カニバリズムとテセウスの船 その2

「食人をした意味っていうのはどうゆうこと?」

私は尋ねる。題意が分からない質問は苦手だ。

「食人をした結果だと言い換えてもいい」

帽子屋が説明してくれるが説明になっていない。

「お腹が満たされるのさ」

「それもその通り。だがそれは他の食べ物でも同じだろう?」

「まあ、そりゃあそうさね。何を食べてもお腹は満たされるさ」

「じゃあ食人じゃなくてもよくないか?わざわざ食人を選んだならそれに対するリターンがあるべきだ」

「じゃあ同じように食人でもよかったんだろう?」

帽子屋の言ってる意図をつかみづらい。

つかみづらいなりに私は考える。

「帽子屋さんはつまり……その……食人をすることで得られるメリットの話がしたいということ?」

「ああ。それはかなり近い。だがメリットだけじゃないデメリットもだ。食人の意味とはつまり、『食人によって何が変化したか』ということを指しているんだ」

「だから腹が満たされるのさ!」

「そうだけど、そうじゃない!」

帽子屋が声を張り上げる。テーブルの上の茶器がカタカタとゆれた。

「あっ、いや声を荒げてすまなかった」

「謝ったから許すさ。だがこれでもまじめに応じてやってるんだぜ。食人したから腹が満たされた。それはつまり餓死しなかったってことで、死ななくて生きれるって意味さ」

帽子屋はそれをきいてアゴに手を当ててしばらくうなった。

「そうか。分かった。場面が漠然としてるから私のしたい話ができないんだな。ウサギが話してるのはあれだな。サバイバル状態でお腹が減ったらから死体を食べたという話だな」

帽子屋が聞くとウサギはうなずいた。

だけどそのうさぎのお腹から、

「食べる前が死体だったとは限らないけどね」

ネムリネズミの声がした。

ウサギはポンと自分のお腹を叩いた。

「じゃあ帽子屋さんが話したいのはどんな場面でのカニバリズムなのかしら?」

「私が語りたいのは相手を食べて自分に取り込むという視点だから……そうだな……」

しばらく帽子屋は考え込んでいたのでアリスはその間に目の前の紅茶を飲もうと思った。

「よし。よし。決めたぞ。私が話したいのはだな、『好きな相手を食べてしまったとしてどうなるか』だ」

「警察に捕まるね」

目の前のカップの紅茶からにゅっNewと現れたネムリネズミがそういったので私は驚いて椅子からひっくり返った。

「聞き方を変えよう。『その行為にどんな意味があるか』だ」

「『相手を独占できる』『血肉になってずっと一緒にいられる』あたりさね」

ウサギの答えを聞いて満足げに帽子屋は笑みを浮かべた。

「その『血肉となる』というやつだ。いいか。人間の細胞は日々入れ替わっているんだぞ。食べた相手の血肉なんていうのは数か月も経てば綺麗さっぱり体からなくなるんだ。ずっと一緒にいられるわけじゃない」

「それはあんまりだわ。ロマンがない」

「猟奇的な話にロマンを求めるのは不謹慎じゃないの?」

せっかく起き上がってきたのにまだカップの中にいるネムリネズミが言うもんだから私はカップごと後ろに放り投げてやった。

「他人を食べることで自分にどんな変化があるんだろう?そういう話よね、これは」



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