第26話 簡単なきっかけで(「アントニ・ガウディの作品群」)

 ――はなちゃん、かっぱつりにいこう!

 ――ちおちゃん、まって! いま、いく!



 ……なんか、変な夢を見た。

 本日は、遅番の日。

 ゆっくり起きて、お弁当にサンドイッチをつくることにした。

 ゆで卵のサンドイッチとブルーベリージャムのサンドイッチ。

 9月も後半になると、暑さが和らいでくる。

 でも、こういう時期にも食中毒が発生しやすいらしい。

 だから、サンドイッチをラップでくるんだら、保冷剤をくっつけて、いざ出勤。




 世界遺産検定の合否が郵送されるのは、10月。

 でも、9月中にウェブサイトで合否を確認することができる。

 正直、今は世界遺産のことを思い出したくない。

 彼のことも思い出してしまうから。



 ――同志、やめませんか?



 彼の言葉を思い出したくない。

 あれから数日経ったが、彼から連絡はない。



「白河さん!」

 業務中、小声だけど鋭く、高野さんに呼ばれた。お客様が途切れて良かった。

 トラブルでもあったのかと思って応じると、スマートフォンを見せられる。無料通信アプリのグループトークのページだ。

 相変わらず、“ワシリーの初恋実らせ隊”は本人にわからないように存続している。

 そのメンバーのひとりの名前が消えて、「Unknown」と表示されている。

 消えた名前は、おそらく「横田英一」。

「白河さん、何か知っている?」

 私は「いいえ」と答えた。同志をやめたいと切り出された、なんて言えない。

「スマホでも壊れたのでしょうか?」

「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」

 高野さんは納得していない。



 営業時間終了後、また高野さんに話しかけられた。

「ガウディは、サグラダ・ファミリアの建設途中に亡くなったそうよ。あ、今も建設途中って突っ込みはなしだよ」

 建築家アントニ・ガウディ・イ・コルネは、世界遺産に詳しくない人でも名前くらいは知っているだろう。

 サグラダ・ファミリア贖罪聖堂は、一部が世界遺産に登録されているが、全体としては未完成で、今も建設が進められている。ガウディの没後100年となる2026年に完成予定だといわれている。

「ガウディは、サグラダ・ファミリアの近くで交通事故に遭って亡くなったんだって。そのときガウディは、みすぼらしい恰好をしていて、誰もガウディだと思わなかったらしいよ。そのせいで手当てが遅れて命を落とした……ごめんね。縁起でもない話で。何が言いたいのかというと、人は簡単なきっかけで大切なものを失ってしまう、ということ」

 高野さんは一気に喋り、少しの間だけ言葉を切った。

「私の場合は、旦那との縁だったんだけどね。浮気されないように手綱を握っておけばよかった」

 重い話を聞いてしまった。ガウディのも、高野さんのも。

 21時に退勤すると、高野さんから「頑張って」と肩を叩かれた。

 お局は出しゃばらず、そっと励ましてくれた。

 自分の気持ちがぼんやりと現れてきた気がする。

 でも、自信がない。



 キャロットタワーの裏にある和風バル「旅の夜風」は、この時間も営業している。

 お店のドアを少し開けると、けらけらと陽気な笑い声が耳に入った。

 これはきっと八城やしろさんだと思ったら、やはり八城さんだった。

「白河さん、おつかれさま」

 蔵波さんもいる。テーブルに手招きしてくれた。

「遅番だっけ」

「そうなんです。お隣、お邪魔します」

 椅子に座ってから、やっぱり別のテーブルにしようと思ってしまった。でも、利一さんも同じテーブルで八城さんをからかっているから、私もここにいていいのかな。

「今日は利一さんの演奏だったんですか?」

「うん。でも、あの彼は来なかったよ。LINEも消えちゃったし、どうしたのかな」

 彼のアカウントが消えてしまったことは、蔵波さんも知っていたようだ。

 彼はここに来ていないのか。



 蔵波さんも八城さんも席を立った。

 利一さんが「末永く幸せにな」と八城さんの背中を叩き、八城さんは「まだ早いわ」と利一さんを叩き返す。

 蔵波さんと八城さんは、近々ふたりで暮らすんだって。

 仲の良さそうなふたりを見ていたら、なんか焦ってしまった。



     ◇   ◆   ◇



 「アントニ・ガウディの作品群」


 スペイン

 文化遺産

 1984年登録、2005年範囲拡大


 スペイン東部、カタルーニャ地方の中心都市・バルセロナに点在するアントニ・ガウディの作品群は、建築家アントニ・ガウディ・イ・コルネが設計した建築物群である。

 「カサ・ミラ」、「グエル公園」、「グエル邸」が1984年に、「サグラダ・ファミリア贖罪聖堂」の一部、「カサ・ヴィセンス」、「カサ・バトリョ」、「コロニア・グエル聖堂」の地下聖堂が2005年に追加登録された。

 サグラダ・ファミリアは現在も建設中で、完成している「誕生のファサード」と地下聖堂が世界遺産に登録されている。

 1883年にガウディはサグラダ・ファミリア贖罪聖堂の建築主任となり、晩年はその設計に専念。しかし、1926年に建築途中の聖堂を残し、交通事故で世を去った。

 ガウディの没後100年となる2026年に完成予定である。

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