第二夜
プロローグ 水底のマッドティーパーティ
嫌なものを見た。
帰宅途中に道で轢かれた動物の死体を見た。見てしまった。
車に乗りながら見たそれをとっさに避けることはできず、ガンッと衝撃が車体を揺らした。そう。僕は死体を更に轢いてしまったのだ。
夕ご飯を食べる気分にはなれなくて先にお風呂に入ることにした。
お湯を張る間、なんだか体にねっとりとからみつくような感覚を覚える。
運転した時には感じなかった癖に。
お風呂に入って洗い流せる直前になって「穢れを受けた」と認識する自分の脳みそはいささか都合よく考えすぎだろうか?
そう考えて自分に嫌気がさす。
湯船の中で目を閉じた僕の体はゆっくりと浴槽に沈んでいく。
自分の体とお湯の境界がぼんやりとなじんでくるにつれて自分の意識も揺らいで……。
***
体とお湯の境界がはっきりと認識できなくなって、自分の体がわからなくなる。
溶けて液体になった僕の体がお湯の中で流動する。
お湯という液体の中、液体の私は混ざることなく、ゆっくりと下へ沈んでいく。2つの液体が合わさったときにどちらかが沈むのは比重が重いからだよね、そう連想して首を振る。いやいや、自分は重くなんてない。太ったりなんかしていないし小柄なんだから断じて重くない。
あ、いや。別に軽いといっても人間の体なんて水より重くて沈むものなんだからおかしくないのか。
もう人間の形をしていなくて溶けてしまった私が言ってるんじゃやっぱりおかしい気がするな。
だいたい水に浮くような比重の軽い液体で真っ先に思いつくのは油だ。
油の方がよっぽど太った人のイメージを想起させるんだから、沈むってことは太ってない。よし。理論武装は完璧。明らかに論路的ではないので理論武装というよりは感情武装だけど。
ゆっくりと水の底へ沈んでいくと水の底に長いテーブルが見える。
テーブルの上に乱雑に置かれた茶器とまだ整えられたままの茶器が見える。
そうか、またこの
テーブルについてるのは帽子屋と三月ウサギ。
私は底にまで落ちるとぶるぶると体をゆすった。
泥だらけの犬がそうやって振り払うように液体の私はまわりに飛び散って水に溶けてしまい、後にはいつも通りの私がそこにいた。いつも通りの少女のアリス。
「やあ、アリス。いつからそこに?」
帽子屋の問いに私は答えて
「ついさっき、底に」と返す。
「それじゃあアリスも来たことだし最初から話そうか」
「今日のテーマは何かしら?」
「今日のテーマは……」
たっぷりと溜めてから帽子屋は言った。
「【命の重さ】さ」
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