ライヒシュタット家は解体する
マリー・ルイーゼは、パルマから、執政官を同行してきた。
ナイペルクの後を継いだ彼は、マレシャルといった。メッテルニヒの配下で、パルマ派遣の前は、モデナ公国の外交顧問をしていた。
マレシャルもまた、軍人だった。ナポレオン戦争では、英国のウェリントン将軍の将校として活躍し、その後、外交武官としてブラジルへ赴任している。マリー・ルイーゼの妹、レオポルディーネにも、謁見の栄誉を得た。
マレシャルは、夫を支え、ブラジルを独立に導いた
レオポルディーネもまた、メッテルニヒに売られた花嫁である。普通なら悲劇であるそこを、彼女は最大限、利用した。
ブラジルは、支配していた
そして、メッテルニヒの力を借りて、ポルトガル政府に、ブラジルから、手を引かせたのだ。
結果、ブラジルはポルトガルから独立を達成した。レオポルディーネの夫、ドン・ペドロは、ブラジル皇帝として即位した。
なんと素晴らしい内助の功。妻の鏡のような女性ではないか!
……翻って、わが主、マリー・ルイーゼはどうだ。
同じく、メッテルニヒに売られた花嫁であるのに、彼女は、ナポレオンを裏切った。
彼が没落すると、いち早くウィーンへ逃れ、
マレシャルは、パルマ赴任が、不満だった。一刻も早く、ウィーンへ帰りたかった。
一方、マリー・ルイーゼの側から見ても、マレシャルは、最も嫌いなタイプの男だった。高圧的で横柄なくせに、妙に細かいところがある。さらには、芸術を解さず、国費の無駄遣いだったと決めつける。
マリー・ルイーゼは、ナイペルク時代に、10年かけてオペラ劇場を建造したほど、音楽を愛していた。また、自ら筆を執るなど、絵画にも心得があった。それらも、マレシャルからみると、しょせんは女子どものお遊び、単なる浪費となってしまう。
マリー・ルイーゼとマレシャルの折り合いは、非常に悪かった。
*
マリー・ルイーゼ一行が、シェーンブルンに到着して、すぐのことだ。
モルは、パルマの執政官、マレシャルに呼び出された。
「プリンスの死後、ライヒシュタット家は、解体する。付き人たちは、全員、解雇される」
マレシャルは告げた。
予想はしていたことだ。モルは冷静だった。
プリンスに世継ぎはいない。
ボヘミアにあるライヒシュタットの領土(プリンスは、一度もそこへ行ったことはない)は、年間40万グルテン(約12億円)の収入を生み出していた。
この領土は、母であるマリー・ルイーゼには、引き継がれない。政府に回収され、しかるべく管理されるのだろう。
今後の予定を、マレシャルは語った。
「マリー・ルイーゼ様におかれては、ライヒシュタット公がお亡くなりになられたらすぐに、パルマへお帰りになりたいご意向だ」
あっさりと……あまりにあっさりと、マレシャルは、プリンスの死を口にした。
モルの心に、怒りが宿った。
さらに、マレシャルは続けた。
「それまでの間に、私が、暫定的に、プリンスの所持品の処分を検討したい。ついては、目録を作ってくれないか」
……私はシャツを盗まれました!
詩篇の一節が、モルの頭に浮かんだ。
旧約聖書に納められたこの言葉は、強盗を意味する。
だが、これがモルの仕事であることは、間違いなかった。彼は、ディートリヒシュタイン伯爵から、ライヒシュタット家の財政を引き継いだ。
モルは、4日かけて、目録作りに取り組んだ。
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