18*沙里緒さんが聖剣を手放すと、ホリエスさんは光となって、
沙里緒さんが聖剣を手放すと、ホリエスさんは光となって、沙里緒さんの周囲を心配しているみたいな感じでしばらく漂った後、その耳元でピアスの形に戻った。
後に残されたのは、見慣れたいつもの沙里緒さんであり、さっきまで圧倒的な強さを誇っていた沙里緒さんと同じ人物とは、とても思えなかった。
でも、思えなかったとしても、ついさっきまで目の前で繰り広げられていた出来事は、すべて現実だ。
俺は勇者と魔王が戦うところを、この目で目撃したのだ。
沙里緒さんがこちらに駆け寄ってくる。
俺は沙里緒さんの無事を確認しようとした。
沙里緒さんは勇者。
しかも圧倒的に強い。
それでも、怪我をしていることだってあるだろう。
けど、俺が口を開くより先に、沙里緒さんが言葉を重ねてきた。
「魔王に叩かれたところは!? 痛くないですか!? 痛かった言ってください! 勇者の力を使えばどんな傷も回復することができますから……!!」
「だ、大丈夫。まだちょっと痛むけど、でも、それぐらいだから」
「そ、そうですか。よかったです。本当によかったです……」
胸を押さえ、表情をゆるませる沙里緒さん。
そんな沙里緒さんを見ていると、さっき言われたことが俺の脳裏に蘇った。
『わたしなんかより、ずっと煌介くんの方が大事ですから』
顔がゆるんでしまうのを止められなかった。
やっぱりうれしい。
「煌介くん?」
気がつけば、沙里緒さんが俺の顔を覗き込んでいた。
「どうかしましたか?」
「べ、別にどうもしない! それより、沙里緒さんは? 大丈夫? 怪我とかしたりするんじゃないのか?」
「それなら大丈夫です」
「そっか。それはよかった」
安堵した。
「そういえば、魔王はどうなったんだ? ……はっ、まさか黒い炎の獣みたいに消滅したりなんてことに――」
「それなら大丈夫です。手加減はできませんでしたけど、相手は魔王ですから」
なるほど。
そういうものなのか。
「それにしてもすごいな。沙里緒さんがこんなに強いとは思っていなかったよ。想像以上の強さだ」
百聞は一見にしかずという言葉を改めて実感した。
伝説の勇者の再来らしいが、それ以上の実力を秘めているような気がしてならない。
それぐらい、本当に沙里緒さんは強かった。
なのに、沙里緒さんはこう言ったのだ。
「どんなに強くても意味がありません」
俺は自分の聞き間違いを疑った。
強くても意味がない? 何を言っているのか。
意味がないわけがないではないか。
だって、沙里緒さんは勇者だ。
勇者は強くないと、世界を護れないではないか。
なのに、沙里緒さんは繰り返す。
「強いことに、意味なんかないんです」
「どうして?」
「だって、わたしは煌介くんを護ることができませんでした……!」
「俺を……?」
沙里緒さんが手を伸ばす。
その先にあるのは、ついさっき魔王に叩かれた俺の頬だ。
あと少し、もう少しで触れるところまで伸ばしておきながら、しかし沙里緒さんの指が俺の頬に触れることはなかった。
静電気が発生した時みたいな感じで、沙里緒さんは手を引っ込めてしまったのだ。
「こんな力に意味なんかないです。……いいえ」
呟いた沙里緒さんが一歩、足を踏み出した。
後ろへと。
俺から離れていく方へと。
「むしろ、この力は有害です」
「有害? 何で?」
「わたしは勇者です」
沙里緒さんがまた一歩、後ろに下がる。
なぜだろう。
何だかとても嫌な感じがする。
胸騒ぎというのは、こういうことを言うのかもしれない。
胸の奥がざわざわしてひどく落ち着かない気持ちになる。
「知ってるよ」
焦るように言葉を紡いだのは、おそらく、そんな胸の奥のざわめきを何とかしたいと思ったからだ。
「わたしは数々の世界を救ってきました。――でも」
「でも?」
「その分、多くの敵も作ってきました」
「どういう意味?」
「わたしを召喚した人たちにしてみれば、わたしは確かに勇者かもしれません」
それはそうだろう。
世界を救う勇者。
救世主。
誰にでもできるわけではない。
すごいことをしているのだ。
素直に尊敬できる。
でも、と沙里緒さんは言う。
「でも、わたしが倒した人たちはどう思うでしょう。その人たちはわたしのことを邪魔した敵としか思えないのではないでしょうか」
……そうだ。
その身近な例を、俺は知っているじゃないか。
ついさっき、沙里緒さんによって輝くお星様にされてしまったディアタナス……。
「勇者であるわたしが煌介くんのそばにいたら、たぶん……いいえ、絶対に煌介くんは傷つきます」
だから、と沙里緒さんは言った。
「だから、わたしは煌介くんのそばにいられません」
「は?」
今、沙里緒さんはなんて言ったんだ?
問い返すだけの時間は、俺に与えられなかった。
「さようなら、煌介くん。一緒に過ごせて、うれしかったです。……本当にごめんなさい」
待ってくれ、と紡いだ言葉は、沙里緒さんに届かなかった。
魔法を使ったのだろう。
沙里緒さんの姿は俺の目の前から忽然と消え去ってしまったのだ。
ディアタナスたちはどこかに消え、沙里緒さんも消え、この場には俺だけが取り残された。
ひとりになってしまった俺は、呆然とすることしかできなかった。
沙里緒さんの言葉も、行動も、あまりにもいきなりすぎて、理解が及ばない。
いや、違う。
頭が働かない、というのが正しい。
沙里緒さんが告げた言葉がそれだけ衝撃的だったこともある。
でも、何より、俺を呆然とさせたのは、消え去る直前、沙里緒さんの頬を伝っていた雫の正体だった。
沙里緒さんは泣いていたのだ。
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