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2022年7月7日 07:45
なるほど、父の敵将を教育者としたんですかナポレオン2世はフランス語を話せずドイツ語教育で育ったと思ってました今後も楽しみです
作者からの返信
もちろん、ドイツ語で教育されました。けれど、殿下は強情だから。また、当時の公用語はフランス語だったので、皇帝や家庭教師達も、彼がフランス語を使うのを全面的に禁止はしなかったのでしょう。ディートリヒシュタイン伯爵は、ナポレオン2世の能力や、彼のフランスへの愛を「刈り込んでしまった」と、ボナパルニストには大変評判が悪いのですが、私はこの先生の記録を元にした評伝が一番好きなので、悪口を言う気にはなれません。非常に味のある先生だと思います。暑さがぶり返しまして、そんな中、お読み下さって、本当にありがとうございます。楽しみにして頂けて嬉しいです。
2018年6月23日 22:09
フォレスチさん良い人…!
ネットで、フォレスチのお墓の写真を偶然見つけた時、なぜだか胸が詰まりました。いい人だったんだなあ、と感じたんです。本当にプリンスのことが好きだったんだなあ、って。理屈じゃなく、感じました。フォレスチは、手記を残していません。手紙や手記を、最も多く残したのは、残念なディートリヒシュタインです……。
なるほど、父の敵将を教育者としたんですか
ナポレオン2世はフランス語を話せずドイツ語教育で育ったと思ってました
今後も楽しみです
作者からの返信
もちろん、ドイツ語で教育されました。けれど、殿下は強情だから。また、当時の公用語はフランス語だったので、皇帝や家庭教師達も、彼がフランス語を使うのを全面的に禁止はしなかったのでしょう。
ディートリヒシュタイン伯爵は、ナポレオン2世の能力や、彼のフランスへの愛を「刈り込んでしまった」と、ボナパルニストには大変評判が悪いのですが、私はこの先生の記録を元にした評伝が一番好きなので、悪口を言う気にはなれません。非常に味のある先生だと思います。
暑さがぶり返しまして、そんな中、お読み下さって、本当にありがとうございます。楽しみにして頂けて嬉しいです。