【命の重さ】と適切な尺度
「結局いつまでもころころと話題を転がして【命の重さ】の答えが出てこないじゃないか。僕がいないからっていつまでも脱線してちゃ困るよ」
ネムリネズミの声がカップの粉砕液の中からする。
ああ。やっぱりこいつはこんなことされても生きているんだ。
ウサギがカップをひっくり返すと紅茶のような色の粉砕液の中からネムリネズミが出てきた。
ぶるぶると体をゆすって乾かそうとするネムリネズミを手に取ってウサギが言う。
「【命の重さ】について考えて、【命の価値】についても考えた。でも【命の価値】について答えは保留して、【命の価値】と【命の重さ】が関係ないということも示した。結局、本題である【命の重さ】についてなにかヒントが得られたかい?」
帽子屋と私は顔を見合わせるけど確信は持てない。
「【命の重さ】と【命の価値】は言葉の上では似ているけど違うものだった…ってくらいしか」
「【命の重さ】の話は掴みどころがなくて一向に確信できる答えが出てこないんだな。いや、もちろん命には重さなんてないっていう結論に行くのが無難なんだけど、そこには面白みがないんだって」
「面白いかどうかで議論の
ネムリネズミが帽子屋の帽子の上からでてくる。
「いや、おもしろいかどうかは重要なことなんだ。与太話、与太語り、与太考察。それらは話の中身が一番大事でおもしろくなきゃあダメなんだよ」
帽子屋はネズミを机の上に置いて自分の帽子で覆った。
「つまらない結論になろうとも中身が面白くなけりゃ議論の価値はないんだ」
「じゃあ、まず結論から決めてしまいましょう。後から中身を埋めてはどうかしら?」
「それがいい考えか悪い考えかはわからないけど少なくともおもしろそうではあるな。乗ったぞ」
帽子屋は胸ポケットから万年筆を取り出して机上のナプキンに書き込んだ。
『命には重さなんてない』
「【命の重さ】なんてものはない。オカルトチックなことはない。さあ『つまらない結論』だぞ」
「ええ。退屈でつまらない結論ね」
「退屈でつまらない結論だな」
「それで終わるならつまらないままになってしまうぞ。さあ考えろ。重さがないなら代わりに何があると見つかれば面白い」
「そうね。他に重さがないものを上げて面白かったものを考えましょうか」
ウサギがいくつか例を挙げる。
「気分はどうだい?」
「気分は重くなるさ」
「天気は重くない」
「
空気はどうかしら?
「重い空気を読めないのか、君は」
「水素、酸素、窒素、二酸化炭素」
「もうわざとやってるんじゃないだろうな。そもそも気体やガスは重さがあるものだろうが」
じゃあ炎は?
「なんだって?」
炎よ、炎。火。火っていうのはガスと同じでとらえどころはないけれど「炎」自体は重さがないんじゃない?
「炎の重さは燃えてるガスの重さだろう?」
それじゃあ【命の重さ】は肉体の重さってこと?
「ふむ。ふむふむ。うーん。なるほど。炎は燃焼現象が示す、光と熱だ。光も熱も物質ではないから重さがない。なるほど。なるほど」
なにかヒントになったかしら?
「ああ、なったとも。【命の重さ】を量るのは尺度を間違えていたんだ」
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