〔夢の足音《Game the call's》〕

明るい。今日も白に満たされた、一日の始まり。

白い雀に朝の言葉を掛けて、階下へと降りる。

既に蒼色そうしきの官衣を着た父と、赤色せきしきの着物を着た母が居て、朝食を食べていた。

こちらに気付いのは母が先だった。


ユゥスリカおはよう。リア」

ユゥスリカおはよう。母さん。それに父さんも」

あぁシェ。昨日は遅かったのか?」

「ぼちぼち、かな」


水色すいしきの衣をひらめかせ、朝食の座に着く。今日はトーストとスープ。いつもの朝食とさして変わりはない。

トーストを齧り、ブラックボード黒板に視線を向けた。

父は宮殿。母は医務室。自分の場所スペースは空白だ。そういえばイラとユキに勉強を教える日だった事を思い出す。約束の時と場所は今日の昼前に書物庫イーガルで。


「リア、今日は?」

「イラとユキと書物庫イーガル

「勉強ね。あまり遅くならないようにね」

分かってるウィニ


朝食を終え、長い髪を水色の紐で括り、カバンに道具を詰めて玄関に行く。


行ってらっしゃいグラィティア

行ってきますグラィテ


母の見送りと共に外に出る。

白色はくしきの街には色彩しきどりの服で溢れている。

蒼、赤、黒、茶、水色、黄、橙、緑。

流石にまだ紫色ししきは見た事がない。皇族の色だから。

リアが住む街は下町・通称『書物庫街イーガラー』。

第四城下町の東に位置する、勉学者アビリティカたちの多く集う所だ。

しばらく歩けば街一番の『書物庫イーガル』……『知ノ書室ユレン』が見える。待ち合わせ場所だ。

完全予約制の書物庫であり、ほぼ年中開いている。

予約の合言葉『ザドキエル知の天使』と受付に告げ、中に入る。

少し奥まで行くと真面目な待ち人の一人が本を読んでそこに居た。

水色から毛先にかけてゆっくり蒼色に染まる、短髪ショートヘアーに深い蒼の瞳。陶器の如き白肌に『夢色むしき』と呼ばれる虹色こうしきの衣の少年。ユキだ。

ユキの隣に座り、本を覗きながら声をかける。


ユゥスリカおはよ、ユキ?」

「…………リ、ァ?」

ああシェ、リアだ。合ってるウェナ


その言葉でユキはを開けて蒼色の眼でこちらを見てにこりと微笑んだ。

ユキは生まれつきが弱い。しきで役職を見分けるこの国は、ユキにとって酷く『痛い』と感じてしまうらしい。ユキいわく、『情報インフォが多過ぎる』のだそう。

だからユキは瞳を閉じる封じる。自らを守る為に。ユキは必要な時──例えば自己紹介する時とか──に瞳を開けて必要な情報を得て再び封じる。瞳の代わりに耳が凄く鋭い。

細かい周波数の違いから人が誰なのか、男か女か、どこの出自なのかをほぼ的確に認知していた。今、リアを理解わかった時も耳の鋭さによるものだとユキは言う。


「早いね、今日は? 何かあった?」

いいやノア? ただの気まぐれさ」

「そう? リアは気まぐれ屋だね」


そう言ってユキが笑う。

ユキは瞳の事で少し学校ラニィに馴染めず、『書物庫イーガル』に閉じこもるようになった。

リアぼく頭の良さIQ故に学校を辞め、イラとユキの教師ティニアとして時々『書物庫イーガル』に来るようになった。無論、父と母は知っている。隠そうとも、思わなかった。

リアも幾つか本を持ってきて、ユキと並んで読み始める。

あとは遅い──と言っても彼は時間きっちりに来るだろうが──もう一人の待ち人の到着を待つだけだ。

リアが本を読みだして時間にして約三十分経って、彼は来た。

珍しく待ち合わせ時刻の十分前だ。何かあったのだろうか?


どうしたトゥニ? 珍しく早いじゃないか、イラ?」

いいやノア、何にも。走ると熱いな」

「イラ? 走って来たの?」

ああシェ、ユキ。遅れるかと思ってな」

「多少遅れたってイラの課題ノルが増えるだけだぞ?」

「それがなの!」

「それが、嫌なんじゃないの?」

「はは、ハモったな」


イラも来た所で、勉強を始める。

二人とも頭は良い方で、イラは考え方さえ理解出来れば間違えないし、ユキは意味を図式に起こせるようになれば難無く解ける。

リアぼくの役目はそれを二人に分かるように溶き解す事。

長い間勉強しても集中は続かない。なら短時間で必要な部分を学べばいい。

だから、いつも僕らがするのは二〜三時間だけだ。

この日も次にやる日までの課題を二人は解いていた。

ユキが途中の問題を訊いてくる。


「リア、これどう解けばいい?」

「んん? どれ?」


ユキが引っかかっていたのは方程式だった。上手く式に起こせないらしく、頭の上に大量にクエスチョンマークが飛びかっている。

読んでいた本を閉じてユキの向かい合わせから隣へ移動し、解き方を持ってきていた白紙に図式を起こして説明おしえる。

リアの説明にやっと解き方が分かったのか、ユキは引っかかっていた方程式の問いをあっという間に解いてしまった。


「リアのお陰で分かったよ! ありがとうサイニィ

どういたしましてウェルム。イラは大丈夫か?」

「……」


イラに訊いた疑問に返ってきた答えは無言だった。

つまり、問題ない、という事。集中スイッチが入っているうちは、自分で出来る、という事。

だから、リア《ぼく》もユキもそれ以上何も言わず自分の事に戻った。








が鳴らした、『生と死の遊びデス・ゲーム』の音に気付く事なく。

ただその日も、変わらない、平凡とも平和とも言える日常が過ぎていった。

そして、これからもそれが…続くと信じて、疑わなかった。







蒼い深く染まる蒼空にいて、

にぃッと愉しげに口元を歪めて、謡うように言葉を漏らした。


「さぁ……平穏に捧ぐ、『遊びゲーム』を開始はじめようか?」


まだそのを知らず、『遊びゲーム』の開始を知らずに平穏を生きる、愚民ごみを見下ろしては心底愉しげに、嗤っていた。

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因果の裏 壱闇 噤 @Mikuni_Arisuin

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