持つ人間は白連の姫しかおりません。第2王子は泣く泣く彼女に占術師の言葉を伝えました。君を喪うくらいなら国を捨てる、そう伝えました。しかし、白連の姫は笑って顔を横に振ったのです。
貴方に嫁いで10年の時が経ったわ。私はとても幸せだった。生まれ育った王国と同じくらい、この国を愛しいと思っているし、守りたいと思っているの。私はこの国の血を受け継いではいない・・・・・・でもね、私は民を守る王族なの。うぅん。それ以前に子を守る母なのよ。私1人の命で救えるなら安いもんだわ。贄になるくらいなんてことないの。貴方を、子供達を此処に遺して先に逝くのは確かに苦しい・・・・・・苦しいけど、守りたいの。白を持つ私に行かせて頂戴な。
第2王子も子供達も白連の姫の固い決意を覆すことができず、贄えとして捧げられる日を迎えてしまいました。
純白の髪に紫紺の瞳。
そして、純白のワンピース。
白い妖精を思わせる彼女の手には己の命を捧げる短剣。
ねぇ、神様。華姫たる私の命だけで満足なさいな。水の国先王の血を引く今代華姫、白連姫が貴方の為に死んであげるわ!!
そう言って、彼女は持っていた短剣を己の心臓へ突き刺しました。大地に流れた血を起点に草木が芽生え、雲ひとつなく晴れ渡っていた空は黒く陰り、大粒の雨が大地を潤しました。神の渇きが白連の姫の命で癒され、国を覆っていた渇きが去ったのです。
白連の姫の身体から最後の一滴の命が流れ、大地に落ちました。そこからは1本の樹が生まれ、国を愛する白連の姫の心を象った淡い紫色の花を咲かせました。
さようなら・・・・・・いつまでも愛しているわ・・・・・・
小さく吐き出された家族への言葉。それは確かに彼らに届いていていました。同時に零れ落ちた一滴の涙から生まれた樹は愛する家族へ向けた白連の姫の心を象った、淡い桜色の花を咲かせました。
命の輝きを喪った身体は1本の樹へと姿を変え、神の渇きを癒す華姫としての力、そして白連の姫の神へ向けた敬愛の心を象った、白い花を咲かせました。
白連の姫から生まれた木々は、それぞれにその名を冠し
どうだった?紫木蓮は彼女の血から、桜木蓮は涙から、そして、紫木蓮は彼女の亡骸から生まれたんだ。・・・君は恐ろしいと思うかい?それとも悲しいと思うのかな。
僕はね、彼女の命の輝きがあったからこそ美しくも儚い木蓮の花が生まれたと思ってるんだ。だから恐ろしいとは思わない。でも・・・花を見る度に少し切なくなるかな。
(完)
木蓮短編集 文月 譲葉 @fuduki
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