断乳戦争 1
1812年5月。
ナポレオンとマリー・ルイーゼは、ドレスデンへ向けて旅立った。諸国の王が集まり、お互いの結束を固める為だ。というのは建前で、実際には、ナポレオンへの忠誠を誓わせる為の集会だった。
オーストリアのフランツ帝も召喚された。久々に父と娘は再会した。
ドレスデンには、マリー・ルイーゼの義母、皇妃マリア・ルドヴィカも来ることになっていた。途中まで義母を迎えに行こうとしたマリー・ルイーゼを、ナポレオンは許さなかった。
「今やお前は、ヨーロッパのファーストレディーなのだ。自分を貶めるような真似は、してはならない」
そのくせ、義母が到着すると、ナポレオンは、下へも置かぬほどのもてなしぶりを発揮した。食事の時はあれこれ話しかけ、ガウンと宝石が贈られた。だが返ってきたのは、氷のような冷笑だった。
ナポレオンはさらに、マリー・ルイーゼの弟妹たちへのお土産も用意してあった。レオポルディーネには、パリの最新流行のファッションを、もっと下の弟妹たちには、玩具やお菓子を。
その中に、ラザンスキ伯爵夫人への高額な贈り物も混ざっていた。ラザンスキ伯爵夫人は、輿入れの際、マリー・ルイーゼに同行してきたオーストリア側の女官長だ。ルイーゼと共にパリに来るはずが、ナポレオンの妹カロリーヌの命令で、「誤って」ウィーンへ追い返されてしまった。皇帝は、ラザンスキ伯爵夫人に、妹の「無情な仕打ち」を詫びた。
……見抜かれてた?
モンテベッロ公爵夫人アントワネットは、ひやりとした思いに、首を竦めた。
ラザンスキ伯爵夫人は、「誤って」送り返されたのではない。また、カロリーヌの仕業でもない。アントワネットが追い返したのだ。
皇妃の一番の信頼を売るために。
皇妃付き女官長として、盤石の地位を得る為に。
……大丈夫。皇帝は、カロリーヌ様の手違いだと思っていらっしゃる。
全ての罪を皇帝の妹に被せ、アントワネットは胸をなでおろした。
*
モンテベッロ公爵夫人アントワネットは、旧貴族の娘だった。乞われて、ジャン・ランヌ元帥の妻となった。
夫は、勇猛果敢な武人だったが、怪我も多かった。3日で3度の重傷を負ったこともある。「自分は、元帥である前に
彼は、平民の出だった。革命前なら、王宮に足を踏み入れることすら許されない、庶民の子だ。
ナポレオンの元、軍功を上げ、元帥、そして公爵の座にまで昇り詰めた。
最初の妻に裏切られたランヌは、ナポレオンの妹、カロリーヌに求愛し、ミュラ元帥と張り合った。カロリーヌはミュラと結婚し、敗れたランヌは、「宮廷一の美女」の誉高いアントワネットと結婚した。
「戦場では常に新郎のように」と言っていたジャン・ランヌは、華やかな軍服を身にまとう、洒落者でもあった。カロリーヌにふられてよかった、お陰でお前と知り合えたと言って、アントワネットを大切にしてくれた。
二人の間には、4人の子ができた。
アントワネットが、夫を、愛していなかったといったら、嘘になる。
だが……。
例えば、食事。食べながらランヌは、ひっきりなしに大声でしゃべる。口の中に物が入っていようが、お構いなしだ。
また、彼は、裸で寝ることを好んだ。そして、朝、まだ暗いうちに起床した。どちらも、アントワネットには、信じられない習慣だった。
極めつけは、タバコ。鼻から煙を出すなんて下品そのものなのに、ランヌは、嗅ぎタバコは使わなかった。ほんの短い期間だったが、葉巻などという匂いの強いものを吸い、アントワネットを辟易させたこともある。
小さなことなのだ。小さなことだけど、これらの違和感は、夫が庶民出身だということを、事あるごとに、アントワネットに突きつけた。
本来なら、彼女とは、口を利くことさえ許されぬ身分の出身であることを。
ランヌは、対オーストリア戦で命を落とした。敵の砲弾を受け、右足を切断、傷口が化膿して亡くなった。元帥として、初めての戦死者だった。
ジャン・ランヌの死は、栄光を以って伝えられたが、アントワネットは、居場所を失った。
平民出身のランヌと結婚したことにより、彼女は、元いた旧貴族のコミュニティーからは排除されていた。かといって、彼亡き後、新興貴族からも迎え入れてもらえない。公爵夫人の身分があっても、お飾りに過ぎなかった。
どこへ行っても、自分の存在は弾かれてしまう。せめて、4人の子どもたちの進む道は、確保してやりたいと、アントワネットは痛切に願った。
そんな折、皇帝から、皇妃付きの女官長に、と打診された。その地位は、アントワネットにとっては、喉から手が出るほど欲しいものだった。
フランス旧貴族は、オーストリア皇女マリー・ルイーゼに期待していた。皇帝の妻であるから、軍属や新興貴族達も、思いのままに操れる。
その皇妃の女官長なら、旧貴族も新興貴族も、アントワネットと子どもたちを受け入れざるを得ない筈だ。
しかし、二つ返事で承諾、というわけにはいかなかった。アントワネットの夫、ジャン・ランヌは、オーストリア軍と戦って戦死した。皇妃の叔父、カール大公軍に殺されたのだ。
アントワネットには、ジャン・ランヌ元帥の未亡人という、建前があった。たとえふりであっても、ためらいがなくてはならない。
本心を隠して後ろ向きな返事をした彼女を、ナポレオンは言葉を尽くして説得した。ジャン・ランヌ元帥の妻だからこそ、お願いするのだ、と皇帝は言った。敵将カール大公にも、代理結婚式で、自分の代理を頼んである。わだかまりがあってはいけない。敵を味方にしてこそ、勝利はつかめるのだ、と、秘密めいた声で囁いた。
もとより、熱望する職だ。渇望している、といっていい。
俯いたままで、けれどしたたかに、彼女は、皇妃付き女官長の役を引き受けた。
ブラスナウで初めて会った皇妃マリー・ルイーゼは、内気ではにかみ屋の娘だった。与えられたフランスの化粧や香水の香りに、めまいを起こしていた。
……この娘に、自分は取り入るのだ。
……子どもたちに、居場所を残さなければならない。
アントワネットは、決意を新たにした。
ウィーンからついてきた、ラザンスキ女官長が邪魔だった。皇妃は、何かにつけ、彼女を頼りにしているようだった。
「新しい皇妃に、オーストリア人の付き人をつけるべきではない」
アントワネットは、強硬に主張した。
同行したナポレオンの妹、カロリーヌは、曖昧に頷いた。
彼女は、兄の妻を「フランス流に」飾り立てることに夢中だった。他は、特に考えていなかった。アントワネットの意見を受け入れ、ラザンスキ伯爵夫人をオーストリアに送り返した。
これは、功を奏した。
従者たちと別れ、頼りにしていたラザンスキ伯爵夫人も故国に帰されてしまった。よるべない年若い皇妃は、アントワネットを頼りにし始めた。
信頼は、フランスでの新生活が始まってからも続いた。華やかな宮廷にあって、地味な皇妃は、明らかに浮いていた。
旧貴族達の期待に反し、彼らを取り立てることもしなかった。それどころか、公式の場以外、社交ということをしなかった。
大抵は、静かに、絵や音楽、読書などに勤しんでいた。
……貴女といる時だけ、私は気持が安らぎます。他の女官達は意地悪だわ。
まもなく彼女は、こう、アントワネットに打ち明けるようになった。
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