第21話 全然ありだと思います(「古都京都の文化財」)

 檜原村は、山に囲まれた自然豊かな村だ。

 「都民の森」というレジャー施設や、冬に凍る滝「払沢ふっさわの滝」、パワースポットといわれる「九頭龍神社」もある。

 私達は、マス釣場で魚釣りと昼食の予定だ。

 「懐かしいなあ」

 お姉ちゃん・白河千尋が、綺麗な声でぼやく。

 昔ここに家族で来たことを懐かしがっているのかと思いきや、お姉ちゃんが語り始めたのは私の黒歴史だった。

「千桜ちゃんがちっちゃい頃、うちの畑から形の悪いキュウリを何本か拾ってね、おじいちゃんの凧糸と木の枝を持って、どこかに行こうとしていたんだって。近所の人が『千桜ちゃん、どこ行くの?』って訊くと、千桜ちゃんがこう答えたの。『河童釣ってくる』って」

 お姉ちゃん、やめて!

 止めたいけれど、釣り竿から手が離せない。

「可愛いですね」

 彼が褒めてくれるけど、全然嬉しくない。

 河童を釣に行く女児が可愛いのか?



 釣った魚は、売店で内臓を抜いてもらい、食堂で焼かせてもらう。

 テーブルの真ん中が囲炉裏みたいに炭がくべてあって、串に刺した魚を焼けるようになっていた。

 ところで。

 神田さんは、檜原に来てからめっきり口数が減ってしまった。

 お姉ちゃんと私が喋り、たまに彼が加わり、同意を求められた神田さんが頷く……というサイクルができている。

 神田さん、どれだけ奥手なんだろう。

「千桜ちゃんは世界遺産のお勉強をしているんだよね」

 お姉ちゃんに訊かれて、私は頷いた。

「うん。来月、オタクな検定を受ける予定だよ」

「そうなの? 頑張って!」

 お姉ちゃんは、にこにこ顔。今年30歳とは思えないくらい可愛い。その可愛さ、1割でいいから欲しい。お姉ちゃんは小学校の先生をしている。きっと、児童にも慕われているんだろうな。

 しかしながら。以前酒の席で神田さんから言われた“オタクな検定”というフレーズを神田さんの前で出してみたけれど、神田さんは聞いていない。

 スマートフォンを見ながら、彼と話している。

 こら、男性陣。何をしているんですか。

 男性陣は放っておくことにした。きっと勝手に彼が話に加わってくれる。

 私は、お姉ちゃんの仕事の話を聞くことにした。

「……一学期の終わり頃、うちのクラスの子達に金子みすゞの詩を読んでもらったの。それで、その詩を絵にした襖が京都のお寺にあります、と話したら数日後に保護者から苦情が来て……そんなでたらめを教えないでほしいって言われちゃった」

「でたらめじゃないですよ」

 彼がスマートフォンから顔を上げた。

「清水寺でしたよね。現代アートの襖絵が奉納されたのは」

「そう、それ!」

 お姉ちゃんは、勢いのあまり彼を指差す。

 2010年、清水寺の成就院に、中島潔さんという作家の襖絵が奉納された。

 成就院は一般公開されておらず、襖絵を含めた作者の展覧会が各地で行われた。

 その襖絵のひとつが、金子みすゞの詩「大漁」をモチーフにした作品だ。イワシの群れの中に佇む少女が描かれている。

 私はテレビでしか見たことがないけれど、すごい人気があると聞いたことがある。

「保護者のかたにそれを話したんだけど、信じてもらえなかった」

 ――京都のお寺は文化財でしょう。現代もので飾るなんてありえないって、先生だってご存知だと思ったのに。嘘を教えられる子どもたちが可哀想です。

 その保護者はどこまでも食い下がり、結局はお姉ちゃんが謝罪したそうだ。

 でもその保護者はクレーマーで有名で、他の先生はお姉ちゃんの肩を持ってくれた。

 襖絵のことを知っていて、「いつか見に行きたいんだよね」と話してくれる先生もいたという。

 お姉ちゃんは仕事仲間に恵まれたようだ。



 食事を終えて食堂を出ると、神田さんが突然「あの!」と裏返った声を出した。

「お寺とか神社って、ひとつの敷地に年代の違う建物とかありますよね! 何年も経ってから改修工事をして、そこだけ新しかったりしますよね! 清水寺の襖絵も、きっとそういう感じのものだと思います! この先何十年何百年と経てば、言われなければわからないくらい襖絵が馴染んでいるかもしれないじゃないですか! だから、清水寺の現代アートの襖絵は、全然ありだと思います!」

 神田さんは、一気に捲し立てた後、ぜいぜいと肩で息をする。

 近くを通った家族連れが、私達を胡乱な目で見て通り過ぎた。

「ありがとう」

 お姉ちゃんは神田さんを見つめて微笑む。

「ありがとう、ギター侍」

 お姉ちゃん、名前で呼んであげて!



 神田さんはようやくスイッチが入ったようで、「ちゃんと話がしたい」とお姉ちゃんに提案。

 お姉ちゃんは「近所の人に噂されたくないから」と、あきる野のファーストフード店に移動することになった。

 お姉ちゃんと神田さんは小さいテーブルに向かい合って、彼と私は違うテーブルで話が終わるまで待つ。

 神田さんは最初に「千尋ちゃんがずっと好きでした」と告白。

 でも、自分の言動で“千尋ちゃんの妹わたし”まで解雇されそうになったことも正直に話した。

 「そんな自分に千尋ちゃんを好きでいる資格なんかない」と話し、立ち上がろうとする神田さん。でも、立てなかった。

「足、踏まれていますよね」

 彼がこっそり解説してくれた。

 お姉ちゃんがテーブルの下で神田さんの足を踏んでいるらしい。

「ギター侍のことは気づいていたけど、一生言ってくれないつもりかと思っていたの」

 お姉ちゃんは神田さんの気持ちに気づいていたのか。八城さんが知っているくらいだから、他の人も知っているかもしれない。

 神田さんは耳まで真っ赤になって俯いている。あの飲み会のときの勢いはどうした。

 そんな神田さんに、お姉ちゃんが頭を下げた。

「好きでなくなってもいいから、形だけでもいいから、一度おつき合いさせて下さい」

「えっ……?」

 神田さんが、にわかに顔を上げる。熱中症かと思うくらい真っ赤だった。

「よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしくね、ギター侍」

 だからお姉ちゃん! 名前で呼んであげて!



      ◇   ◆   ◇



 「古都京都の文化財」


 日本国(京都府京都市および宇治市・滋賀県大津市)

 文化遺産

 1994年登録


 三方を東山、西山、北山といった山々の自然と調和した京都には、平安~江戸の各時代を象徴する建造物や文化財が数多く残されている。

 平安遷都から1,200年の節目であった1994(平成6)年に17件の寺社と城が世界遺産に登録された。

 平等院など平安時代の物件からは公家社会の、鎌倉時代の高山寺からは武家社会の文化をうかがい知ることができる。つづく室町時代には公家文化と武家文化が融合し、天龍寺や慈照寺(銀閣)などにみられる「わび」「さび」の美意識が重視された。その後建てられた本願寺などは、華麗な桃山文化を代表する建造物である。

 教王護国寺(東寺)や延暦寺など災害や戦災で一度は焼失した経験を持つ建造物が非常に多い。しかし、ときの権力者や町衆と呼ばれる有力市民らの手で再建・保存され、創建当時に近い姿を残す京都の木造建築物への評価は、世界的にも極めて高い。

 日本の伝統美を随所に体現する京都の町並みは、現在も日本文化の象徴として大切に守られている。

 登録物件は、以下の17件。

 「賀茂別雷神社(上賀茂神社)」

 「賀茂御祖神社(下鴨神社)」

 「教王護国寺(東寺)」

 「清水寺」

 「延暦寺」

 「醍醐寺」

 「仁和寺」

 「平等院」

 「宇治上神社」

 「高山寺」

 「西芳寺(苔寺)」

 「天龍寺」

 「鹿苑寺(金閣)」

 「慈照寺(銀閣)」

 「竜安寺」

 「本願寺(西本願寺)」

 「二条城」

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