応援コメント

プルードンの黄金のゆりかご」への応援コメント

  • 良く当局(メッテルニヒ)がマルモラとの面会を
    許しましたね^ ^

    作者からの返信

    定期的に訪れてほしい、というライヒシュタット公の願いに対し、マルモン自身が、メッテルニヒの許可があれば、と、申し出ました。7月革命で国を追われた彼にしてみれば、オーストリアに亡命している以上、メッテルニヒの許可がなければ、恐ろしくて、ナポレオンの息子に会いに行くなどできなかったのでしょう。

    これはすぐに快諾されました。「父親の良い所だけではなく、悪い面も話す」というのが、メッテルニヒの出した条件でした。ライヒシュタット公の父親の偶像化を止めさせたいという気持ちがあったのでしょうが、彼に対して禁止ばかりしていると、諸外国を含め、自分に対する周囲の評判が悪くなることを恐れたのでは? と私は思います。

    ちなみに、ここのライヒシュタット公との一連の会見を指して、マルモンはライヒシュタット公の家庭教師になった、と書かれているのを見かけたことがあります。ちょっと違う気がしますが。

    いつも応援、コメント、本当にありがとうございます。

    編集済
  • やはりフランソワ、育ってきた環境ゆえに友達コンプレックスが根深い……

    そしてマルモンの評がそのまま自分にグサグサ刺さる……

    作者からの返信

    ライヒシュタット公が孤独だった、というのは、初めから、私が全面的に表現したいことでした。しかし、ここまで友達を欲しがっていた、とは……。
    同じ年代の友が欲しいというのは、相当に強い気持ちだったようです。まだ詳しくは書けませんが、死の1ヶ月ほど前にも、そんな気持ちを吐露しています。

    彼がプルードンのゆりかごを、母から取り戻したことと、ライヒシュタット公のマルモン評は、事実です。特に後者は、モルが書き残しています。最終的にナポレオンが許したマルモンを、ライヒシュタット公は、身近に起きたくないと言っています。少しずつ、ライヒシュタット公は、父の影響下から離れようとしているような気がしてなりません。もっといえば、父の名を利用しようとしているような。
    あとは、彼が、彼自身の仲間を見つけることさえできれば!