ナポレオンのもうひとりの息子 2
深い溜め息を、アレクサンドルはついた。
「本当のことを言おう。アシュラ。ポーランドはダメだ。この国は、ロシアには敵わない」
「だが、
「ポーランドが、ロシアに勝てるわけがない」
吐き捨てるように、アレクサンドルは言った。
「ロシアは大国だ。その上、イギリスとフランスも、ロシアを支持している」
「フランスの民衆や、ラファイエット侯爵は、ポーランドの味方だったぞ」
パリで、ポーランドを支持する集会が開かたことを、アシュラは思い出した。シャルル・ルイも、参加を誘われていた。
アレクサンドルは、肩をすくめた。
「民衆が何と言おうと、
確かに、7月革命で生まれた
辺りを見回し、アレクサンドルは、声を潜めた。
「ポーランドの
「それじゃ……」
エオリアとユスティナはどうなるのだ、と、アシュラは思った。
ロシアを前線で食い止めると言って旅立って行った彼女らは。
「蜂起が、もう少し早かったら、あるいは……。ロシアが、トルコと戦っていた頃なら、僅かだが、まだ、可能性はあった。だが、いずれにしろ、時期尚早だった。ポーランドに勝ち目はない」
「本気で戦ってる人間もいるんだぞ。あんたがそんなことを言ってて、どうする」
「僕が言ってるんじゃない。蜂起軍の指導的立場の人間達が言ってるんだ」
「そんな……」
「アシュラ」
アレクサンドルが言った。
強い目で、アシュラを射すくめる。
「我らの父は、言ったはずだ。ローマ王は、フランスの王になるのだ。ポーランドの王ではない」
「あんたも、レオンも、自分の進みたい道を行くくせに! なぜ、うちの殿下だけが、父親の呪いに縛られなくちゃならないんだ?」
「父の呪いじゃない。それが、正統の呪縛というものだ」
「無茶言うな」
「弟に……いや、ローマ王に伝えてくれ。……フランスで、待ってる」
アシュラは答えなかった。じっと、アレクサンドルの顔を見据えた。
彼の横顔は、確かに、フランソワに似ていた。だが、よく見ると、まるで違う。
その事に気づき、高らかに、アシュラは笑いだした。
「? 何を笑っているんだ?」
アレクサンドルが、怪訝そうな顔をした。
「いや。ただ、思ったんだ。……あんたがいるじゃないか」
「は?」
「ナポレオンの息子は、なにも、うちの殿下だけじゃない。だったら彼は、そこまで悩む必要は、ないんだ」
「何を言ってる! 俺もレオンも、ナポレオンの正統な息子だとは認められない。それが認められているのは、唯一、ローマ王だけだ。ナポレオン法典に則った正統な跡継ぎは、神聖な結婚で生まれた、ローマ王だけなんだ」
「馬鹿らしい」
アシュラは吐き捨てた。
ナポレオンとマリー・ルイーゼの結婚。
それに先駆け、ナポレオンは、
(※1章「お妃探し 2」ご参照下さい)
その上での、
「あんたのお母さんの方が、うちの殿下のお母さんより、ナポレオンのことを愛していたし」
マリー・ルイーゼは、ナポレオンの生存中にナイペルクと関係を持ち、子どもを二人、生んでいる。
にわかに、アレクサンドルは、居心地が悪そうな顔になった。
「母は、
「あんたのお母さんは、ナポレオンが落ちぶれてからも、会いに行ったんだろ? エルバ島へも行ったそうだな?」
「母は、父を愛していた。それは、確かだ」
アンナ・ヴァレフスカは、ナポレオンに先立つこと4年前に、亡くなっている。
首を振って、アシュラは言った。
「宗教だけじゃない。法律だって、簡単に変えられるだろ? 所詮は、ナポレオンが定めた法律じゃないか」
「そうはいくか。ナポレオン法典は、神聖だ」
「だが、あんたの方が、ナポレオンに似ているんだよ。俺は、肖像画しか見たことはないが、でも、本当によく似ている。だったら、あんたで充分じゃないか……」
笑いが、止まらなかった。
狂ったように笑い続けるアシュラを、アレクサンドルは、無気味なものを見るような目で見ている。
アシュラの目尻から、涙がにじみ出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます