キリストの犠牲 2


 2週間が過ぎ去った。

 ディートリヒシュタインからは、何の音沙汰もない。

 痺れを切らし、バーセレミーは、再び、伯爵を尋ねた。


 再訪したバーセレミーを見て、ディートリヒシュタインは、当惑した顔になった。

「貴方は、プリンスに会うことに、あまりに執着し過ぎている」

ため息とともに、彼は言葉を吐き出した。


 すかさず、バーセレミーは、踏み込んだ。

「私はただ、ライヒシュタット公に、敬意を捧げたいだけですよ」

「そのような考えは、お捨てになるべきだ」


 「私の本は、どうでしたか?」

 声色を変え、バーセレミーは尋ねた。

 にわかに、ディートリヒシュタインの顔が和らいだ。

「ああ……とても……なんというか、チャーミングでしたよ! デリケートで、詩情豊かな……」


「それなら!」

バーセレミーは希望を持った。

「だからです」

しかし、ディートリヒシュタインは、首を横に振った。

「魅力あふれるフランスの詩や、歴史を描く生き生きした筆致は、若い心に有害に働くのです」


「はあ? どういうことです?」

 ことと次第では、決闘も辞さないと、詩人は思った。


 ディートリヒシュタインは、ため息をついた。

「生きた詩は、若い心に、熱狂の渦を巻き起こし、野心の種を撒きます。そうした心の変化は、プリンスに、彼の今の状況に不満を抱かせるようになってしまう」

「そんな! それじゃ……、貴方は違うと言うが……、ナポレオン二世は、囚人と同じじゃないか!」


 ディートリヒシュタインは答えなかった。黙って、ドアを指さし、頭を下げた。

 詩人は、退却するしかなかった。





 帰国直前に、宮廷劇場で偶然見た、若き貴公子の姿は、詩人の心に、不吉な印象を与えた。

 皇族席に差し込んだ、僅かな灯りに浮き上がった青白いその顔は、生と死がせめぎ合っているように見えた。


 ……ナポレオンは、セント・ヘレナの赤茶けた岩の上で、イギリスの監視のもと、フランスの民われらの自由の、犠牲になった。

 ……今また、その息子が、オーストリアの深い帳の中で、磔刑に処されているのだ。

 ……まるで、イエス・キリスト、その人のように。








ディートリヒシュタインの気を惹こうとしてバーセレミーの言っていた、マリア・カロリーナは、

「2 スィート・フランツェン」「軍務への道」

に登場しています。


この人は、ナポレオンに領土を奪われたにもかかわらず、ナポレオンが連合軍に敗北して、マリー・ルイーゼが、ウィーンに帰ってきた時、


「人が結婚したなら、それは、生涯続くものだ。私が貴女の立場なら、シーツを捩ってロープにしても、宮殿から逃げ出すだろう。そして、変装して、夫の元へ行くべきだ。

(当時はナポレオンはまだ、エルバ島にいました。マリー・ルイーゼは、ナポレオンの元へ行くことを父の皇帝から禁じられていました)」


と言っています。

ナポレオンの細密画を常に身につけていたマリー・ルイーゼに、共感を示したもののようです。

最も、マリー・ルイーゼには、エルバ島へ行く気など、全然まったく、ありませんでしたが。


この、ひいおばあちゃん、マリア・カロリーナは、短い間でしたが、幼いフランツを、とても可愛がってくれたそうです。


エクスの温泉からマリー・ルイーゼが帰ってきた時(そこで彼女は、ナイペルクと出会ったわけですが)、幼いフランツは、喪服を来て、母を出迎えました。それは、このマリア・カロリーナへの服喪でした。本当に短い間しか、二人の接点はありませんでした。

(2018.12.26 2章「ヴェローナ会議 1」に、書き加えました)






同じく、バーセレミーが言及していたボルドー公アンリですが、彼は、この章(5章)の、

「ファニーの手柄 2」

で、ちらりと出てきました。


ブルボン家のボルドー公アンリと、ハプスブルク家との繋がりは、複雑な血族婚の結果です。ここは、フランソワとアンリは、血が繋がっているのね、くらいのご理解で構いません。


フランソワとアンリの血の繋がりについて、ご興味のある方は、私のホームページに系譜を乗せておきました。


https://serimomo139.web.fc2.com/franz.html#henri


(ページトップは

https://serimomo139.web.fc2.com/franz.html

下にスクロールをお願いします。「6 ライヒシュタット公とボルドー公」です。)




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