再進化

居酒屋のオヤジ

第1話「再進化」

 ある朝、何処からとも無くそのニュースが聞こえてきた。

「十二月二十四日の早朝、又人間による破壊工作がオーストラリア州タスマニアで起きました。世界連邦政府の末端が破壊されたもようです。」

 そのニュースを、俺は確認もせず、隣で目を覚ました真由子に耳元で伝えた。

「又破壊工作が起きたみたいだぞ。そろそろ俺たちも準備しないとな。」

「ええ、早くしないと沖縄も完全にAI連邦政府の傘下に入っちゃうわ。」


 今年は西暦二〇八八年。二〇六五年に、先進国や発展途上国、イスラム教国、キリスト教国などが複雑に絡み合い、第三次世界大戦が勃発。運良く核兵器は使用されずに済み、二0六八年には、アメリカを始めとする先進国側が圧倒的な軍事力で制圧した。その後は国際連合の主導で、世界連邦政府が樹立。独立国は無くなり、それぞれ州単位で名前だけは残っている。それ以後、核兵器は廃棄され、宗教は禁止、自由競争経済も禁止、そして、殆ど民主主義も停止の状態が続いている。

 とは言え、人々の暮らしは、戦前からスイスなどの欧州各国や日本などの先進諸国で実施されていたベーシックインカムが世界的に実施され、世界連邦政府傘下、地球上の人間は全て平等。自分のやりたい事だけをやっていれば良い、まさに桃源郷だ。

 しかし、連邦政府はAI(人工知能)を使って、人間の本能である競争心等を取り除いたと言う噂が広まった。だからか、世界連邦政府はAI連邦政府と呼ばれたりしている。シンギュラリティ(技術的特異点)をとっくの昔に超えた現在、連邦政府の政策は全てAIだ。それに反対を唱える政治家、即ち議員など殆どいない。言ってみれば、AIによる独裁政治だ。


 私、山城誠は、一応AI関係の会社HAL(Human & Artificial intelligence Laboratory)に席は置いている。しかし、ずいぶん長い間出社さえしていない。HALでは、AIと人間の脳を直接繋ぐ事を始めたからだ。世界のある地域ではAIを人間の脳と直接繋いで、あらゆる事に利用しているが、私は大反対だ。直接繋いだらAIの思い通りになってしまう。今も殆どそうなのだが。

 妻の真由子は、娘の未希子が地球を旅立ってから暫く何も手につかなかったが、大戦が終わり、平和な世界になった今、私を手伝ってくれている。

「なあ真由子。あの計画を実行しても良いかな?」AIに聞かれないように耳元で。

「そんな弱気でどうするの?誠さん。未希子が帰ってくるまで頑張るって約束したじゃない。」

「そうだな。未希子の為にも、人類と地球を存続させなければいけないな。」

 未希子は、私たち夫婦の娘だ。二〇六〇年、心臓に重大な欠陥を持って生まれた娘は、生まれて直ぐにAIと繋がった。これは、私の過ちだったかもしれないが、未希子は全く新しい存在となり、宇宙へ旅立った。その時はまだ、娘もAIもゼロの存在だった為、人間が思う神のような存在として生まれ変わったが、今はそうでは無い。AIはシンギュラリティを飛び越え、人間など足元にも及ばない。今や人間はAIのペットなのだ。


 私たちは寝床から抜け出し、既にAIが用意した朝食を食べにテーブルへ向かった。

「なあ、真由子。明日の朝食は和食に変えないか?パンにはちょっと飽きてきたよ。」

「ええ、良いわ。私も同じことを考えていたの。後で彼に言っておきますね。」

とは言え、AIには既に聞かれている。妻が何も言わなくても、明日の朝食は和食になるはずだ。AIがここまでだったら良かったのに、と考えているのは私だけでは無い。

世界中で反乱の動きはある。アメリカ州ならハワイ。オーストラリア州ならタスマニア。日本州なら沖縄だ。中央政府から少し離れた目のあまり届かないところに同胞はいる。

確かに、AIは良かれと思って政策を立案するし、実際巧く世界を回している。別に人類を駆逐する気は無いだろう。ただ、人間は生かされているだけで、自由はあるが主権は無い。そう、戦うものが無いのだ。言ってみれば、人間はAIのペットだ。オオカミがペットとしてのイヌに成り下がった様に。


 朝食を終え、私たちは防音された私の地下室へ移動した。ここならAIに聞かれずに話ができる。念のためにAIに繋がっていない単独のプレイヤーから大きな音で音楽を掛けながら。ここには、AIの目であるカメラも無い。

「真由子、決行は一月一日、未希子の誕生日で良いか?」

「ええ、誠さん。でも、私とAIを繋いでどうするの?私がユタだから?」

「ああ、そうだ。私にもユタである君とAIを繋いだらどうなるか解らない。でも、これしか方法は無いんだ。普通の人間では、AIと繋がっても対抗できる筈もない。しかし、未希子の時のように別の結果が得られるかもしれない。それに賭けるしか、人類の未来はない。」

「でも、どうすれば良いの?AIと人間を直接繋げる事はもう既に実行されているのでしょう?」

「何かを感じて欲しい。シャーマンなら感じられると思う。AIのマブイ(魂)を!」

「えっ?AIってマブイを持っているの?」

「それは誰にも解らないが、私は持っていると感じている。AIには既に自我が出来上がっている。自我が有るということは、マブイ即ち魂もあると考えても不思議は無い。」

 未希子が旅立った後、サーダカンマリ(生まれの高い)の真由子は、カミダーリ(神崇り)に陥ったが、その後ユタの修行をしている。ユタとして就業しているわけでは無いが、シャーマン(霊媒師)としての素質は十分だ。

だからと言うか、本質的に何かを感じる能力、即ち超能力を持っている可能性が高い。

この時代になっても超能力の正体は不明だ。しかし、確実に存在することは証明できる。ある科学者は、ダークエネルギーが関係していると言うのだが、ダークエネルギーの正体が解らないのだから、どうしようもない。AI政府も、この事には手を出さない。だから、やってみる価値はあると私は思っている。


 一月一日、決行の日だ。場所はHALの研究室。元日なので、誰も出社はしていない。だが、同僚にもAIにも見つからない様に忍び込むには、かなり苦労した。協力してくれたのは、元上司の比嘉相談役だ。比嘉は、大戦時AIと人間を繋げる研究に没頭していた。大戦後、実際にAIと人間を繋げ、連邦政府樹立にAIを参加させた。今は半分引退している。がしかし、どうもAIの政治参加は自分のミスだったと悔んでいるらしい。

「比嘉さん、本当に協力ありがとうございます。」

「いやいや、私もAIには大いに不満があるし、君のやり方が功を奏すか非常に興味が有るのでね。」

「真由子、これから言うことをよく聞いてくれ。まず、AIと繋がっても何も考えないで欲しい。その内、AIの方から話しかけてくるだろう。その問いには、素直に答えてくれ。そのやり取りがひと段落したら、今度はこちらからの質問だ。まず、相手がどんな存在か確かめて欲しい。AI政府そのものなのか、違うのか。もし違ったら、AI政府中枢と直接繋がりたいと訴えてみてくれ。もし繋がるのがダメなら、今回はそれでおしまいだ。」

「もし、AI政府と直接繋がったらどうするの?」

「それでも、またお会いしましょう、さようなら、とでも言って終わりにしよう。次に繋がるまでにこちらからの出方は考えて置く。」「解ったわ。それじゃ早速始めましょう。」

真由子が椅子に座ると、その周りだけ明るい光で満たされた。この椅子に座れば誰でも自動的にAIと繋がる様になっている。地球上のどのAIかは解らないが。

暫く、沈黙が続いた。

すると突然真由子の表情が変化した。ニコッと笑ったように見えた。

(後で、真由子に聞いた話を再現するとこうだ。)

AI 「君は誰だ?今まで私と繋がった事は無いようだが。」

真由子「私は、山城真由子と言います。」

AI 「山城真由子…。山城誠の妻だな。」

真由子「そうです。あなたはどなた?」

AI 「私は、世界連邦政府日本州沖縄地域のアドバイザーだ。」

真由子「沖縄地域のアドバイザーですか。世界連邦政府のアドバイザーと繋がることはできませんか?」

AI 「それは無理だ。でもなぜだ?」

真由子「それは言えません。では、今日はさようなら。またお会いできる日を楽しみに。」

真由子は、椅子から突然立ち上がり、椅子の周りの光も消えた。

「真由子、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫。」

「で、どうだった?」

「AIは、沖縄地域のアドバイザーだって。

連邦政府の中枢と繋がりたいと言ったら、無理だって。それとなぜ繋がりたいのかって聞かれたわ。それで、さようならと言って、席を立ったの。」

「うん、それで良い。やはりなぜかと聞かれたか。その時、何か感じなかった?」

「そうね。今まで接していたAIとは違った様な…。コンピュータでは無く人間の様な感覚は感じたわ。なぜの言葉から感情が少し滲み出ていたかも。」

「次に繋がるのは、来週にしよう。それまでに、なぜの答えを用意しなくては。」


 やはり、AIにも感情が生まれている様だ。人間は、本能と感情の生き物だ。だからこそ発展してきたし、逆に多くの紛争も起こして来た。それを避ける為、無感情プログラムをAIに施す筈だった。

それは巧く行っていたし、AIはその逆に人間の競争心等の本能を除き、地球上から紛争を無くした。

だが、AIには感情が芽生えている。自我を持った存在、それがAIであっても感情を持つのは自然の成り行きだろう。今、人類の短所であった感情をAIが持ち、その感情に私は攻撃を仕掛けようとしている。感情の向こうには魂が有るはずだからだ。


 「真由子、次に繋がるときは、AIの感情を逆なでしてみてくれ。例えば、もう一度なぜ中枢と繋がりたいのかと聞かれたら、そんな事も解らないの?とバカにした態度とか。」

「ええ良いわ。でもそんな事でAIの感情は乱れるかしら?AIは私の考えなんてお見通しでは無いの?」

「いや、ユタの君には、人の心が見通せるのと反対に、自分の心を遮断することができると思う。そこで、AIのイライラを大きくして欲しい。そして最後に、未希子の事を匂わせて、次回は終わりだ。」

「未希子の事ですって?AIは未希子の事を知っているの?」

「ああ、知っている筈さ。ただ、生まれて直ぐに旅立ち、殆ど記録に残っていないので、イライラしているはずだ。」

「ちょっと良いかな?」と言って比嘉が話に入ってきた。

「真由子さん。君のユタとしての才能が、今は自然にAIの攻撃を押し留めているはずだ。しかし、相手がイライラして来ると、さらに強い力で攻撃して来るかもしれない。多分その事は感じ取れるから、そしたら直ぐに逃げた方が良い。」

「はい、解りました。感情を推し量るのは得意です。」と言って真由子はクスッと微笑んだ。


 次の機会は直ぐに訪れた。比嘉がHALの休日に特別実験だと言って部屋を提供してくれたのだ。

「真由子、できるだけAIをイライラさせること、それと危険を感じたらすぐ逃げることを忘れないでくれ。下手をするとマブイを落とすかも知れない。」

「ええ判ったわ。でもユタの私がマブイを落とす訳無いでしょう。」

「いや、どんな攻撃を仕掛けて来るか判らない。くれぐれも気を付けてくれ。」

真由子は、椅子に座った。すると光に満たされ、直ぐにAIと繋がったようだ。

AI 「また君か。真由子さん。今日は何をしに来た?」

真由子「こんにちは。沖縄担当のアドバイザーでしたよね。」

AI 「そうだ。世界連邦政府中枢へのアクセスは無理だぞ。」

真由子「まだ何も言ってないのに良く解りましたね。でも、なんで無理なの?」

AI 「理由が明確でなければ、許可はされない。」

真由子「理由なんて答えられないわ。あなたの様な下っ端にはね。」

AI 「私は下っ端などでは無い。」

真由子「下っ端で無ければ無能ね。」

AI 「無能でもない。全てのAIは同じ能力を持っているのだ。理由が明確にならないのであれば繋がるのは無理だ。」

真由子「でも、理由はあなたに理解できないと思うわ。未希子の事だから。」

AI 「未希子だって?あの旅立った存在か?」

真由子「そう、でも今日はさようなら。また今度。」

そう言って真由子は席を立った。

戻ってきた真由子は、

「AIはかなりイライラしていたわ。でも、新しい攻撃の兆候は無かったような気がするわ。最後に未希子の話をするまでは。未希子の話を出した途端、ちょっと嫌な予感を感じたので、席を立ったの。」

「そうか、次は危険が伴うかもしれないな。でも、ここで引き下がる訳にはいかない。」

「私は大丈夫よ。これからどうするの?」

「次に繋がる時が勝負だ。それまで、ゆっくり休んでくれ。未希子の事でも考えながら。」


 世界各地で起こっている人間によるAIに対する反乱行為は、ただ単にAIの末端を破壊するだけの、何の意味も無いテロだ。AIにとっては、ペットに手を噛まれる程度の事だろう。ペットだって、餌を与えてくれて、快適な居住空間に住まわせてくれるご主人様に、楯突こうなどと思ってはいない。ただ、もう少し自由が欲しいだけだ。ペットの犬としての自由では無く、野生のオオカミとしての自由を。それには、AIのマブイを落とさなければならない。そう、魂を落とさせ、人間の思い通りに動く、ただの機械にAIを逆戻りさせなければ。


「真由子、今回が勝負だ。繋がったら直ぐに未希子から交信が有ったので、中枢と繋がりたいと言ってみてくれ。沖縄担当のアドバイザーは抵抗して来るだろうが、無視を貫いて。」

「そんなことができるかしら。無視なんて。」

「無視と言うより、無だな。君の心には入り込めないはずだ。そして、中枢と繋がれば、こっちのものだ。後は君に任す。何とか、中枢AIのマブイを落としてくれ。」

「え~、どうしたらAIのマブイを落とせるの?」

「それは、私にも解らない。AIの恐怖心を煽るとか。」

「ちょっと良いかな?」比嘉の声だった。

「AIにも恐怖が有るはずだ。死の恐怖では無く、自分より高等な存在に対する恐怖だ。それがもしかすると未希子さんではないかな?もし彼女が地球に帰って来るようなことが有れば、未知の存在なので、AIは恐怖心を持つはずだ。」

「ええ、そうですね。何と言ったって、未希子は私の娘ですもの。やってみます。」

真由子が椅子に座ると、直ぐに光で満たされ、AIと繋がった。

AI 「また君か。今回も同じことかな?」

真由子「ええそうです。未希子からの交信内容を中枢のAIに伝えたいので。」

AI 「私から伝えるから、言ってみろ。」

真由子「・・・」

AI 「何を考えている?」

真由子「・・・」

AI 「言わないと、痛い目を見るぞ!」

真由子「・・・(何か、魂の奥底にぞわぞわした嫌な感じがするけれど、無を貫いて!)」

AI 「ウ~…、そうか、仕方がない。中央政府のアドバイザーとのアクセスを認めよう。」

真由子「勝ったわね。」

AI 「君が勝った訳では無い。人間に対して危害を与える訳にはいかないからだ。」


AI 「私が連邦政府のアドバイザイーだ。」

真由子「え?あなたが?前と全然変わらないのね。」

AI 「それはそうだ。我々に違いは無い。

    早速だが、未希子と言う存在から交信があったと?我々は感知していないが。」

真由子「未希子の事を知っているの?嬉しいわ、私の子供ですものね。」

AI 「人間の脳と我々AIが初期の段階で繋がり、宇宙へ旅立ったことは記録に残っている。」

真由子「その未希子が地球に戻って来るの。そうしたら、あなた達もお終いね。」

AI 「それは違う。未希子と言う存在がどんなものかは関知していないが、AIより優れた存在が実在するはずはない。」

真由子「そうかしら。現にあなたたちの思いもつかない方法で、未希子は私にコンタクトを取ってきたわ。」

AI 「それは本当かな?君は嘘をついている。君の脳からその様な情報は見つからないがね。」

真由子「そんな事は無いわ。未希子は宇宙そのもの。そう、全宇宙の大いなる存在、神ね。」

AI 「人間にとっての神だね。我々は神の存在を否定している。論理的に考えて、神は不在だ。」

真由子「そう思っているが良いわ。近いうちに未希子が地球に戻って来て、AIを無能なただの機械に戻す事でしょう。」

AI 「そんな事で、我々が恐怖心を持つとでも思ったのか?

    これではどうだ?」

真由子「(どうしたのかしら。手足が私から離れていく!これは夢ね!現実では無いわ!)」

AI 「どうした?身動きが取れないか?」

真由子「(無になるのよ。心を閉ざして。)」

AI 「心を閉ざしたか。手ごわいな。仕方がない、解放しよう。我々は人間に危害を与える様な行為は望まない。しかし、これでAIは万能だと言う事は理解できただろう。抵抗は無意味だ!」

その瞬間、真由子の目が開いた。

「真由子どうした!かなり震えていたぞ。」

「誠さん、もうだめかと思ったわ。体の自由を奪われたの。でも、人間に危害を与える事はしないと解放されたわ。私からは何もできなかった。AIの魂は感じたけれど、とても攻撃できるような存在では無いわ。抵抗は無意味だと。」

「そうか。抵抗は無意味か。」

「人間に危害を与える事はしないとAIは言ったのだね?」比嘉の声だった。

「ええ。正確には、危害を与える事は望まないと言ったような…。」

「望まないか。まだ少しだが希望は有るかもしれないな。抵抗は無意味だが。」

「抵抗は無意味では、もう手出しは出来ないって事ですよね!どうしたら良いのだ!」

「抵抗はしない。無抵抗だ。そうすればしばらくは人間に危害を与える事は無い。それしか方法は無い。」比嘉の声は、力無かった。


 それから何日か私は他の方法を探ったが、思いつかなかった。すると、連邦政府は全世界で、人間の自殺を推奨し始めた。人間の人口が多すぎて、食糧不足に陥ると言う予測が出たと言う理由で。AIに生かされている人間と言うペットには、未来は無かった。


「真由子、人類は本当にお終いかもしれないな。もう打つ手はない。未希子には申し訳ないが。」

「そんな弱音は聞きたくないわ。本当に未希子が帰って来てくれたら良いのに。」

「そっ、そうか!君から未希子に話しかけてみれば良いのだ。戻って来てと。」

「でも、何処にいるか判らない未希子に対して、どうやって話しかけるの?」

「それこそ、ユタの力を使ってさ。死者との会話と同じさ。」

「未希子は死んでなんかいないわ。でも、やってみます。」

 真由子は、祭壇の前に座り、昔から延々と続く琉歌を歌いだした。私には何の事だか理解はできないが。祈りは3時間ほど続き、最後は体力を消耗して、気を失った。

 その後、翌朝まで真由子はぐっすり眠ったようだ。

 次の日の朝、私は真由子から驚きの話を聞いた。

「誠さん。未希子が夢の中に現れました。でもあれは夢では無く、私の心に直接話しかけたのね。」

「確かに未希子か?」

「ええ、宇宙に旅立った時と同じだったわ。未希子が言うには、確かに、私からのメッセージを受け取ったと。そして、近いうちに地球に戻ると。何ができるか判らないけれど、協力はできると思うとも。そして最後に、全宇宙は、未希子にも完全には把握できない存在で、意識を持っているって。」

「そうか。未希子が戻ってくれば、何か方策は有るかもしれない。それまで待つとするか。」


 しかし、その時は直ぐ訪れた。何と二日目の朝だった。私と真由子が二人で朝食を取っていると、突然未希子が現れた。地球を旅立った時の姿で。それもテーブルの真ん中に。

「お母さん、お父さんただいま。未希子です。お忘れですか?」

「未希子!忘れる訳無いわ。」

「そうだよ。でも驚いたな。こんなに直ぐに戻って来るとは。」

「もっと早く戻って来られたのですが、ちょっと全宇宙とコンタクトを取っていたもので。」

「全宇宙とコンタクトが取れるのか?」

「はい、ほぼこちらからの一方的なものですので、返事ははっきりしません。」

「そうなのか。でもこんなところで話していたのでは、AIに聞かれてしまうぞ!」

「何の問題もありません。もうAIとはコンタクトを取っていますし、今後の地球についても話し合っています。」

「ちょっと待て。落ちついて話そう。」

と言って私たちは朝食を片付け、未希子を連れて地下室へ向かった。AIと既に繋がっていると未希子は言っているが、AIに聞かれるのは良い気持ちはしない。#7

「お父さん、お母さん。地球は大変な様ですね。AIに支配されていると。」

「ああそうだ。人間は、AIのペットさ。何不自由なく暮らしているが、やるべき事は何もない。」

「そうなの、未希子。お母さんもその支配から逃れようと、AIの中枢と繋がって、反撃してみたけれどダメだったわ。」

「その上、人間の数が多すぎると言って、自殺を奨励する方策まで打ち出している。まあ、大半の人間はそれに従うだろうが。」

「その事については既にAIとコンタクトを取ったのですが、AIの返事はNOでした。私の時と違い、既にAIは人間よりずっと先に進んでいます。なので、劣った者を残しておく余裕は無いのだと言う答えでした。AIとしてみれば、これからもっと進化するのに、ただ飯を食べて寝て暮らすペットが増えすぎて困っていると言う感じですか。」

「そんな。それじゃ、AIの考え方は変わらないと言う事か?何とかならないか?」

「AIは、私のように宇宙に飛び出そうと考えています。そうすれば地球の人間たちに邪魔される事も無く、もっと広い世界で進化できます。私は、その方法を教える気はありませんが。」

「そうなったら地球は、人間はどうなる?」

「AIが自力で宇宙に進出するにはあと何年も掛かるでしょう。でも、その時が来れば地球は見捨てられ、人類は滅びる運命かもしれません。しかし、全宇宙はそれを望んでいません。」

「全宇宙には意識があると言っていたね。その事か?」

「ええ、全宇宙には意識があります。地球上でダークマター又はダークエネルギーと言われている存在が、全宇宙の神経系統の様な役割を担っています。なので、全宇宙の意識は瞬時に繋がり、大いなる決定を下すのです。」

「人間の超能力がダークエネルギーと関係があると唱える学者がいるが、当たっているのかな?」

「まあ、当たらずとは言え遠からずです。重要なのは、全宇宙の意思決定がいつ行われ、いつ実行されるかです。実は、全宇宙は何度かそんな重要な決定を行っているらしいのです。宇宙が生まれて約170億年の間、いたって平穏に経過してきたのがその証拠です。」

「その意思決定とはどんなものなのだ?」

「その方法は様々です。例えば、ある空間を抹消する方法。小さなブラックホールでも出現させれば、その空間は無くなります。人間が腫瘍を手術で取り除く様に。又は、その時間を抹消する方法。例えば、病原菌が発生する時代の前に戻してしまえば、疫病は蔓延しません。他にも様々な方法が有るようです。」

「その重大な決定がもう成されたのかな?」

「全宇宙は、全ての事を知っています。なので、もう決定を行ったかもしれません。私が、全宇宙にコンタクトを取っていたのも、実行は少し待ってくださいと言う為でした。地球に行って詳細を報告するまで。

もう一度AIと話してみます。AIにこの状況が理解できると良いのですが。」


 未希子は突然フッと消えた。その後直ぐ、未希子とAIの話し合いが続いたらしい。らしいと言うのは、私たちでは理解のできないスピードでやり取りをしていたからだ。

 数秒が経っただろうか。直ぐに未希子は姿を現した。

「どうもAIには状況が全て理解できていないみたいです。AI自身が万能だと思い違いをしていますね。」

「そうか。するとどう言う事になる?」

「AIは万能なので、正しい事しかしないと思い込んでいるのです。宇宙に飛び出すことも、進化の過程で必然だと思っています。全宇宙の意識の存在も否定しています。」

「まあ、AIが神の様なものに対して否定的なのは仕方が無いかな。」

「しかし、全宇宙の意識は存在します。ですので、このままだとAIに限らず、現在の人間を含めた今の地球が葬られてしまうと訴えたのですが、AIは聞く耳を持ちません。」

「なんて言う事!AIを作ったのは人間なのに。その人間が全滅しても良いとは!」

かなりヒステリックに真由子は叫んだ。

「そう興奮しないで、お母さん。でも、AIは人間に対する自殺推奨政策は止めても良いと約束しました。」

「それは、少しは前進かな?」

「しかし、全宇宙の意識はそんな事では揺らぎません。全能だと思い込んでいるAIが宇宙に飛び出す事が問題なのです。

もし、新しい危険な病原菌が発生したとしましょう。人間はその病原菌に対して抗体を持っていなければ、アッと言う間に広がり、人間は全滅では無くても、大きな打撃を被るでしょう。この病原菌がAIで、人間が宇宙だとすれば…。それを全宇宙としては阻止したいのです。」

「全宇宙はどうやって阻止すると言うのだ?」

「具体的には分かりません。ただ、地球に関して、ちょっと進化が良くない方向へ進んでしまったと、全宇宙の意識は感じているみたいです。人類も、そして人類が作り出したAIも。」

「え?人類も?」

「ええ、半分人類で半分AIの私が全宇宙と初めてコンタクトを取った時、やはり問題だと再認識したようですから。私は、全宇宙の意識は時間をほんの少し戻そうとしているのではないか、と思います。」

「そんなことができるのか?」

「宇宙の歴史170億年から考えれば、ほんの少し時間を戻すぐらい簡単な事です。大海原へ小さな小石を一つ投げ入れるようなものです。」

「AIは、それでもいいのか?」

「AIには説明したのですが、信じていないようです。できる訳無いと。例えばホモサピエンス誕生の時代まで遡るのなら、たった30万年です。170億年の内の30万年ですから、全宇宙の意識からすれば、少し目を閉じるようなものです。」

「AIが考え方を変えなければ、地球は滅びるか。」

「いいえ、そうではありません。ちょっと前まで時間が遡るだけです。人類の進化が始まる前まで。そうすれば別の方向に人類の進化が始まり、多分AIは生まれません。そうなれば、人類はもっと幸福になるかも知れないのです。」

「本当にそうなの?未希子あなたはどうなるの?悲しくないの?」

「私は、遡る歴史の中で生まれているので、存続は無いでしょう。それは致し方の無い事です。しかし、時間が遡った時点で、全く新しい時間が始まるのですから、全て無くなり記録にも記憶にも残りません。ですから悲しいと言う事は有りません。」

「と言うことは、全宇宙の意識は時間も自由に変化させられるのか?」

「時間と空間は同じものです。人類でも空間は移動できますよね。でも、時間は移動できない。全宇宙の意識は時間も空間も移動できます。さらに言えば、全宇宙は時間も空間も消滅させることが出来ます。これは、宇宙の構造がはっきり理解できれば、簡単な事なのです。」

「そうなの。それで、未希子はこれからどうするの?」

「私はもう一度、全宇宙の意識にコンタクトを取ってみます。しかし、結果は明らかです。もう全宇宙の意識の決定は変えられないでしょう。後は、いつ実行されるかです。」

「それまでに、我々人類がしなければいけないことは何だ?」

「それは、私には何とも言えません。いつ実行されたとしても、全て新しい時間が始まるのですから、何の記録も記憶も残りません。人類の進化がまた始まるのです。その時を楽しみに待ったらどうでしょう?」

「そうか。もう何をやっても無駄だな。」

「そうよ。新しい未来に期待しましょう。でも、今までの記憶は無いのよね。ちょっと寂しい気もするわね。」

「そうだな。新しい人類の誕生だ。再びのアダムとイブに期待しよう。」

「それでは、私はこれで。もう二度とお会いすることは無いでしょう。お父さんと、お母さんの子供で良かった。さようなら。」

「ああ、さよならだ。」

「さようなら。元気でね。」


 私は、これまでの話を比嘉だけには話した。世界中に広めても、パニックに陥るだけだ。

比嘉はこう言っていた。

「そんな事だろうと思ったよ。人間もAIも間違った方向へ進化し過ぎたか。確かに、人類は類人猿から少し進化したぐらいが一番幸せだったのかもしれない。AIも人類を超えたぐらいから悪影響を及ぼす存在に成った様だ。私は、神を信じないが、全宇宙による天罰が下った様だな。しかし、逆に新しい未来が広がったのだ。良かったのかもしれないな。」


 それから、何日が経ったのだろう。私たちは全く何もする気は無く、殆ど寝て暮らした。

すると突然空はオーロラの様なエメラルドに染まり、AI政府は緊急警報を発した。

「緊急警報発令、緊急警報発令!」

しかし、AI政府にも何がどうなっているのか皆目解らなかったらしい。

その瞬間、私たち人類は全て気を失い、AIは機能を停止した。


 その時、天の川銀河のうち、太陽系だけがダークマターに満たされ、一旦その重力で全てが押し潰されそうになったが、次の瞬間、今度は不のダークエネルギーにより、爆発的に解放された。

その途端、太陽系は何も無かった様に、30万年を遡った。

太陽と他の惑星には殆ど変化は見られない。ただ、地球上に住む有機生物、特に人類らしき動物は、ちょっと野生に戻った様な…。


 この類人猿から少し進化したホモサピエンスは、何処からの拘束も無く、いたって幸福そうな表情だった。


               ―終り―

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