23*沙里緒さんは遠い眼差しをして、語り始める。
沙里緒さんは遠い眼差しをして、語り始める。
それは十年前の出来事。
俺と出会った時の話。
勇者の家系に産まれた沙里緒さんは勇者として生きていくこと、異世界からの呼びかけに応じ、その窮地を救うことが定められていた。
しかも、沙里緒さんは生まれた時にすごい力を発動したらしく、そのせいで、伝説の勇者の再来とまで言われ、自然、両親の期待は大きかった。
実際、物心がついた頃には、ホリエスさんを継承していなかったが、すでに異世界のピンチを救っていた。
そうやって活躍すれば両親が喜び、それがうれしくて、がんばり続けた。
しかし、ある時、同い年くらいの子どもたちが楽しそうに遊んでいる姿を見て、自分は何をしているのかと思った。
子どもたちが笑っている輪の中に入り、遊んでみたい。
その思いが日増しに強くなっていく。
だが、彼女は勇者だ。
しかも、伝説の勇者の再来とまで呼ばれる逸材である。
遊ぶことなど、許されなかった。
だが、どうしても遊んでみたかった。
だから、ある日、黙って家を抜け出した。
最初は興奮した。
これで同年代の子どもたちと遊ぶことができる。
憧れの眼差しで見つめて来たあの輪の中に、自分も入ることができると考えた。
でも、できなかった。
どうやって声をかけ、輪の中に入っていけばいいのか、まるでわからなかったのだ。
勇者として、すでに数々の異世界を救っていたというのに。
そんなことすら、わからなかったのだ。
沙里緒さんは深く絶望した。
自分は誰とも遊ぶことができない。
きっと、一生、ひとりきりなのだと思った。
そこまで聞いて、俺は言った。
いや、叫んだ。
「それは思い込みが強すぎる……!」
沙里緒さんも笑って同意した。
「ふふ、そうですね。今にして思えば、そう思います」
でも、と声を落とす。
「……でも、あの時のわたしにとって、そう思ってしまうほど、追い詰められていたんです」
沙里緒さんの話は続く。
そんな思いでブランコに乗っていた時、出会ったのが――。
「煌介くんでした」
沙里緒さんが俺を真っ直ぐに見る。
「一緒に遊ぼうと誘ってくれました。本当にうれしかった」
彼女の話を聞いていなかったら、そんな何でもないことで、大袈裟だと思っていたかもしれない。
いや、間違いなく大袈裟だと断言していたはずだ。
けど、彼女はそんな何でもないことを、普通で、当たり前で、誰もが持っているようなそんなことを、求めていた。
彼女の話は終わらない。
同い年くらいの少年だった俺と一緒に過ごす時間は本当に楽しくて、あっという間に過ぎていった。
だから、気がついた時には、雲ひとつなくて太陽が輝いていたはずの空に星が瞬いていた。
その段になってようやく両親が心配しているかもしれないと思い至った。
だから別れることにした。
だが、それまでまったく遊んだ経験がなかったから、彼女は約束するということを知らなかった。
ただ、次の日、またここに来れば、俺に会えると思っていた。
けど――。
「会えませんでした」
沙里緒さんの声が深い絶望に押し潰される。
その次の日も、そのまた次の日も、ずっと、公園に足を運んだらしい。
しかし、俺に会うことはできなかった。
「あまりにも会えないから、わたし、嫌われてしまったんだと思って……すごくショックでした」
「ごめん」
「煌介くんが謝ることはありません。だって、その時、煌介くんはこの町にいなかったんですよね」
そうだ。
父親の都合で引っ越ししていた。
だから、俺はこの町にいなかった。
だが、それでも俺は謝りたかった。
沙里緒さんがそんなに傷ついていたことも知らず、のんびり過ごしていた俺。
過去に戻ることができるなら、その時に戻って、自分をぶん殴ってやりたい。
今すぐこの町に戻ってきて、あの公園へ行けと言いたかった。
「久仁良高校に入学して、煌介くんを見て、あの時の男の子だとすぐに気づきました。すごくうれしかった」
「俺は気づけなかった」
「それでも、煌介くんはわたしと過ごした日のことを覚えていてくれました」
「忘れるわけがない。だって、あれは俺の初恋なんだ」
「わたしもそうです。わたしも初恋です」
沙里緒さんの頬がはっきりわかるほど紅くなる。
「今度こそ、ずっと一緒にいたいと思いました。絶対に離れたくないと、そう思いました」
思い出す。
異世界がピンチだと聞いて、沙里緒さんが駆けつけようとしなかった時のこと。
勇者である沙里緒さんはそうしなければいけなかった。
でも、しなかった。
その理由が、今、わかったような気がした。
昔のことがあったからだ。
一緒に遊んだ男の子――ようやく俺と再会することができたのに、ここで目を離したら、もう一度、離れ離れになってしまうかもしれない。
再び出会えなくなるかもしれない。
そんなふうに考えたのかもしれない。
もし、その理由が俺の想像どおりだったとしたら、どれだけ俺は沙里緒さんに思われているんだという話だ。
これまで一緒に過ごして、彼女にすごく思われていることは実感している。
けど、たぶん、俺が思っているよりずっと……いや、ずっとずっと遥かに俺は沙里緒さんに思われているのだ。
うれしくないはずがない。
だから、俺は言った。
沙里緒さんがずっと一緒にいたいと思ってくれているなら。
「ずっと一緒にいよう」
俺も同じ気持ちなのだと伝えれば、同じ気持ちの彼女も頷いてくれると、そう思っていた。
なのに、彼女は言うのだ。
「駄目です」
この期に及んでも、まだ。
これだけ思われていることがわかったのに。
俺も同じ気持ちなのに。
それなのに、彼女はそう言ったのだ。
思わず大声で叫んでしまった。
「どうして!?」
沙里緒さんも負けじと大きな声で言い返してきた。
「言ったはずです! わたしは勇者です! だから、今回みたいなことが必ず起きます! そしてまた煌介くんを傷つけるんです……!! だから――」
彼女に最後まで言わせなかった。
「俺は傷ついてもかまわない!」
俺の叫びを聞いた沙里緒さんは呆気にとられたような顔をした。
何を言っているんだと、理解できないような、信じられないような、そんな顔をしている。
沙里緒さんのそんな顔はどこか幼くて、俺はこんな時だというのに、かわいいかも、と思ってしまった。
だからといって、見とれている時じゃないことぐらい、ちゃんとわかっている。
俺は続けた。
「傷つくより、沙里緒さんと一緒にいられない方がずっとつらい! 沙里緒さんは!? 沙里緒さんは俺と一緒にいたくないのか!? もしそうなら、そう言って欲しい! そうしたら、俺はもう二度と沙里緒さんに近づかないから……!!」
もっと違う言い方があったのかもしれない。
もっと別の言葉を言うべきだったのかもしれない。
でも、俺の口から飛び出した想いはそんな形だった。
沙里緒さんはどうなんだろう? 俺の想いに、どう答えてくれるのだろうか。
思っていると、沙里緒さんが口を開いた。
「………………い」
だが、それはあまりにも小さい声で、俺の耳には届かなかった。
「ご、ごめん。よく聞こえなかった、から、もう一回――」
「そんな言い方、ずるいって言ったんです……!!」
沙里緒さんが怒鳴りつけてくる。
俺が面食らっていると、今にも泣きそうな顔で睨みつけてきた。
「一緒にいたくないわけないじゃないですか! 言ったはずです! わたしは煌介くんとずっと一緒にいたいと思ったって! なのにそんな言い方、煌介くんは本当にずるい……!!」
駄目だ、と思った。
そんなふうに顔を真っ赤にして怒った沙里緒さんもかわいいと思ってしまうのだ。
こんな俺は本当に駄目だ。
俺は姿勢を正して、深呼吸をした。
そして、真っ直ぐ沙里緒さんを見た。
「村時沙里緒さん、俺の話を聞いてください!」
「は、はい」
俺の思わぬ真剣な声に、沙里緒さんが驚いている。
そんな沙里緒さんに向かって、俺は言った。
「俺は! 合川煌介は! 村時沙里緒さんが大好きです! だから、これから先も、ずっと、どんなことがあっても、俺と一緒にいてください……!! 俺とつき合ってください……!!」
あの日、喫茶店に行って、そこで告げようと思っていた告白とは、違う。
言葉が違うし、何より、そこに込められた重みが違う。
あの時よりずっと沙里緒さんが好きで、ずっと一緒にいたいという気持ちは強くなっている。
それにしても、想いを口にするという好意はどうしてこんなにも顔を熱くするのだろう。
呼吸は乱れ、心臓もバクバクと早鐘を打ち痛いくらいだ。
こんなにもすごいことを、沙里緒さんはずっとやってきたのだ。
恥ずかしがり屋なのに、それでもがんばって、俺に気持ちを伝えてくれていたのだ。
尊敬する。
自分の中から聞こえてくる音がうるさくてしょうがない中、俺は沙里緒さんの答えを決して聞き漏らすまいと、耳をすませる。
沙里緒さんは驚いていて、固まっていて、けど、やがてその硬直はゆっくりと解けていって……。
「はいっ!」
とっておきの笑顔を浮かべて、言ってくれた。
「わたしも合川煌介くんが好きです! 大好きです! だから、わたしとつき合ってください!!」
これが俺の――いや、俺と沙里緒さんの、ふたりの初恋が実った瞬間だった。
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