キリストの犠牲 2
2週間が過ぎ去った。
ディートリヒシュタインからは、何の音沙汰もない。
痺れを切らし、バーセレミーは、再び、伯爵を尋ねた。
再訪したバーセレミーを見て、ディートリヒシュタインは、当惑した顔になった。
「貴方は、プリンスに会うことに、あまりに執着し過ぎている」
ため息とともに、彼は言葉を吐き出した。
すかさず、バーセレミーは、踏み込んだ。
「私はただ、ライヒシュタット公に、敬意を捧げたいだけですよ」
「そのような考えは、お捨てになるべきだ」
「私の本は、どうでしたか?」
声色を変え、バーセレミーは尋ねた。
「ああ……とても……なんというか、チャーミングでしたよ! デリケートで、詩情豊かな……」
「それなら!」
バーセレミーは希望を持った。
「だからです」
しかし、ディートリヒシュタインは、首を横に振った。
「魅力あふれるフランスの詩や、歴史を描く生き生きした筆致は、若い心に有害に働くのです」
「はあ? どういうことです?」
ことと次第では、決闘も辞さないと、詩人は思った。
ディートリヒシュタインは、ため息をついた。
「生きた詩は、若い心に、熱狂の渦を巻き起こし、野心の種を撒きます。そうした心の変化は、プリンスに、彼の今の状況に不満を抱かせるようになってしまう」
「そんな! それじゃ……、貴方は違うと言うが……、ナポレオン二世は、囚人と同じじゃないか!」
ディートリヒシュタインは答えなかった。黙って、ドアを指さし、頭を下げた。
詩人は、退却するしかなかった。
*
帰国直前に、宮廷劇場で偶然見た、若き貴公子の姿は、詩人の心に、不吉な印象を与えた。
皇族席に差し込んだ、僅かな灯りに浮き上がった青白いその顔は、生と死がせめぎ合っているように見えた。
……ナポレオンは、セント・ヘレナの赤茶けた岩の上で、イギリスの監視のもと、
……今また、その息子が、オーストリアの深い帳の中で、磔刑に処されているのだ。
……まるで、イエス・キリスト、その人のように。
※
ディートリヒシュタインの気を惹こうとしてバーセレミーの言っていた、マリア・カロリーナは、
「2 スィート・フランツェン」「軍務への道」
に登場しています。
この人は、ナポレオンに領土を奪われたにもかかわらず、ナポレオンが連合軍に敗北して、
「人が結婚したなら、それは、生涯続くものだ。私が貴女の立場なら、シーツを捩ってロープにしても、宮殿から逃げ出すだろう。そして、変装して、夫の元へ行くべきだ。
(当時はナポレオンはまだ、エルバ島にいました。マリー・ルイーゼは、ナポレオンの元へ行くことを父の皇帝から禁じられていました)」
と言っています。
ナポレオンの細密画を常に身につけていたマリー・ルイーゼに、共感を示したもののようです。
最も、マリー・ルイーゼには、エルバ島へ行く気など、全然まったく、ありませんでしたが。
この、ひいおばあちゃん、マリア・カロリーナは、短い間でしたが、幼いフランツを、とても可愛がってくれたそうです。
エクスの温泉からマリー・ルイーゼが帰ってきた時(そこで彼女は、ナイペルクと出会ったわけですが)、幼いフランツは、喪服を来て、母を出迎えました。それは、このマリア・カロリーナへの服喪でした。本当に短い間しか、二人の接点はありませんでした。
(2018.12.26 2章「ヴェローナ会議 1」に、書き加えました)
※
同じく、バーセレミーが言及していた
「ファニーの手柄 2」
で、ちらりと出てきました。
ブルボン家の
フランソワとアンリの血の繋がりについて、ご興味のある方は、私のホームページに系譜を乗せておきました。
https://serimomo139.web.fc2.com/franz.html#henri
(ページトップは
https://serimomo139.web.fc2.com/franz.html
下にスクロールをお願いします。「6 ライヒシュタット公とボルドー公」です。)
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