こうして愛されてはいるというのに、ままならぬ身であり、しかももう1830年であるという……フランソワ……
作者からの返信
少しだけ、先行して書いていますので、私はもう……。
愛されていたというのは、事実だと思います。彼に関する愚痴ばかり書き残しているディートリヒシュタイン先生でさえも、本音は、教え子をとても可愛がっていたと(私だけでなく、評伝の著者達も)考えています。
ままならない……本当にその通りです。『ナポレオン四代』に、彼が不幸だったから、後のナポレオン神話に輝きが加わった、みたいな叙述があって、心底むっとしたのですが、残念ながら、事実だと思います。とすると、その死でさえ、父ナポレオンに利用されてしまうという……ライヒシュタット公としては、本望なのでしょうか?
皇帝がフランツにそう考えていたのか?は事実は分かりませんが
この会話は重要と感じます^ ^
作者からの返信
然るべき時の流れと必然が孫をフランスの頂点へ導く、というのは、資料に書いてありました。はっきりとではないけれど、皇帝フランツは、孫とフランスの関連を支持していたようです。あと、フランスから迎えが来た時に恥ずかしくないよう、お金の算段をしていたのも事実らしいです。
どこかで書きましたが、この皇帝はとても実務的な人物で、マリー・テレーズのロシアへの旅費も、叔母アントワネットから託された資産を運用して作った利益で賄ってやったそうです。
いつも温かい応援、コメント、本当にありがとうございます。