15*女の子が声をかけてきたのは、落とし物をしたらしく、


 女の子が声をかけてきたのは、落とし物をしたらしく、一緒に探してもらえないだろうか? ということだった。


 予定もないし、何より困っている人を放っておくことはできない。


 俺はふたつ返事で引き受けた。


「それで、落とした物って何?」


 彼女に尋ねるものの、彼女は応えない。


「……かわいい、かわいい、か」


 俺には聞こえない小さな声でぶつぶつ呟いている。


「あの、もしもし?」


「な、なんだ!? びっくりさせるんじゃないのじゃ!」


「ご、ごめん。でも、何を落としたのか教えてくれないと、探しようがないから」


「それは……そのとおりなのじゃ」


 女の子の言葉に頷き、落とした物がなんなのか、彼女が言うのを待った。


 けど、なかなか言葉が出てこない。


 どうしたのだろう?


「落とした物、教えて欲しいんだけど」


「わかっているのじゃ! だから、今、こうして考えているではないか!」


 ん? 今、彼女、変なことを言わなかったか?


「今、考えているって言った?」


「い、いいいい言ってない! ちょっとど忘れしただけと言ったのじゃ!」


 そうか。


 つまり、俺の聞き間違いということである。


「待っているのじゃ、すぐに思い出す!」


 言って、彼女が頭を抱えて、うんうん唸りはじめる。


 俺は彼女が思い出すのを待った。


 待つことしばし。


 彼女が何かを閃いたみたいな顔をする。


「思い出したのじゃ! 落としたものは指輪である!」


「なるほど。で、落とした場所は?」


「今度は場所だと!?」


 睨まれた。なぜだ?


「どうして一度に言わない!? また考えないといけないではないか!」


「考える?」


「思い出す、の間違いだ!」


 怒られた。


「心当たりがあったらでいいんだけど」


「黙っているのじゃ!」


「……了解です」


 理不尽だと思いつつも、彼女の仰せのままに俺は口を閉ざす。


 散々うんうん唸り、彼女が言ったのは、


「あっちだ!」


 という、なんとも適当な感じだった。


「これでもうないな!?」


「あとひとつ」


「まだ何かあるのか!?」


 噛みつかんばかりの勢いである。かわいいのにもったいないと思いつつも、


「その指輪、大事なものじゃったりするのかな?」


「も、もちろん!」


「わかった」


 というわけで、俺たちは指輪を探し始めた。


 彼女が示した場所は、場所というより方向で、あまりにも広範囲すぎる。


 けど、落とした物が大事なものであるのなら、俺は見つけてあげたいと思う。


 側溝の蓋を持ち上げて中を見てみたり、自動販売機の下を覗いてみたり。


 なかなか見つからなかった。


 だからだろう、こんなことを呟いてしまった。


「……こんな時、沙里緒さんがいたら、勇者の力で、すぐに見つけてくれるんだろうな」


 沙里緒さんは今ごろどうしているのだろう。


 傷ついたり、大変な目に遭ったりしてないといいのだが。


 遠い世界にいるはずの沙里緒さんに想いを馳せた時、すぐ目の前に人影が現れた。


 その人影が言った。


「ただいま戻ってきました、煌介くん」


 人影は沙里緒さんだった。


「沙里緒さん!?」


「はい!」


 間違いなく沙里緒さんである。


「お、おかえり。……異世界は?」


「もちろん、救ってきました」


 早っ。世界を救うの、早っ。


「い、いくら何でも、早すぎなんじゃ……?」


 驚いていると、沙里緒さんの右手に握られたままだったホリエスさん(つまり、聖剣状態)が言った。


『そのとおり。これは記録的な早さ。びっくり』


 平坦な声だから、全然びっくりしているように聞こえない。


「煌介くんが待っていると思ったら、いつも以上の力を出すことがでたんです。だから、煌介くんのおかげです」


「い、いや、俺は別に何もしてないよ」


「そんなことありません! 煌介くんは煌介くんというだけですごいです!」


 褒められすぎである。


 けど、そんなふうに言われて、うれしくないわけがない。


「あ、ありがとう、沙里緒さん。うれしいよ」


「わたしは本当のことを言っただけです」


 本気で言っていることが伝わってくる分、照れくさくてたまらない。


 俺が顔を熱くしていると、沙里緒さんが伺うように言ってくる。


「そ、それで、ですね。あの、早く帰ってこられたので、これから、喫茶店に行きませんか?」


「もちろん――って言いたいところなんだけど、ちょっと待ってくれるかな」


「どうかしたんですか?」


 聞いてきた沙里緒さんに、俺は事情を話した。


「なるほど。そういうことですか。それなら、わたしの力を使えば、すぐに見つけられますね」


「お願いしてもいいかな?」


「任せてください。……それで、その女の子というのは?」


「この子なんだけど――」


 と言って、俺の後ろにいた女の子を指し示す。


 途端、女の子がニヤリと笑った。


 かわいい顔が一転して、凶悪そうな感じになる。


 え、と思った時には、俺は女の子の背後から伸びてきた黒い蔦のようなものに絡め取られ、身動きが取れなくなっていた。


「な、なんだこれ!? いったいどういうことなんだ!?」


 混乱する俺を尻目に、女の子が高笑いをする。


「まだわからないようだな。ならば、これでどうだ?」


 女の子の全身が黒い炎に包まれる。


 それが消えた時、そこにいたのは――。


「魔王ディアタナス……!」


 だった。


 道理で、どこかで見たことがあると思ったはずである。


 女の子はディアタナスだったのだ!


「けど、どうして!? お前の目的は沙里緒さんにリベンジすることじゃなかったのか!?」


 俺の叫びに答えてくれたのはディアタナスではなく、その隣に、犬耳を生やした女の子だった。


 名前は確か、リコルプス。


「そのとおりですっ」


「だったら、何で俺を捕まえるんだ?」


「それはあなたが勇者の大事な人のようだからですよっ。あなたを人質に取ることで、勇者を無力化する作戦ですっ」


 魔王と呼ばれているものとは思えない、卑怯な作戦である。


「この作戦は勇者とあなたを引き離すところから始まっていましたっ」


「なんだって?」


 閃くことがあった。


「もしかして、異世界がピンチだって言うのは……」


「はいっ、ディア様が裏で糸を引きましたっ」


 なんてことだ。


「自力で勝てないからとこんな卑劣な作戦を思いつくなんて……さすがディア様ですっ。リコルプスはディア様を尊敬しますっ」


「そ、そんなに褒めるんじゃないのじゃ。照れるではないか」


 照れる要素がどこにも見つけられないし、どう考えても馬鹿にしているようにしか思えない。


 だが、リコルプスを見れば、本当に尊敬しているみたいな眼差しをディアタナスに向けていた。


 だが、変なコンビだなどと呆れられた板のはそこまでだった。


「この男の命が惜しいなら、我の言うことを聞くのじゃ、勇者よ!」


 ディアタナスが沙里緒さんに向かって、そう言い放ったのだ。

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