22*そんなホリエスさんが声をかけてきたものだから、俺は


 そんなホリエスさんが声をかけてきたものだから、俺はビクゥッ!! となった。


「なぜ、震える?」


「きききき気のせいですよ!?」


「………………」


 疑いの眼差しを向けられる。


 どうやらバレてしまったようだ。


 だが仕方がない。


 さっきのホリエスさんの発言は嘘でも冗談でもなく本気であり、そんなことを言われて平然としていられるわけがないのである。


 俺が生まれ立ての小鹿のようにガクブルしていると、ホリエスさんはため息を吐き出した。


「これから沙里緒の元へ行く」


「え? でも、沙里緒さんがどこに行ったかわからないし」


「それなら大丈夫。聖剣である自分は勇者である沙里緒がどこにいるか、探知できる」


 なるほど。


 そんな便利な機能(?)があるのか。


「というわけで、しっかり掴まっているように」


「へ?」


 間の抜けた声を出す俺は、気がつけばホリエスさんに抱きかかえられていた。


 いわゆる、お姫様抱っこ状態である。


「ちょ、ちょっと待ってえええええええええええええええええええええええええ……!」


 ものすごい勢いで空を飛んでいく俺たち。


 沙里緒さんに続き、ホリエスさんにまでお姫様抱っこされてしまった。


 もう、お嫁に行けない――じゃなくて。


 二回目だからこそ、わかることがあった。


 沙里緒さんがどれだけ俺のことを大事にしてくれていたか。


 沙里緒さんはものすごい丁寧だった。


 そんなことを思っている間に、ついたらしい。


 ホリエスさんが着地すると同時に、声がした。


「ホリエス!」


 ブランコに乗った、沙里緒さんだ。


 そこは十年前、あの女の子と出会った公園だった。


 沙里緒さんは俺に気づくと、勢いよく立ち上がり、表情を強ばらせ、


「どうして……どうして煌介くんを連れて来たの!?」


 非難した。


 けど、すぐにそんな場合じゃないという顔になる。


 姿を消すつもりだろう。


 手を伸ばして、捕まえたかった。


 でも、できないのだ。


 この期に及んで怖じ気づいたから――ではなく。


 ホリエスさんの俺の扱いが雑で、少し酔ったからだ。


 でも、このまま、沙里緒さんと離れ離れになるのは嫌だった。


 このチャンスを逃したら、あるいはもしかしたら、もう二度と沙里緒さんと一緒に過ごせなくなるかもしれない。


 なら、今、俺がやるべきことはひとつだけだ。


 沙里緒さんの姿が消えるその前に、俺は世界中に響き渡るような大声で叫んだ。


「沙里緒さん、好きだああああああああああああああああああああああああああ……!」


 たとえ沙里緒さんが姿を消しても届くように。


 果たして、沙里緒さんは姿を消さなかった。


 世界中が止まったみたいな静寂が訪れ、俺は告白したことによる熱を顔と言わず全身で感じていた。


 沙里緒さんは? 沙里緒さんはどう感じているのだろう?


 見る。


 大きな瞳さらに大きく見開いて、信じられないという顔をしていた。


 囁くような声で言った。


「本当に……? 本当に、煌介くんはわたしのことが……好き?」


 俺は頷いた。


 何度も、何度も。


 首が痛くなるくらいに。


 頷くだけでは足りないと思って、もう一度告げた。


「本当は、一緒に喫茶店に行こうと約束した日、言うつもりだったんだけど――俺は沙里緒さんのことが好きだ」


 沙里緒さんが口元に手を当てて、息を呑んだ。


 その頬を涙が伝い落ちる。


「うれしい……」


「それじゃあ一緒にいよう」


「……はい、一緒にいたいです」


 だって、と沙里緒さんは続ける。


「わたしも煌介くんのこと、好きですから。本当に大好きですから。ずっと一緒にいたいです」


 それは沙里緒さんの心からの言葉だと感じることができた。


 沙里緒さんの後ろで、ホリエスさんがよかったという感じで、微笑んでいた。


 なのに、沙里緒さんは言った。


「でも、駄目です」


「なっ、どうして!?」


「大好きだから、煌介くんを傷つけたくない……! だから、絶対、一緒にいられないんです!!」


 彼女から放たれた言葉は思いのほか力強くて、俺の心を激しく貫き、動揺を誘う。


 俺が何とかして立ち直ろうとしていると、沙里緒さんが俺を真っ直ぐ見て、さらなる言葉を紡いでくる。


「煌介くんと、こうしてもう一度出会うことができて、少しの間でも、一緒に過ごせて、本当にうれしかった……」


 湿り気を帯びた言葉はどこからどう聞いても『別れの言葉』以外の何ものでもなくて。


 俺はそのことに衝撃を受けながらも、それ以上にひっかかることがあった。


 今、彼女はなんて言った?


「もう一度……?」


 そう言ったか?


 沙里緒さんを見る。


「それってどういうことだ? 俺と沙里緒さんは前に、どこかで会っているのか?」


 困惑している俺に向かって、沙里緒さんは静かに頷いた。


「はい。会っています」


 彼女が嘘を吐いているとは思わなかった。


 そもそも、そんな嘘を吐く理由がわからない。


 だとしたら、俺と彼女はすでにどこかで会っていることになる。


 だが、どこで?


 記憶力に自信があるわけではないが、それでもこれだけ綺麗な女の子に会っていたら、忘れられないような気がするのに。


 どれだけ記憶を遡っても、沙里緒さんと出会ったという思い出は、俺の中には見つからなかった。


 それでも彼女が嘘を吐いていると思えないから、必死になって記憶をさらっていると、沙里緒さんが悲しそうな、困っているような、仕方ないと思ってるような、そんな感じの顔をして言った。


「わからない、ですよね」


「……ごめん」


 謝るのではなく、覚えていると言いたかった。


 だが、この期に及んでも、やっぱり俺は彼女のことが記憶になくて、そんなことしか言えない自分に腹が立って腹が立って、仕方がなかった。


 沙里緒さんは遠い眼差しをして、衝撃の告白を始める。


「わたしが煌介くんと初めて出会ったのは、ここでした」


「え、ここ……?」


 その時、風が吹いて。


 目の前に立つ沙里緒さんに、誰かの面影が重なった。


 記憶の奥底にある、誰か。


 俺が俺すら知らない間に勝手に捏造したのではないのなら、確かに俺は沙里緒さんと出会っている。


 その感触が、手応えが、あった。


 蜘蛛の糸のように細い、頼りない手応えしか頼りにできないまま、俺は自分の記憶という記憶を、過去という過去を、もう一度、見つめ直す。


 いや、この世に生まれ落ちた十五年前に立ち戻り、もう一度、俺の人生を歩み直すのだ。


 そして絶対に見つけ出すのだ。


 沙里緒さんと出会った瞬間を。


 どこだ、どこだ、どこだ、と。


 そうやって十五年の人生をやり直すことで、ようやく、俺は見つけることができた。


 だから現在に戻ってきて、言った。


「久しぶり、沙里緒さん」


 あの時、俺が出会った女の子が沙里緒さんだったのだ。


「はい、お久しぶりです、煌介くん。元気でしたか?」


 沙里緒さんはそう答えて、はにかんだ。

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