カニバリズムとテセウスの船 その1
食人。カニバリズム。人肉を食べるということ。ヒトがヒトを食べるということ。
「【我が子を食らうサートゥルヌス】みたいに、殺害が目的の食人もあるけど、そういうのは一旦置いておこう」
そういう帽子屋の手元のポットからネムリネズミが顔を出して口を挟む。
「そもそもサートゥルヌスは神で子供たちも神なんだから食人じゃあないよね」
ガンッと音を立てて帽子屋はポットを机に置いた。
「それじゃあアリス、問題だ。人を殺す手段としての食人以外にはどういう食人があるかな?」
帽子屋の問いかけの答えを私は考える。
「お腹が減ったから食べた食人っていうのはどうかしら?」
「いいね、それは『殺害が目的の食人』じゃあなさそうだ。」
そこにウサギがうんうんとうなずいてから付け足す。
「『食人が目的の殺人』ではあるかもしれないけどね?」
その答えに帽子屋が大笑い。くっだらない。
「それじゃあ他にはどんな食人があると思う、ウサギくん?」
今度はウサギの方に帽子屋が問いを向ける。
「そうさなあ。愛ゆえの食人ってのはどうだい?食べちゃいたいほど可愛いてやつさ。可愛い子供を食べちゃいたくなるって表現があるだろう?あの衝動さ。ほらさっきサーなんとかが食べたのは自分の子供だって言ってたろう」
「サートゥルヌスが我が子を食らったのは息子たちの下剋上を恐れたからだけどね」
ウサギの答えに、ネムリネズミがまた
あっ、ウサギがネムリネズミをぺしっと叩いてティーポットの中に落として蓋をした。
「愛ゆえの食人。うん、それは確かにあるかもしれない。だがちょっと違う」
「何が違うの?」
「そいつは愛じゃなくて恋だってことだ」
「愛と恋は何が違うの?」
「愛は双方向性で恋は一方向性だ」
「片思いの愛はないってこと?」
「そうだ。昔の人曰く、『愛は二人で育むもの』さ」
帽子屋のダメ出しにウサギが怒った。
「それはどうなのさ。だれかが決めた定義で一般的な定義じゃないと思うけど?」
「じゃあ君は一人で愛を育めるかい?一方的な片思いは恋だろう」
「いやいや、それこそさっきの話に戻るけどサーなんとかが食べたのは子供だぜ。つまり親子の関係さ。愛ってのは男女の関係だけでなく親と子供の間にも生まれるもの。そして大抵そいつは一方的に親から子供へ向いてるものさ」
「僕はどんな形であれ愛は子供からも向いてると思ってるけどそいつは今日のテーマじゃないな。だからそこの意見をぶつけ合うのは別の機会にしよう。とりあえず『好意による食人』…でいいかな?」
「よし、それでいい」
ウサギと帽子屋の合意が得られたようで話が前へと進む。
ティーポットの中から「男女だけでなく同性間の愛ってのもあるけどね」という声がしたけど帽子屋がティーポットにお湯を流し込むと静かになった。
「好きだから食べるだけじゃなくて好きだから食べてほしい、っていうのもあるわね」
私が言うと帽子屋とウサギが目を丸くしてこっちを見る。
「何かで読んだのだけど、好きな人においしく食べてほしいって思ってケーキになる女の子の話があったわ」
帽子屋はうなずいた。
「『好意による食人』だけでなく『好意からの食人』ていう逆向きの
「それじゃあ両方向いてることもあるだろうさ」
「ああその通りだ。ふむ、たくさんの食人があるがパターンはこれで全てだろう」
そういいながら帽子屋はポットからウサギのカップにお茶をそそぐ。
液体になったネムリネズミ(とろけネズミ?)がまた水を差して
「『儀式のための食人』や『グルメのための食人』、『制裁のための食人』。まだまだたくさんあるよ」
声を無視してウサギは茶々入れネズミ(ネズミ入り茶?)を飲み干した。
「食人には色々な理由があるが、それらは実は一つの理由にまとめられる。相手を自分の中に取り込みたいってことだ。さあそれじゃあ食人を
本題に入るまで長かったわね。言わないけど。
「
ウサギにたしなめられた。
「本題は食人する理由じゃなくて意味だ。食人をした。食べた。そのことに意味はあるか?」
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