カニバリズムとテセウスの船 その3

ウサギは自信満々に

「他人を食べたてもすぐに…この『すぐに』は永遠に対して数か月は短いって意味だけどさ。すぐに体から出て行ってしまうから、食べても永遠にいられないっていうのは、うん。僕は違うんじゃないかって思うのさ」

と言った。

帽子屋が興味深げに尋ねる。

「ほう。それは何故だ?是非それを私に聞かせてほしいな。そのためにこの話をしているんだから」

そのためにって、あなたは最初に私のための話しあいだって言ってたのに……あれ言っていたのはウサギの方だっけ?まあ、どっちでもいいけど。

「いいや、これはやっぱり君のための話あいだね。君の頭に沸き上がった無意識の疑問を整理するのが僕らのお茶会だからね」

ネムリネズミがなにやらしたり顔で言ってくる。話し始めたのは帽子屋なのでそれは違うんじゃないかと思ったけど今はウサギの話が聞きたいのでネムリネズミのことは放っておくことにする。

「さっきから一度だって僕の言うことを聞いたヤツはいないじゃん」

うるさい。わたしはポットのふたを開けてもう一度中に押し込んでやった。

さあ、ウサギの話を聞こう。

「それじゃあ、まずは前提知識の共有さ。【テセウスの船】を知っているかい?」

なんとなく聞いたことはあるようで思い出せない。

「それでも【おじいさんの古い斧】の詩はそらんじられるだろうさ」

「それならできるわ」

「じゃあやってみせて」


***


【おじいさんの古い斧】

この斧は古い斧 おじいさんの古い斧

やいばの部分は3回変えた

ぼくが先週あらたに変えた

父が若いころあらたに変えた

おじいさんだって1回変えた。

おんなじようにだって変えた

最初のやいば金物屋かなものやさんへ

最初のは畑の土へ

それでもこれは古い斧 おじいさんの古い斧


***

「どうだったかしら」

「どうもこうもないよ、そんな詩は最初からないんだから」

ネムリネズミの入ったポットを私はぶんぶん振り回してカップに注いだ。

ネムリネズミとおんなじ色の茶色の液体がカップに満ちた。

にもかくにもテセウスの船だ。基本はその斧とおんなじさ」

もう最初の部品は残ってないってこと?

「その通りさ。テセウスが乗って冒険した船は保存され、古くなった部品は交換されて、それでもなお【テセウスの船】だと言われ続けているのさ。さあ斧みたいにこいつもすべての部品を変えたら?そいつをまだ【テセウスの船】と呼んでいておかしくないか?」

うん。そういえばそんな話を聞いたことがあるような気がする。

でも確かにおかしいな。それはもう【テセウスの船】じゃない。でもそれは【テセウスの船】のはずで……

直感と論理が噛み合わない、というよりもどちらが直感でどちらが論理的なのかわからない。

【テセウスの船】だとするのが論理的なの?

【テセウスの船】でないとするのが論理的なの?

「おいおい、ここでつまづくのかい?困った困った。それじゃあ話が前に進まないじゃないか。よし分かったこうしよう。僕が答えを教えよう。【テセウスの船】はテセウスの船だ。少なくとも僕はそう考えるのさ。そうじゃないと話が先に進まないからね。さあ、答えがわかったから先に進もうか」

「それじゃあ納得いかないわ」

私はウサギのから答えだけを聞かされても満足できない。

なんで? どうして? 私は理由が知りたいの。

「まあ君はそう言うんだろうさ。だからこいつはとっておきだ僕はこれから説明しないで話し出すし説明のために話し出す」

「どういうこと?」

「重なり合ってるってことさ。これから僕は【テセウスの船】の話をするかもしれないししないかもしれない」

「どっちなのかしら」

「それを君が選ぶんだ」

アリスは…



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