1830年、夏の思い出


 フランスの革命。ブルボン家の凋落。ルイ・フィリップの即位。

 オーストリアの未来の皇帝、フランツ・ヨーゼフの誕生。

 フランソワの少佐への昇進。プロケシュとの出会い。


 1830年の夏は、暑く、騒がしかった。




 蒸気船でアドリア海を渡って、オーストリアへ到着したマリー・ルイーゼは、決してウィーン市内に足を踏み入れることなく、その多くを、バーデンで過ごした。

 フランソワ息子は、ウィーンと母の滞在先を、行ったり来たりしていた。




 ある日、マリー・ルイーゼは、蝶採りをしようと、息子を誘った。

 フランスの7月革命の噂が、届いていた。

 ……決して、フランスに行こうなどと思わぬように。

マリー・ルイーゼの牽制でもあった。



 フランソワは、シェーンブルンから、馬に乗って、やってきた。

 白い馬が、だんだん近づいてくる。馬上の青年は、金色の髪をなびかせ、しなやかなその姿が、風を切って近づいてくる。

 蹄の響きが、軽やかに伝わってきた。

 白皙の顔の青年は、微笑んでいた。

 その美しさに、出迎えた人々は、息をするのも忘れて見惚れた。




 暑い夏の日を、蝶を追って過ごした。

 フランソワは汗まみれになって、網を振り回した。彼はよく笑い、無心に蝶を追った。




 バーデンに住む、とある医師の息子にとっては、終生忘れられない夏だった。

 少年の父は、立派な蝶のコレクションを持っていた。マリー・ルイーゼに乞われて、彼はその一部を、ライヒシュタット公に、献上した。

 その場には、医師の息子である少年も、同席した。


 プリンスは、少年の目に、かつて見たことのないほど(そして、その後も……)、気高く、あてやかに映った。父のコレクションを覗き込むさまは、真摯だった。それを受け取り、嬉しそうでもあった。


 それなのに、彼の表情は、終始、悲しみを宿して見えた。


 プリンスは、傍らの母親マリー・ルイーゼにも、有名な父親ナポレオンにも、両方に似ているように思われた。しかし、両親よりずっと、優しく賢く見えると、少年は思った。


 プリンスの挙措は、控えめで内気そうだった。そして、誰に対しても、親切に振る舞っていた。


 少年は、彼の声をよく覚えている。プリンスは、人を包み込むような優しい話し方をした。決して、高い声を出すことはなかった。



 その日から、少年は、町中で、プリンスの姿を探すようになった。


 静かな夏の昼下がり。

 誰もいない通りを、白馬に跨ったプリンスが、沢に向けて駆け抜けていく……。

 絵のように美しいその姿を、大人になっても少年は、決して、忘れなかった。




 オーストリア滞在も終わりに近づいた、ある晩。

 マリー・ルイーゼは、自分の宮廷パルマで供されるフランス料理の、センスの無さについて、愚痴をこぼした。


 するとフランソワは、自分の料理人を連れて行ったらどうかと、勧めた。ヴァーラインという名の、腕のいいフランス料理のコックがいるというのだ。

 母親を想う優しい気持ちが、滲んで見えた。


 マリー・ルイーゼは喜んで、この提案を受け容れた。




 9月の30日。

 長い滞在を終え、マリー・ルイーゼは、帰路についた。

 子どもの頃の彼は、母の立ち寄る先々に早馬を飛ばして、手紙を届けさせたものだった。


 今回、大人になったフランソワは、馬に乗って、遠くまでついてきた。

 もう戻りなさいと行っても、なかなか、帰ろうとしなかった。

 母の馬車に並走し、母を護るように、どこまでも、ついてきた。



 最初の宿泊地は、チロルのインスブルックだった。


 ……フランソワは、パルマの妹弟について、最後まで、何も聞かなかった。


 その晩。

 しんと静まり返った宿で、マリー・ルイーゼは、改めて、そのことに気がついた。


 パルマに帰っても、ナイペルクはもう、いない。

 無性に、アルベルティーナとヴィルヘルムパルマに遺してきた二人の子の顔が見たかった。


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