第24話 あれ、世界遺産なんですか?(「ジャイプールのジャンタル・マンタル -マハラジャの天文台」)

『白河さん、次の土曜日あいていますか?』



『あいてますよー。何かあるんですか?』



『はい。朝9時に上町駅の前で待ってもらえますか?』



『了解です。』



 彼とそんなやりとりをして、当日を迎えた。

 土曜日の午前9時。

 1台の車が、ハザードランプをつけて路肩に停まっていた。

 おそるおそる近づいてみると、運転手が気づいて降りてくれる。

「白河さん、お待たせしました」

 “英一くん”だった。

「横田さん、車持っていたんですね」

「いえ、叔父のを借りたんです。どうぞ、乗って下さい。ちょっと遠出になりますが、夕方までには帰れるようにしますから」

 唐突だな。でも、予定は入れていない。

 財布とスマートフォンは持っているから、大丈夫だろう。

 車の助手席に乗せてもらい、出発する。

 車は、埼玉方面の高速道路に入った。

 よく運転するんですか、と訊こうとしたが、緊張で強張る横顔をみたら、話しかけられなかった。



 埼玉県の上里サービスエリアで一度休憩し、群馬県の渋川伊香保インターで下りる。

 伊香保って、温泉のところだよね?

「……よかった。高速出られた」

 彼がこぼした一言から、極度の緊張状態だったことが伺えた。

「ごめんなさい。私が車の免許を持っていなくて」

「いえ、いいんです。俺が運転したかったんです」

 車は、深い緑の中を進む。ところどころで「高山村」と「大理石村ロックハート城」という看板が見える。「大理石村ロックハート城」って何だろう。

 しばらくすると、彼はどこかの駐車場に車をとめた。

「10分くらい歩くみたいですけど、自信ありますか?」

 彼に訊かれ、私は「あります!」と言い切った。普段から都内を歩いているんだもの、体力には自信がある。

 ……と思ったら、山の中の階段を上り切るより早く疲れが現れてしまった。

 彼はたまに立ち止まって振り返ってくれるけど、それが申し訳ない。

「階段、どこまで続いているんですか?」

「言ってませんでしたっけ? 天文台です」

 聞いてません。天文台でしたか。

「天文台って、あの天文台ですか?」

「はい。あの天文台です」

 彼も疲れているはずなのに、いつものように穏やかに微笑む。

「ストーンヘンジのモニュメント、一緒に見ませんか?」

「見ます!」

 疲れが吹き飛んだわけではない。でも、心は軽くなるような、不思議な感じだ。

 テレビ番組で取り上げられていた、天文台のストーンヘンジのモニュメントの話を、彼は覚えていてくれたのだ。



 やっとの思いで階段を上り切ると、特徴的なあの丸い屋根(?)の天文台が現れた。

 緑の山に囲まれて、白い天文台とモニュメントが目立っている。

 モニュメントはストーンヘンジだけではない。“巨大なすべり台”としか形容できないような不思議などモニュメントがいくつもある。

 天気が良いのとテレビで取り上げられたのも一因なのか、親子連れが多い。

 そんな中、一組の男女が目についた。

 私と年の同じくらいの男女。女性の方が、男性より頭ひとつ分小さい。

 カップルなのかな。

 男性の方が女性に何か言って、女性が首を横に振る。

 男性はそれでも引かず、デジカメを手に女性に言う。女性はまた首を横に振る。

 男性の口調は強くなさそうだが、会話が聞こえないから何とも言えない。

 そのとき彼が動いた。

「写真、撮りましょうか?」

 すると、男性が「いいんですか?」と反応する。

 女性もあごを引いて頷いた。

 モニュメントをバックに、記念撮影はすんなり終了。

 じゃあ、一体何を揉めていたのだろう。



 その場の流れで、4人で館内を見ることになった。

 男性は田沢くん。

 女性は花村さん。

 ふたりとも、私と同じ23歳。

 カップルなんだって。

 田沢くんがこの間、公務員試験を受けて、そのご褒美にストーンヘンジのモニュメントを見に来たのだそうだ。あのテレビ番組で知ったんだって。

 田沢くんに“同志”のにおいを感じたのは、ここだけの話。

「俺達、富岡市に住んでいるんですけど、天文台のこと全然知らなかったんです」

 花村さんも「うん」と頷いた。

 花村さんはお花の妖精さんみたいで可愛い。満面の笑みみたいな笑顔はしないけど、道端の小さい花が咲いたみたいに上品に微笑む。

「ここまで来たついでに“ロックハート城”に行こうって彼女に言ったら、断られてしまいました」

 田沢くんがそう言ったら、花村さんはしゅんと萎れてしまった。

「断ったら失礼だって、わかっているのですが……」

 花村さんの大きな瞳に、うるうると涙が溜まる。

「コスプレしてって言ってないからね。“ロックハート城”に行こうって言っただけだからね。コスプレじゃないからね?」

「本当に? コスプレしなくていいの?」

「いいんだよ。誤解させて、ごめんね」

「私こそ、ごめんなさい」

 バカップルが自分達の世界に入ってしまった。

 うらやましくなんかないぞ!



 私は星に興味があるわけじゃないけれど、天の川の写真とかを見ると惹かれてしまう。

 月のクレーターの模様は地域によって例え方が違う、というのが興味深かった。日本では「うさぎの餅つき」だけど、「薬をついている」とか「カニのはさみ」とか。

「えっ! あれ、世界遺産なんですか?」

 急に彼が声を荒げた。

 田沢くんと話していたようだ。

「そうなんです。あのすべり台みたいなモニュメント、インドの『ジャンタル・マンタル』がモデルなんです」

 私はスマートフォンでこっそり、「ジャンタル・マンタル」を検索する。



     ◇   ◆   ◇



 「ジャイプールのジャンタル・マンタル -マハラジャの天文台」


 インド

 文化遺産

 2010年登録


 インド北部のジャイプールにあるジャンタル・マンタルは、18世紀初頭、その地を治めていたマハラジャ(藩王)のジャイ・シン2世によって建造された、20以上の建造物からなる天体観測施設群である。

 レンズを通してではなく裸眼で星の動きを観察することが目的であり、建築や部材においても当時の最新技術が導入された。

 インドにおける古い天体観測施設として完全な状態で保存されており、ムガル帝国の末期に、知識派王子の側近の専門家らによって獲得された、天文学の能力と宇宙論の概念を表している。

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