17*沙里緒さんはディアタナスとの距離を一瞬にして無にすると、
沙里緒さんはディアタナスとの距離を一瞬にして無にすると、ホリエスさんによる斬撃を放った。
斬られた――と思ったディアタナスは、しかし、無事だった。
リコルプスがディアタナスと沙里緒さんの間に入り、爪を伸ばして沙里緒さんの斬撃を受け止めたのだ。
が、無傷とはいかなかったようだ。
硬質な音を響かせ、リコルプスの爪が砕ける。
だけでなく、膝をつく。
「リコルプス!?」
ディアタナスが駆け寄り、リコルプスの心配をする。
「リコルプスは大丈夫ですっ。それより、勇者は本気ですっ。ディア様、ここは一時退却してくださいっ」
「できぬ!」
「どうしてですかっ!?」
「大事な部下を傷つけられ、黙って引き下がることなどできぬのじゃ!!」
吼えたディアタナスがリコルプスを背後に庇う形で、沙里緒さんと対峙する。
ディアタナスの周囲に黒い炎が無数、浮かび上がった。
その黒炎はぐるぐる渦巻くと、ひとつひとつが竜や狼、獅子などといった形となり、超音波のような咆哮を上げ、沙里緒さんに襲いかかる。
自分が襲われたわけでもないのに、背筋が震える。
目の前の光景が信じられない。
本当にこれがあのディアタナスの攻撃なのか?
沙里緒さんは言っていた。
ディアタナスはドジっ子だと。
実際、初めて顔を合わせた時は、自分で転んで、自滅していた。
それだけじゃない。
さっきのやりとり。
ホリエスさんを放棄させた上で命令したことと言えば、くだらないことを言わせることだった。
魔王と言いながらも、大したことなどないと侮っていた。
だが、違った。
そうじゃなかったのだ。
魔王は魔王だった。
でも、わからない。
どうしてこれだけの実力を持ちながら、最初からそれを発揮しなかったのか?
ドジっ子だからというのもあるだろう。
さっきの命令のように、残念なところがあるというのも。
だが、今は違う。
どうして?
ディアタナスがその真価を発揮するようになったきっかけはなんだ?
もしかして……リコルプスが傷ついたから?
臣下が傷ついて、黙ってなどいられないと、そういうことなのか。
魔王であるディアタナスが生み出した黒炎の獣たちは、かなり強いに違いない。
普通の攻撃ですら、おそらく必殺技レベルのはずだ。
俺は沙里緒さんが傷つく姿を想像した。
だが、それは俺の想像だけで終わった。
ディアタナスが絶句する。
「そんな……!」
それは俺も同じだ。
沙里緒さんは聖剣の一振りで、すべての獣を消滅させたのである。
斬ったわけではない。
沙里緒さんが聖剣を振ると刀身から光が零れ、その残滓が黒炎の獣に触れた瞬間、跡形もなく霧散したのだ。
呆然としていたディアタナスだが、慌てた様子で我に返り、攻撃を繰り出す。
「今のは我の世界から、その存在の影だけを召喚しただけに過ぎぬ! だが、今度は実体も召喚する! さっきのようにはいかぬのじゃ!」
ディアタナスが呪文の詠唱を始めた。
が、それをのんびり待っている沙里緒さんではなかった。
鋭い一撃がディアタナスを狙う。
しかし、それはふたたび爪を伸ばしたリコルプスによって防がれる。
見た目からは想像できないが、リコルプスはかなり強いようだ。
黒炎の獣を残滓だけで消滅させた聖剣の一撃を平然と受け止めるのだから。
いや、平然というわけでもないようだ。
リコルプスの顔が苦しげに歪んでいる。
それに気づいたディアタナスが叫んだ。
「リコルプス、今助けるのじゃ!」
「いりませんっ。ディア様は呪文を完成させてくださいっ。リコルプスなら大丈夫ですからっ!」
それが強がりなのは、ディアタナスもわかっているだろう。
しかし、その言葉を信じるように、ディアタナスは呪文の詠唱を再開する。
沙里緒さんはそれをさせまいとするが、リコルプスが傷つきながらもことごとく阻止。
ここまで来ると、リコルプスが強いのではなく、沙里緒さんが手加減しているのではないかと俺は感づいた。
そして、その時はやってきた。
ディアタナスの呪文が完成したのだ。
「――――――!」
ディアタナスが言葉にならない言葉を発すると、虚空に亀裂が入り、そこから禍々しい存在が現れる。
次から次へと。
「いけ!」
ディアタナスの号令の元、禍々しいモノたちが沙里緒さんに襲いかかった。
土煙が舞い、俺の視界を隠した。
どうなった!? と思ったのは一瞬で。
光が爆発して。
すべての禍々しいモノたちは消滅した。
あっさりと、消えてなくなった。
影ではなく、実体を呼び出しても、無駄だった。
無意味だった。
ディアタナスは再び呆然となる。
そんなディアタナスに沙里緒さんが近づいていく。
リコルプスがディアタナスを護ろうと立ち塞がった。
「退いてください。あなたを傷つける理由がわたしにはありません」
「退きませんっ。リコルプスはディア様を護りますっ」
「……わかりました。では、あなたごとやります」
沙里緒さんが聖剣を構え、宣言どおり、ふたりを倒した。
といっても、本当に倒したわけではない。
聖剣を思いきり振り抜き、ふたりを吹き飛ばしたのである。
ふたりは天高く舞い上がり、きらーん、と輝く星になったのだった。
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