命の重さと燃焼現象

「尺度だ! 尺度が違ったんだ!」

帽子屋が声を上げる。

尺度が違うというのはどういうことだろう。

「【命の重さ】の問いは『解なし』だ。なぜなら命は重さで量るものじゃなかったんだ」

どういうことかしら。

命は重さで量るものじゃなかったってこと?

「ああ。例えば『身長の重さ』や『体重の長さ』は測れないだろう?」

それは。単位が違うものね。メートルとキロ。

「キロは長さで重さだよ」

ネムリネズミが口を挟む。

補助単位を単位として使ってるんだから仕方ないでしょう、それは。

「じゃあ君はギガってのも許容できる? 『ギガが減る』ってやつ」

あっ、それは無理。これは理屈じゃなくて心情。

でも何が違うのかしら……って危ない危ない。

ネズミに乗せられてうっかり大幅な脱線をするところだった。

単位の話はやめておこう。

「重さっていうのは命について考える時の適切な尺度じゃなかった」

それじゃあ命は重さじゃないなら何を見るの?

「命は炎と同じ。それは【現象】だったのさ」

現象…?

命はモノじゃなくて現象だったの?

「ああ、そうさ。だいたいよく考えたら命なんて漠然として形のないものが物質なわけないじゃないか」

「水素だって漠然としてて形がないけど物質だよ」

ネムリネズミの茶々を遮るために帽子屋は自分の帽子をネムリネズミの上に被せて覆ってしまった。

「言葉の上げ足を取るんじゃない。つまりだな。僕が言いたいのは『炎に重さがない』のは炎は物質じゃなくて反応による光や熱のエネルギーだってことさ」

命もまたエネルギーってこと?

なんだか急にファンタジーでスピリチュアルな話ね。

「いやいやそんな単純に命がエネルギーってわけじゃなくて……エネルギーが変化する際の現象の集まりが命なんだよ」

現象の集まり?

「光は光エネルギーだ。熱は熱エネルギーだ。燃焼現象…炎はその二つが合わさって炎として僕らは認識できる。命もそれと同じだ」

熱エネルギー、運動エネルギー、位置エネルギー、電気エネルギー。

そういったものの集まりが命?

「だから重さなんて測れないのさ。エネルギーには重さがないからね」

じゃあエネルギーがなくなったらどうなるの?

「いいかい。エネルギーってのはなくならないんだ。エネルギー保存則。小学生の時に習ったろう?」

習ったのは小学生の時じゃあない気がするけど。

ええ、まあ。当然知っているわ。

エネルギーは形を変えるだけで失われることはない。

「命はエネルギー変化の現象なんだよ! 熱エネルギーや光エネルギーを発する燃焼が物質の化学変化なのと同じで命という現象も変化の過程で生まれているんだ!そう!まさしく『命の炎』を燃やすってことさ!命とは熱や光と同じように輝きを放つ現象なんだ!」

「輝くもの、熱いもの、素敵なものだね。命ってやつは」

命に熱や光を見出すの素敵だけど、現象っていうことは何かが変化してるのよね。

でも変化って何から何へと変わるの?

子どもから大人になるということ?

「生きて死ぬということさ」

生まれて…死ぬ…。

命とは『死んでいく』という現象?

そう。命は現象だ。だから重さがない。重さはないけど価値はある。

それが重いか軽いかは別としてもね。

「誰だって死んでいくのさ。今の君と同じように」

ネムリネズミが私の襟から顔を出す。

ちょっとそんなとこから出てこられると喉が苦しい。

ケホッ…

うっ、息が…。

「息ができなくて当たり前だろう? ここは水の中なんだぜ?」

「水の中じゃあ息ができなくて苦しい。うん、当たり前当たり前」

帽子屋とウサギもそういうことを言い出す。

言うや否や顔が青くなり口から泡を振き苦しそうにもがく…

私の息も、ネムリネズミに関係なく詰まってきて…


***

ゲホッ、僕は口から水を吐いて、むせる。

どうやら風呂場で寝てしまい、お湯に顔をつけて沈んでしまっていたみたいだ。

お湯…というにはもうぬるくなりすぎた水に身震いすると

僕はシャワーに手を掛けた。熱いシャワーが浴びたい。


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与太語りのアリス 青猫あずき @beencat

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