命の重さとポール・ワイスのひよこ

「命の重さ? それはとても大切でとても重いものよ」

命の重さが重いなんてこと誰でも知ってる。習うまでもない。

「本当に? 命は重いものかな? 具体的には何グラム?」

帽子屋の問いかけはあまりにもナンセンスだ。

命が重いっていうのは命の価値の尊さの話でしょ。

そこに物理的な重さは存在しないんだもの。

ああ、でも。

「「42」グラム」

私の発言に被せてネムリネズミのやつがティーポッドから飛び出してきて私の答えた数字はかき消された。

「究極の疑問の答えはいつだって42」

その答えを質問に返すのは安易な逃げだと思うから私は好きじゃない。

もちろん堂々巡りの話を終わらせるきっかけには役立つし

思いついたこと自体が偉大な答えだというのはわかっているけれど。

というか答えの正当性とか重要性とか関係なくない?

他人の言葉にわざとかぶせて喋るのはマナー違反だ。

私はネムリネズミを机から払い落とす。

「払い落とすのはマナー違反じゃないのかー」

「机の上に上っている方がマナー違反だから払い落とすのはマナーに違反しないわ」

私は改めて答えを用意する。

「21グラム。むかし本で読んだの。人間が死ぬと体重が21グラム減るって。あなたが聞きたい物理的な重さってこれのこと?」

「素晴らしい!聞きたかった答えはそれだ。だが求めている答えはそれじゃない」

帽子屋はそう言って紅茶を私のカップに注ぐ。

「21グラムは一説には肺の中の空気の重さだとも言われている。死んで体から空気が抜け出る分軽くなったというわけだ」

「だいたい僕は死んだ瞬間に体重が減るってこと自体が疑問さ。死んだ瞬間なんてどうやって計測するのさ?」

ウサギが砂糖を1杯私のカップに入れる。

「それは体重計だか測りだかを使ってその上で死ぬのを見届ければいいでしょ。死の瞬間の扱いとして人道的じゃないとか人命を軽んじてるとか、そういうことは脇に置いておくとして」

「それでわかるのは重さだけさ」

ウサギが砂糖を1杯私のカップに入れる。

「だから重さが変わった瞬間が死んだ瞬間でしょう?」

「いいや違うね。重さが変わった瞬間は重さが変わった瞬間に過ぎない」

ウサギが砂糖を1杯私のカップに入れる。

「死んだから肺の中の空気が抜けたんでしょう?それで軽くなった。重さが変わった」

「死んだ瞬間に肺の空気が抜けるってどうしてわかるのさ」

ウサギが砂糖を1杯私のカップに入れる。

「それは実験したから」

「実験っていつしたのさ」

ウサギが砂糖を1杯私のカップに入れる。

「それはだから最初に命の重さを物理的に測った時よ」

「いいや違うね。それは後付けの解釈さ。いいかい、死んだ瞬間がわかってやじるしその前後で重さが違う。違う、そうじゃない! 重さが変わったのでやじるしその瞬間に死んだことにした。人は死ぬと重さが変わるやじるしそれは魂の重さだやじるし命には物理的な質量が存在する。そうやって結論を出すために遡って決めた死亡時間が体重の変わった瞬間というわけさ」

ウサギが砂糖を1杯私のカップに入れる。

「じゃあ命に物理的な重さはないの?」

「いいや、僕はないかもしれないってことを示しただけさ。もしかするとあるかもしれない」

「答えは教えてくれないのね?」

「それを考えてるのが今さ」

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