三年ラノベ

久佐馬野景

三年ラノベ

「いやもうオチわかった」

 青い顔をして俺に訴えてきた友人に、それ以上は結構ですと口を挟む。

「『三年峠』だろ? 何回も繰り返せばそれだけ寿命が延びてめでたしめでたし」

 友人の話はこうである。

 ある時入手したラノベを読むと、ラストに「このラノベを読んだ者は三年後に死ぬ」と書かれていた。それでどうしようと俺に相談しにきたのだ。

 そこで俺が今勧めたのが、『三年峠』方式だ。転ぶと三年しか生きられないという峠で転んだことで落ち込んでいたところに、では何回も転べばどうか、と言われてハッピーエンド。素晴らしい。きっと彼らは今も峠で転び続けているのだろう。

「それは俺も考えた」

「ほう。ではなぜに?」

「大きな――とても大きな問題があるんだ。このラノベが、――という」

 友人の話はこうである。

 彼はまず入手したラノベのオチを知ろうと、最後のページからさかのぼって読んだ。そこで目に飛び込んできたのが「このラノベを読んだ者は三年後に死ぬ」という文言だった。その時は冗談だろうと笑ったが、彼にこのラノベを手渡した人物が急死したとの報が入った。奥付を見ると、その本の出版日はおよそ三年前だった。

 あの文言を読んだ時点で自らもその呪いの中にいるのではないか――不確かだが切迫した恐怖から助かる方法を探ろうと、彼は己に鞭打ちそのラノベを読んだ。そしてあとがき――あとがきは読了してから読むのが彼のポリシーだった――に、『何回も読めば死にませんよw』とこちらを煽るような文章が書かれていたのだった。加えて、『でもきちんと最初から最後まで読まなきゃ駄目ですわよ~』と断りまで入っていた。

「そんなに?」

「そんなに。多分最初にオチを読んでなかったら5ページでゴミ箱にぶち込んだ。多分俺にこれを渡したあいつも、これに耐えられたはずはない。途中で放り投げて、三年後――」

「どんなものか、逆に気になってきたな」

「やめておけ。俺は読んでる途中、自分でも気付かない内に目に見えるもの全てを破壊していた。読み終わった頃には部屋を強制退居させられて賠償金をたっぷり支払ったよ」

「なるほど。精神に変調をきたすレベルのつまらなさ――それはもう面白いのでは?」

「ラノベだぞ。シーンを抜き取ってコピペ化すらならともかく、それが延々続き、自分の手でページをめくっていかなきゃならない。自分の手で自分の首を絞めるようなもんだ。しかもそれがわかっていながら読むのを続行しなけりゃならない。苦痛が何重にも合わさり、二度と読みたくなくなる」

「そうか。では、ネタバレになってしまうので多くは語れないんだが、『見たら死ぬ』という話の総本山があるだろう?」

「テレビから……」

「それは映画版だけだ。原作の話をすると、『見たら死ぬ』という効力――厳密には違うんだが――が発揮されるのは、その元データを取得するだけに限らない。同様の情報が入っているなら、媒体はなんでもいい――と話が膨らんでいく」

「つまり?」

「このラノベをアニメ化してしまえばいい。本を読むという行為は受動的ではあるが、能動的に手を動かす必要がある。お前に言わせればこれが苦痛を増幅している。だがアニメ――映像なら、身体を拘束してディスプレイの前に座らせておけば、いやでも情報が入ってくる。苦痛は苦痛だろうが、自分で読むよりは軽減されるはずだ」

 彼はなるほどと頷き、アニメ制作会社の買収に動いた。彼は石油王だった。

 文句を言う連中を全員金で黙らせ、とうとうアニメ化に成功した。その過程で原作を読むことになった人間も多数いたが、彼らもこのアニメを視聴すれば生き永らえるだろう。無論こんなクソつまらない代物を世に出すメリットもないので、映像は彼とその被害者の中だけで秘されるはずだった。

 ところがある時、この映像がネットに流失した。

 流失させた脚本家は、あまりのつまらなさに気が狂ったと証言した。情状酌量の余地は大きいだろうと皆は彼を労わった。

 ラノベ一冊を23分に纏めたこの映像はたちまち世を席巻した。あまりのつまらなさに人々は熱狂もとい発狂した。そしてその映像には当然、「三年後に死ぬ」という文言も含まれていた。

 取り合う人は少なかった。あまりにつまらなさに、そのつまらなさを構成するいち要素としてしか受け取られなかったのだろう。

 そして流失から三年後、世界中で突然死が頻発するようになった。世界はたちまちパニックに陥った。

 あとがきまで含めてアニメ化されていたことで、このラノベの持つ魔力と、その適用範囲はすぐに推察された。

 23分の拷問とすら呼べるアニメ視聴を定期的に行わなければ死ぬ。この事実に至った人々は絶望した。あんなものを、ネタにするのでもなくフルで視聴するなど、とても耐えられることではない。

 やがて数百年が経った。三年ごとに追加される命をつまらなさに耐えて保ち続けてきたヒトはもう、文化的豊かさをとうに失っていた。

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三年ラノベ 久佐馬野景 @nokagekusaba

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