新しい付き人



 その前年(1830年)秋、ライヒシュタット公付きの、3人の軍人が、指名された。


 チーフ・オフィサーは、ハルトマン将軍。彼は、伯爵位も持つ。

 セカンド・オフィサーは、モル大尉。男爵でもある。

 そして、彼らを補佐する役割で、ヨハン・スタンダイスカイ大尉がついた。



 ヨハン・スタンダイスカイ(通称:スタン)以外は、貴族である。これは、皇帝が、家庭教師のディートリヒシュタイン伯爵の意見を取り入れたと見らる。

 ディートリヒシュタインは、未だに、プリンスの居場所は、外交や社交界であると信じている。粗雑な軍人の付き人は、許せなかったのだ。



 11月に入ると、彼らは、毎日、ホーフブルク宮殿の、プリンスの元を訪れるようになった。







 初めてプリンスに会った時、ハルトマン将軍……伯爵でもある……は、緊張で震えていた。

 彼は、畏れ多くも、皇帝の孫であるライヒシュタット公の付き人の、まとめ役を仰せつかっていた。

 赴任に先駆け、ハルトマンは、皇帝から直々に、指令書を拝命していた。



法的に、生国フランスから引き離されたプリンスは、もはやフランス人ではない



 皇帝からの手紙は、まず、ライヒシュタット公の位置づけから始まっていた。



その喪失の埋め合わせをするために、彼は、公爵の身分を得た。これは、わがオーストリアでは、大公に次ぐ、高貴な身分である。すなわち、れっきとした、ハプスブルク家の一員であり、皇帝である私との関係も、これにより厳密に定義されていることが、おわかりであろう



 もちろん、ライヒシュタット公は、皇帝の孫だ。高貴な身分に、間違いない。だから、ハルトマンは、ここまで緊張し、ストレスを感じている。



それゆえ私(皇帝)は、彼の本性が、文句なしに高潔であることを知っている。

だが、あなたは、プリンスの感受性を、過小評価してはいけない。彼が受ける、称賛と熱狂の渦は、危険だ。

彼の未来に横たわる、そのような危険をなくすことが、あなたの最初の義務だ。あなたは、これらの義務をどうやって満たすか、理解しなければならない。プリンスは、幸福と安全であるべき人生の半ばで、あなたと出会った。あなたは、彼を包囲するあらゆる危険から彼を守るために、他のスタッフらをまとめあげ、司令しなければならない



 ハルトマンの胃が、ちくりと痛んだ。一体皇帝は、自分に何を期待しているのだろう。



あなたは、プリンスの全幅の信頼を得なければならない。彼の信頼を得られねば、あなたを雇ったことは、失敗に帰すであろう

しかし、もし、彼の活力あふれる性格が、厳格な扱いを必要とするのなら、私はあなたに、その権限を与える。

貴方は、時々は、私に報告するように。特に、こちらからは催促はしない。だが、正直で誠実なレポートを期待している。



 つまり、プリンスの精神的な指導者メンターの役割を果たせということだ。

 その上、罰を与える許可さえ、皇帝は、ハルトマンに与えている。

 皇帝の孫に? 罰を?

 胃が痛むどころの騒ぎではない。

 めまいを抑えつつ、ハルトマンは、続きを読んだ。



次にあなたは、彼の身の回りにいつも注意を払い、不審な人物の接触に、注意を払わねばならない。特に、変装した人物に注意せよ。

だが、プリンスの信頼を失ってはならない。

あなたは、充分に距離をとって、それらの人々を注意深く観察しなければならない。

そして、状況に応じて、プリンスに、友好的に、温かく接しなければいけない。

ただ、素性のしれない者が、彼と個人的な接触をしようしたら、決して許してはいけない。あなたの良心にかけて、この任務を遂行せよ。



 皇帝は、プリンスが、外国の新聞を読むことさえ、禁止していた。

 つまり、ハルトマン将軍に課せられた最重要の任務とは、プリンスの、看守であることだったのだ。赴任地でプリンスに接する全ての人々は、厳選され、常に、ハルトマンの監視下になければならない。


 プリンスの監視の次に重要な、ハルトマンの任務……、

 それは、かのナポレオンに関する事柄だった。



亡くなった父親……全く、非難に値する……への、プリンスの情熱と傾倒。これこそが、あなたが総力を挙げて戦わなければならない敵である。

あなたは、議論により、また、あなた自身が手本になることによって、彼の感情を、正しい方向に導かなくてはならない。

彼が、公正で誠実、また、美徳に富んだ人間になれるよう。そして、悪徳や不実を受け容れることのなきよう、全ては、あなたの働きにかかっている。



 ……無理です。

 ハルトマンは、崩れ落ちそうになった。

 皇帝が、ここまで自分を信用してくれるのは嬉しい。

 だが、どちらかというと、ハルトマンは、剣の力でここまで出世してきた人間だった。

 若者の心という繊細なものを、どうこうできるとは、とてもではないが、思えなかった。

 ……。



 そうはいっても、軍人にとって、皇帝の命令は、絶対である。

 そういうわけで、11月に入ると、彼は、部下のモルとスタンを引き連れて、とりあえず、プリンスの元へ日参することにしたのだ。





 初めてハルトマンを見た瞬間、プリンスは、新しい付き人が、自分と目を合わせようとしないことに、深い失望を覚えた。


 ハルトマンにしてみれば、予め皇帝からの親書を戴いていたのだ。しかもそこには、通常の軍務とはかけ離れた司令が記されていた。非常にデリケートな内容だ。いざ、プリンスに会うとなれば、緊張するのも無理はなかったろう。


 プリンスの感じた失望は、同席していた家庭教師のディートリヒシュタインも共有したものだった。ハルトマン将軍は、自分たちが要求する資質を持っていない、と、ディートリヒシュタインは思った。

 ……彼は、プリンスを指導するのに、まったくもって、ふさわしくない。


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