第25話 同じ価値観が続いてほしいものです(「ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビーとセント・マーガレット教会」)

 最初にことわっておく。

 「大理石村ロックハート城」は世界遺産ではない。世界遺産を模した城でもない。

 イギリスの古城を解体して日本に移築したのだそうだ。

 プリンセス体験とかいう、貸衣装のドレスを着ることもできるらしい。花村さんが嫌がっていた「コスプレ」とは、このプリンセス体験のことだった。

 ロックハート城はカントリーハウスみたいな雰囲気があって、お客さんが多いのも頷ける。

 でも、私にはこういう雰囲気が似合わない。

 お姉ちゃんとか、藍奈ちゃんとか、花村さんとか、いかにも“女の子”な人に似合うのだろう。蔵波さんや高野さんは和の雰囲気だから別として。

 私はお洒落でもないし可愛くもないから、飾りのないコンテナみたいなのが似合うに決まっている。



 一通り見学して、“英一くん”と田沢くんがギロチンの模型に心を持っていかれている間に、花村さんと私はショップ巡りをすることにした。

 正直、気まずい。

 花村さんが全然喋ってくれないのだ。

 この人が何を考えているのか、さっぱりわからない……わけでもない。

 花村さんは、ハンドメイド体験の建物の前で足が止まってしまった。

「へー……ブレスレットがつくれるんですね」

 私は下手な芝居を打って、花村さんに近づく。

「せっかくだから、やってみませんか?」

 花村さんの大きな瞳が、驚いたように見開かれる。でも、首を振って俯いてしまった。

「お気を遣わせてしまって、申し訳ありません。大丈夫です」

 ギャラリーショップを眺めていても、花村さんはほとんど口を開かない。

 見た目は小柄で可愛いのに、ひどく内向的……それが、今の花村さんの印象。

 商品を見つめる瞳はまっすぐできらきらしているのに、私と目が合うとおびえたように目を伏せてしまう。

「花村さんは」

 私が話しかけると、花村さんははじかれるように顔を上げた。

「花村さんは、下のお名前、何て言うんですか?」

 みづき、と花村さんは呟いた。

「可愛いですね!」

 花村みづきさん、苗字も名前も可愛い。本人に合っている。

 でも、花村さんは首を横に振る。

「私なんか、可愛くないのです。周りの人は、もっともっと可愛いのです。白河さんも、はきはきしていて華があって、うらやましいです。私なんか、陰気ですし、空気が詠めませんし、頭が悪くてすぐに勘違いをしてしまいます。私なんか、全然駄目です」

 花村さんは、しゅんとしおれてしまった。



 男性陣と合流し、敷地内のオープンカフェで遅いお昼にする。

「はなちゃん、何も買わなかったの? いいの?」

 田沢くんに訊かれた花村さんは、「うん」と頷いた。

「職場に差し入れできそうなお菓子とか、見つからなかったから」

「違う。自分のおみやげは買わなかったの?」

「買わなくていいの」

 花村さんはまた俯いてしまった。

 田沢くんは、花村さんを気にしながらも“英一くん”と話を再開する。

 ふたりはギロチンの模型の前で、世界遺産の話に花を咲かせていたそうだ。

 田沢くんは学生時代の恩師の影響で世界遺産に興味を持って、大学生のうちに世界遺産検定1級に合格したらしい。

 彼も私も、この前受験したのは2級だから、田沢くんの実力は私達より上だ。どうりで、「ジャンタル・マンタル」を知っていたわけだ。

 男性陣が話題にしていたのは、イギリスの世界遺産。

 イギリスの国会議事堂でもある「ウェストミンスター宮殿」はゴシックリバイバルという建築様式で、中世のゴシック建築を近代に再現した、という話。

 花村さんが話に入れなくて可哀想だと思ったが、花村さんは大きな瞳で田沢くんを見つめていた。

 「過去の流行は再ブレイクするのですね」なんて感想もこぼしている。

「でも、世界遺産にはブレイクとかなく、同じ価値観が続いてほしいものです」

 あかん。泣きそうな私。

 花村さんは、本当は他人優先の優しい人なのかもしれない。

 自分のやりたいことは我慢。おみやげも我慢。その分、周りのために尽くす人。

 だからといって、やりたいことを我慢しては駄目だろう。

「花村さん、やっぱりブレスレットつくりに行こう? 私、やってみたいんです」

 私が訊ねると、花村さんは「うん」と頷いた。

 花が綻ぶように、奥ゆかしく微笑んで。



 無料通信アプリに“友だち”が1件増えた。

 花村みづきさん……はなちゃん。

 もしもまた群馬に行くときは、案内よろしくね。



 田沢くんと花村さんと別れ、“英一くん”の車で帰路につく。

 早く出発したつもりだったが、上町駅に着く頃には20時になっていた。

「すみません。こんな時間になってしまって」

「いいえ、とっても楽しかったです」

 私が車から降りると、彼も車から出た。

「あの」

 彼の手が私の肩にかかる。近い。彼が近い。汗をかいていることに気づかれてしまう。

 私ひとりで困惑していると、彼は深く息をついて口を開いた。

「同志、やめませんか?」



 一瞬で汗が引いた。

 世田谷線の電車の音も、街灯の点滅も遠く感じられ、彼の声が頭の中で跳ね返る。



     ◇   ◆   ◇



 「ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビーとセント・マーガレット教会」


 英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)

 文化遺産

 1987年登録、2008年範囲拡大


 ロンドンの中心部に位置するウェストミンスター地区には、11世紀に建てられた宮殿や大修道院など歴史的建造物が並んでいる。

 「ウェストミンスター宮殿」は、16世紀にヘンリー8世がロンドン市内のホワイトホールに王宮を移すまで国王の主な住居だった。現在は国会議事堂として使用されている。1834年の火災で大部分が消失されたが、1860年にゴシックリバイバル様式で再建された。宮殿の北側には、ビッグ・ベンがそびえる。

 「ウェストミンスター・アビー」では、1066年にウィリアム1世がここで戴冠して以来、ほとんどの国王の戴冠式が行われてきた。

 ウェストミンスター・アビーの北に隣接する「セント・マーガレット教会」は、修道士が修行をするアビーに対して、一般信者が礼拝する場として設けられた教会である。

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