第六章
第六章
杉三の家。食事をしている、杉三と藤吉郎。
電話が鳴る。隣の部屋にいた美千恵が、電話を取る。
美千恵「はい、影山でございます。ああ、青柳教授。お世話様です。えっ、本当ですか?それで、葬儀とかそういうことは、、、。ああ、そうですか。まあ、それはそれは、、、。ご愁傷さまです。はい、伝えておきますので、ありがとうございました。」
電話を切る美千恵。
杉三「どうしたの母ちゃん。」
美千恵「二人とも、よく落ち着いて聞いてちょうだいね。なぎちゃん、亡くなったみたいよ。」
杉三「えっ、どういうことだ。昨日うちに来ていた時にはぴんぴんしていたのに?」
美千恵「それがね、昨夜、いつまでたっても外へ出たまま帰ってこないので、水穂さんと様子を見に行ったら、玄関先で血を流して亡くなっていたんだって。」
杉三「血を流す?」
美千恵「そうなのよ。」
杉三「じゃあ、遺体は、、、。」
美千恵「ええ、司法解剖に出したって。」
杉三「つまり、殺人?」
美千恵「そうなのよ。だって、体の悪そうなところなんてなにもなかったし、血を流して倒れているというところから、明らかに自然死ではないと、教授は判断したらしいわ。」
杉三「そうだよねえ。どこも悪くなんてなさそうだったもんな。確かに、自然死するような要因は全くなさそうだ。でも、一体だれがやったんだろう、、、。」
美千恵「それは、警察が何とかしてくれるとおもうけどさ。でも、殺されるような理由なんてあったのかしらねえ。」
杉三「理由なんてわかんない。それにしても、いきなりそういう最期を遂げるとは。」
藤吉郎「杉ちゃん。」
杉三「なんだ、馬鹿吉。」
藤吉郎「重美さん。」
杉三「重美さんがどうしたの?」
藤吉郎「ひとりぼっち。」
杉三「ひとりぼっち?ひとりぼっちって、製鉄所にはほかに人が、、、あ、そういうことか!」
美千恵「ああ、なるほどねえ。確かに、彼女は寂しいでしょうね。」
杉三「よし、今から製鉄所にお悔やみに行こう!」
藤吉郎「いく!」
美千恵「もしかしたら、報道陣がいっぱいいるかもしれないから、気を付けていってきなさいよ。質問攻めにされるかもしれないけど、余分なことは言っちゃだめだからね。」
杉三「わかってるよ。そんなこと。」
美千恵「じゃあ、タクシー取ってあげるから、くれぐれも気を付けて行ってきて頂戴ね。」
藤吉郎「はい。」
杉三「違うだろ。はいじゃなくて、ありがとう。じゃあ、母ちゃん、頼む!」
美千恵「ちょっと待ってて。」
急いで電話をダイヤルする美千恵。
製鉄所。玄関先は、まだ血痕が付着している。そこへ報道陣たちが詰め寄ってくる。
懍「だから言っているじゃないですか。僕たちは、本当に何も知らないんです。それに、このような体で瞬時に移動することはまず不可能なんですから、彼が死亡した時刻に、玄関先に移動することはまずできません。警察にもお話ししましたが、僕も、水穂も、事情なんか何も知りませんよ。あなたたちも、他人の不幸に首を突っ込むことはやめていただきたい!」
記者「では、利用している寮生の中に、彼に恨みを持っていたとか、そういう者はいないと言い切るわけですか。」
懍「ええ、いませんよ。彼が殺害された当時、ほとんどのものは裏庭で製鉄の作業をしていましたからね。」
記者「でも、大昔の製鉄なんですから、一人か二人抜けてしまっても、問題ないんじゃないですか。」
懍「いいえ、そんなことはございません。たたら製鉄で鉄を作るということは、順序が少しでもくるってしまえば、全部だめになるという作業ですから。欠員が一人でも出たら、全くできなくなってしまう作業なんですよ。」
記者「では、全員その何とか製鉄という作業をしていたと?」
懍「ええ。幸い、今来ている寮生たちの中には、鉄づくりをしないで遊びほうけているという怠け者は誰もおりませんからね。」
記者「水穂さんも、なんとか製鉄に関わっているのですか?」
水穂「僕は直接的にかかわっているわけではありませんが、事件があった日は、作業場の掃除をしていましたから、事件現場には行っておりません。」
記者「青柳さん、少しこちらでも調べさせてもらいましたけどね、最近になって、若い女性を一人料理人として雇っているそうですね。彼女も、その時は、なんとか製鉄をやっていたとしていいんですね?」
水穂「いえ、彼女は、事件が起こる前に、自宅へ帰っていきました。」
記者「へえ、じゃあ、彼女が何か事情を知っているかもしれないな。次は、彼女を取材させていただきたいものですね。彼女は、今どこにいますか?」
水穂「ええ、ここにいると、あなたたちの質問攻めにあって、かわいそうですから、今日は自宅に待機してもらっています。今は出勤してはおりません。」
記者「どうして、出勤させないのです?」
水穂「決まっているじゃないですか。あなたたちが怒涛のように押しかけるだろうからですよ。」
記者「それでは理由になりませんね。やっぱり、彼女が、何か事情を知っているのですね。青柳さん、主宰者として、彼女の取材を許可してくれませんかね。」
水穂「いえ、お断りします。他人の悲しみで生計を立てるような方に、立ち入ってほしくはありません。」
記者「でも、国民の皆さんの知る権利だってあるわけですから。」
水穂「いいえ、確かに保証されてはいますけれども、彼女が世論のさらし者になって、一生苦しみ続けるような事態には、僕たちはしたくありません。おかえりください。」
記者「そういう個人的な感情で、犯罪をもみ消そうとすることのほうが、いけないのではありませんかな?」
水穂「でも、彼女の立場も考えて下さい!個人的とか、そんなことは、全く関係ありませ、、、。」
と、言いかけるが、急にせき込んで座り込んでしまった。口を押えた指はみるみる赤く染まる。
懍「あなたたち。」
記者「なんですか。」
懍「今日のところは帰ってくれますか。でないと、彼まで大変なことになりますから。」
記者「しかしですな、こっちも何も得ていませんが。」
懍「そうですか。なら、もし、彼に何かあった場合、責任は取ってもらうことになります!」
記者「わかりましたよ、青柳さん。しかし、この施設、彼のようにこうして、体も弱く、社会的にはほとんど使えない人や、ともすると犯罪を犯しかねない人を預かって、当の大昔に消滅している、労働的にも、環境的にも、非常に効率の悪いやり方で、鉄なんか作って一体何をする事業なんですかな。」
懍「いい加減にしてくれますか。僕たちは、決して悪行をしているわけではございませんから!」
水穂「ええ、悪行ではございません、、、。」
と言いながらまたせき込んでしまう。
記者「まあ、せいぜい、使えない鉄づくりを楽しむんですな。」
ぞろぞろと帰っていく記者たち。
寮生A「おい、塩をまこうぜ、塩!全く、ああいう人たちは、困ったもんですねえ。青柳教授。」
寮生たちが、紙袋に入った大量の塩を、玄関先にまき散らす。
寮生B「水穂さん、大丈夫?」
水穂「ご、ごめんなさい。肝心な時に役に立たなくて。」
それでもさらに咳をする。
寮生A「大丈夫?薬ある?」
水穂「部屋の机の中にあります。」
と、言いながらもまだ止まらない。
懍「また失敗してしまいましたね。今回は。」
寮生A「すみません、教授。俺たち、なんだか作業をする気にならなくなってしまって。」
懍「ですが、一代のうちに作業を中断してしまうと、鉄は作れません!これからは、私情に流されないように!」
寮生B「ごめんなさい、、、。でも、放っておけなかったんですから。」
懍「そうですね。確かに今回は、一大事ではありますから、、、。特別に、許しましょう。ですが、一代の途中で、作業をやめてしまうと、そこから再開することはまず不可能ですから、それを頭の中に入れておくようにしてください。」
水穂「ごめんなさい。みんな僕のせいです。」
寮生A「水穂さんは、薬飲んで休んでいたほうがいいですよ。俺、背負いますから。」
寮生B「俺も心配だから、ついていくよ。」
懍「それもそうですが、村下さんにも、謝ってきてくださいね。たぶん、かなり怒っていると思いますから。」
水穂「僕が、謝ってきます。」
寮生A「いいよいいよ、俺たちが勝手にやったもんだから、おれたちが、謝るよ。とりあえず、水穂さんには部屋に行ってもらわないと。じゃあ、のってください。」
水穂「どうもすみません。」
寮生Aが水穂を背負う。
寮生B「じゃあ、行こうぜ。」
寮生A「すみませんでした、教授。」
寮生B「それにしても、なぎがいないと、なんだか寂しいなあ、、、。」
寮生A「そうだなあ。あれだけ迷惑をかけておきながら、いなくなると寂しくなるなんて、不思議な男だな。あの、かわいい姉ちゃんは大丈夫だろうかな。」
二人、廊下を歩いて、居室に移動していく。
と、外で、車が止まる音。
声「ありがとうございました。馬鹿吉、お前も出ろ。」
声「ありがとう。」
声「はいよ、また何かあったら、言って頂戴ね。」
と、車が再び走り去っていく音と同時に、
声「あれえ、こんなに玄関先が真っ白で、雪でも降ったんだろうか。」
懍「違いますよ、杉三さん。この地方で雪が降る確率は極めて低いですよ。これは、先ほど、侵入してきた記者たちに対し、寮生たちがまいた塩です。」
と、玄関の戸がガラガラと開いて、杉三が入ってくる。
杉三「今日は。あらましは、うちで母ちゃんに聞いた。だからあえて、振り返ることはしないけどさ、大変だったね。」
懍「杉三さんから、そのような言葉を聞くとは思いませんでしたよ。」
杉三「それは余分。今日は、お悔やみに来たよ。」
懍「あいにくですが、まだ司法解剖に出したままで、戻ってきてはおりません。」
杉三「水穂さんは?」
懍「ええ、先ほど侵入してきた報道陣と対峙して、力尽きてしまいました。」
杉三「なるほど、水穂さんまで、被害にあったわけね。でもさ、教授、僕も信じられないよ。あまりにも急だったもの。一体どういうわけなのか、教えてくれない?」
懍「杉三さんに聞かれると、どうしても答えを出さなければいけないのは知っています。大体は、お母様にお話はしましたが、補足的に付け加えれば、渚さんと重美さんは、昨日買い物に出かけた際、超高級な柳葉包丁を買ってくるほど、親密になっていたことは確かですね。水穂さんが、拝見したところによれば、伝統工芸士である、森本のサインが付いていたほど、高級な包丁だったようです。僕は、学会に出かけていて、実物は見ていませんが。」
杉三「森本?聞いたことあるよ。あのすし屋の板長が、持っていたはず、、、。」
懍「ええ、料理人であれば、一度は憧れる超高級な包丁ですよね。」
杉三「なぎちゃんが、そんなこと知っていたのか。」
懍「水穂さんの話によりますと、渚さんは、包丁屋さんに入って、一発でそれを彼女に手渡したそうなんですよ。彼が、森本というブランドを知っているかはわかりませんが、少なくとも、その包丁が普遍的な包丁ではないということだけは見抜いたのだと思います。そして、彼女に、それをプレゼントしたのですね。重美さんは、とても喜んで帰ってきたそうですよ。一種の逢瀬と言えるかもしれない。その後、夕食の時間が終わって、彼女は自宅に帰っていったようですが、そこまで親密になっていれば、彼が見送りに出たと解釈していいと思います。もちろん、ほかのものはすべて、製鉄の作業をしていましたので、その現場を目撃した者は、誰もいないのですが。」
杉三「で、重美さんは、普通に帰っていったというわけか。」
懍「ええ、そうみたいですね。彼女のとぎれとぎれの話を聞くと、そうなるようです。彼女が帰ったあとは、勿論、彼も居住棟に戻っていくことになりますが、彼の性質上、すぐに戻ったとは考えにくい。しばらく玄関先にいた可能性が高い。その時に誰かが彼を殺害したことになりますね。夜間になっても、戻ってこないので、玄関先に水穂さんが様子を見に行ったところ、もう、冷たくなっていたと聞きました。」
杉三「教授は、昨日、帰ってこなかったの?」
懍「ええ、昨日は東京で学会に出席していましたからね。水穂さんから連絡を受けて、今日の始発の新幹線で帰ってきました。」
杉三「本当に、大変だったんだなあ。それで、見つかったときは、なぎちゃん、どういう感じで?」
懍「僕も詳しいことは聞いていないのですが、水穂さんの話によれば、全身血まみれで、何回か刺されたあともあったようですから、おそらくめった刺しだったのでしょう。相当な恨みを持っている人間の仕業だということになりますな。」
杉三「そんな人間いたかなあ。」
懍「僕もわかりません。まあ、司法解剖の結果が出れば、もう少し詳しくわかるとは思うんですがね。凶器がどのような物なのかもわかっていないので。」
声「杉ちゃん。」
杉三「どうしたの、馬鹿吉。」
懍「どうしたんですか。」
藤吉郎の右手には、何かが握られている。
藤吉郎「これ。」
杉三「なんだこれ。」
懍「ちょっと、拝見させていただけないでしょうか。」
藤吉郎「はい。」
と、謎の物体を懍に手渡す。
懍「女性ものの、かんざしですね。おそらく、若い女性が、髪をまとめた時に、かざりとして使っていたのでしょう。」
杉三「重美さんのものだろう。帰っていく途中で落としていったんじゃないか?」
藤吉郎「違うよ。」
杉三「でも、かんざしを付けるほど若い女性は、彼女しかいないと思うけど?調理係のおばちゃんでは考えにくいし、鉄を作るのは、男性ばっかだし、女の寮生で着物を身に着けるような人っている?」
懍「いや、今のところ、そういう寮生は、見たことがございません。」
藤吉郎「違うよ!」
懍「わかりました。彼のような人は、渚さんと同様、嘘をつく可能性は極めて低いことは知っていますから、これを監察医の先生に拝見してもらいましょうか。司法解剖が終了したら、こっちに結果を報告に来てくれるように頼んでありますから。」
杉三「そうか!もしかして、犯人の落とし物?」
懍「その可能性が高いでしょう。これはべっこうのかんざしです。べっこうは、森本の包丁と同様、かなり高級なものですから、彼女が普段使いで着けていることはまずないと思われます。」
杉三「よく見つけたなお前!」
藤吉郎「はい。」
と、そこへ、一人の男性が入ってくる。
男性「こんにちは、教授。終了しましたので約束通り、報告にあがりました。途中、報道陣につかまりそうになったので、おそくなってしまいました。」
杉三「誰ですか。」
藤吉郎「先生。」
懍「そうですよ、杉三さん。監察医の山田先生です。どうなんでしょう、結果は出ましたか?」
杉三「ああ、ごめんなさい。僕らも、結果を知りたいな。お願いできませんでしょうか。」
山田「ええ、警察にも報告したんですが、体の十五か所に刺し傷がありました。死因は、やっぱり、失血死ですな。傷の深さを考えますと、凶器は鋭利な刃物と考えられます。それも、相当な強さであったようで、心臓を刺した傷などは、かなり深いところまで浸透しております。」
杉三「へえ、怖いなあ!やっぱり、恨みだったんだろうか。」
山田「まあ、心理的なことはよくわかりませんが、おそらくそうかもしれませんね。」
杉三「やっぱり、めった刺しだ。」
懍「先生、お願いがあるのですが。」
山田「どうしたのですか?」
懍「警察にもお願いしようと思っていますが、彼が、このかんざしを発見いたしました。これから急いで持ち主を割り出していただけないでしょうか。重美さんは、このような高級なかんざしを持つことはなかったそうです。」
と、藤吉郎が拾った、べっこうのかんざしを差し出す。
山田「わかりました。教授の頼みであればそうしましょう。では、お預かりいたします。」
それを受け取る山田。
杉三「頼みますよ。山田先生。これ、絶対犯人の落とし物だから、犯人逮捕のためにも。」
山田「わかりました。お任せくださいませ。」
杉三「それで、重美ちゃんはどうしている?」
懍「とりあえず、自宅に戻ってもらっていますが。」
杉三「なぎちゃんが、殺されてしまったことは?」
懍「水穂さんが、伝えたそうですが、そのショックでほとんどしゃべれなくなっているようです。」
杉三「彼みたいにか?」
懍「ええ、そうかもしれません。」
杉三「も、もしかして、何か変なことをしていないかな。」
懍「まあ、常識があれば、そんなことはしないと思いますが。」
杉三「いや、わからないぞ!彼をもし本当に愛していたとしたら、何をするかわからない。教授、重美ちゃんの自宅ってどこにあるか、わかる?」
懍「ええ、住所は聞いていますけど。」
杉三「じゃあ、僕、彼女の家に行ってみる!何をしているのか、心配でしょうがない!おい、馬鹿吉、お前も行くか?」
藤吉郎「いく!」
杉三「じゃあ、すぐにいこう。教授、住所をおしえて!」
懍「わかりました。少し、お待ちください!」
と、いったん応接室に入り、机の引き出しを開けて、一枚の書類を出してくる。
懍「彼女の、連絡先です。」
杉三「僕は読めないからどうしたら?」
懍「簡単なことですよ。運転手さんにこの住所へ連れて行ってくれと言えばいいのです。」
杉三「わかった!すぐに行ってみる!教授、悪いのだけど、タクシーを呼んできてくれる?」
山田「よろしければ、私がお送りしましょうか。」
杉三「ご親切にありがとう!じゃあ、乗せて行ってください!山田先生!」
山田「二人とも、どうぞ。」
杉三「やった!ありがとう!」
藤吉郎「ありがとう。」
山田「では、ちょっとこちらにいらしてください。」
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