21*屋上を飛び出した俺は階段を駆け下り、廊下を突っ走る。
屋上を飛び出した俺は階段を駆け下り、廊下を突っ走る。
途中、教師がいて、「廊下を走るな」と注意された。
普段の俺なら、そんなことは絶対にしないだろう。
けど、今はどうしても急がなければいけなかった。
だから。
「次から気をつけます!」
教師の横をそのまま駆け抜ける。
怒ったような声でクラスと氏名を告げるように言われたけど、無視である。
下駄箱で靴を履き替える時間がもどかしかった。
上履きのまま飛び出していきたかった。
しかもこういう時に限って上手く靴が履けないし……!
時間にすれば、一分も経っていないはずだ。
それでも、そんなわずかな時間でさえ、今の俺には永遠にも感じられた。
悪戦苦闘を終えてようやく履き替えた俺は、外へ。
途端、大声が空から降ってきた。
「がんばれ! 合川くん……!!」
見る。
声の主は、屋上にいる真耶だ。
「ああ、がんばる!」
大声を返した。
校庭の脇を、校門に向かって一直線に走る。
体育の授業でも、こんなに真面目に走ったことはない。
校門を抜けるが、そこに沙里緒さんはいなかった。
当たり前だ。
こっちが進んだ分、向こうも進んでいる。
追いつくまで追いかける。
絶対に諦めない。
沙里緒さんと一緒に歩いた通学路。
他愛もない話をしたのが、ずいぶんと昔のことのように思える。
沙里緒さん、沙里緒さん、沙里緒さん!
思う心は、いつか言葉になって、口から溢れていた。
「沙里緒さん……!」
通りかかった人が何事かと振り返っているのに気づいたけど、どうでもいい。
とにかく会いたくてたまらなかった。
校門を出たところから続く桜並木を抜けたところで、いた。
沙里緒さんの後ろ姿を見つけることができた。
「沙里緒さん、待って!」
叫ぶと、沙里緒さんが振り返り、俺に気づいた。
あ、という顔をする。
驚いているような、戸惑っているような。
そんな顔もなんだかかわいいと思ってしまう俺はもうどうしようもなく手遅れだと思った。
けど、そんなことなど、すぐにどうでもよくなる展開が待っていた。
沙里緒さんに追いつきたいのなら声などかけずに駆け寄って、その手を掴むなりなんなりすべきだったのだ。
いや、それも無駄か。
だって、沙里緒さんは勇者だ。
その力をこれまでも散々俺は見てきた。
俺の姿を認めた沙里緒さんは、その場から忽然と姿を消したのだ。
どこかに移動したのか、認識をズラしたのか。
こうなってしまったら、俺に沙里緒さんを見つけることは不可能だ。
なら、諦める? ――わけがない。
どんなことをしても、何をしてでも、絶対に沙里緒さんと話をする。してやる。
覚悟を新たにした俺を、異変が待っていた。
異変はおかしいか。
沙里緒さんが消えたところに、代わりに人が現れた。
正確に言えば人ではなく、聖剣。
ホリエスさんである。
ちょうどいい。
ホリエスさんに協力してもらうのはどうだろうか。
俺にはそれが名案のように思えた。
俺はホリエスさんに駆け寄ると、
「ホリエスさん、お願いがあるんです! 俺、沙里緒さんと話がしたくて――」
最後まで言うことができなかった。
ホリエスさんが言ったから。
「沙里緒に先に行くように言ったのは自分」
「え……ど、どうして?」
ホリエスさんは俺の味方だと思っていた。
初めて、姿を現した時のことを思い出す。
恥ずかしがって俺の前に出られない沙里緒さんの背中を押していた。
俺と一緒に過ごせるよう、力を貸してくれていた。
なのに、どうして。
「どうして? そんなの決まっている。自分は沙里緒の味方。あなたは沙里緒の弱点になる。そんなあなたがそばにいたら、沙里緒は傷つくことがわかっているのに、近づかせると思うか?」
ああ、そうだ。
何という勘違いだ。
ホリエスさんは沙里緒さんの味方で、俺の味方じゃないのだ。
ホリエスさんが言う。
「沙里緒に近づかないで欲しい」
沙里緒さんの味方である以上、ホリエスさんがそういうのは当たり前だろう。
でも。
「ごめん。それはできない相談だ」
「できない?」
「ああ」
「……そうか。ならば、仕方がない」
わかってくれたのか。
「実力で排除する」
わかってくれたわけじゃなかった!
けど、実力で排除するってどういうことだ?
思っていると、ホリエスさんの手に光が集まり始めた。
その光はやがてひとつの形に収束する。
それは剣の形をしていた。
「まさか実力で排除するって……」
ホリエスさんが無言で剣を突きつけてくる。
俺の背筋を嫌な感じの汗が伝い落ちる。
「冗談……じゃないよな」
「当然。本気」
聞きつつも、そう答えるだろうとわかっていた。
ホリエスさんの表情は初めて見る、真剣なものだったから。
「傷つくのが嫌ならこれ以上、沙里緒に関わるのは――」
「やめない。絶対に」
ぴくり、とホリエスさんの眉が動く。
「もしかしてこの剣が偽物だと思っている?」
言うが早いか、ホリエスさんは剣を振るった。
俺とホリエスさんの間には、ちょうど風に乗って運ばれてきた木の葉があって。
俺は息を呑むことになった。
目の前で、その木の葉が真っ二つになったからだ。
「このとおり、剣は本物」
わかっている――つもりだった。
でも、改めて、現実を突きつけられ、俺の体が俺の意思とは関係なく、ガタガタと震え始める。
回れ右して、一目散に逃げ出したい衝動に駆られる。
けど、逃げない。
逃げるわけにはいかなかった。
「絶対に沙里緒さんのことを諦めたりしない。だから、ホリエスさんに邪魔はさせない」
「自分と戦うつもり?」
「俺は勇者でも何でもない、ただの高校生だ。けど、戦わなければいけない時が来たら、戦う。そして、きっと今が、その時なんだと思う」
「本気で沙里緒のことが好きなの?」
俺は迷うことなく即答した。
「もちろん」
「そう」
言った瞬間、ホリエスさんが動いた。
剣を振るったのだと気づいたのは、すぐ目の前に剣が突きつけられたから。
俺の前髪が何本か舞い落ちた。
「あなたのせいで沙里緒が傷つくかもしれなくても?」
「それでも俺は沙里緒さんと一緒にいたい」
ホリエスさんを真っ直ぐ見据える。
相手は勇者が用いる聖剣で、ただの高校生でしかない俺が太刀打ちできるとは思えない。
けど、さっき言ったとおり、戦わなければいけない時が来たなら、戦う。
俺はその覚悟を決めた。
テレビなどで見た格闘技の構えを、見よう見まねで再現する。
と、ホリエスさんの表情が変わった。
真剣なものから、やわらかいものへと。
「あなたの覚悟、見せてもらった。これから沙里緒の元へ連れていく」
ホリエスさんが何を言っているのか、一瞬、理解できなかった。
その言葉が頭の中に染みこんでくるにつれ、俺は口を大きく開けた間の抜けた表情を晒すことになる。
「え、どうして!? だって実力で排除するって――」
「言った。自分は沙里緒にしあわせになってもらいたいと思っているから。でも、あなたと距離を取ってから、沙里緒は笑顔を失ってしまった。あんな沙里緒は見ていられない。だから」
「ホリエスさん……ありがとうございます!」
俺は姿勢を正し、頭を下げた。
「礼を言う必要はない」
そう言うとホリエスさんはとても魅力的な微笑みを浮かべた。
「沙里緒のためにならないと思えば、自分はあなたを排除していたし、これから先もそうだから」
怖い。
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