09*放課後、学校からの帰り道。俺の隣には美少女がいた。
放課後、学校からの帰り道。
俺の隣には美少女がいた。
村時さんだ。
村時さんと並んで一緒に歩く。
状況的には今朝と何も変わっていない。
が、今朝とは明らかに違うところがあった。
俺と村時さん、お互いにぎこちないのである。
原因はいくつかあった。
原因その1。
あれから真耶がいろいろ聞いた。
俺のどこが好きなのかとか何とか。それこそ根掘り葉掘りあれこれと。
村時さんのことだから、俺は真っ赤になって答えないと予想した。
あるいは姿を消すという可能性も考えられた。
むしろ、そちらの方が高いと踏んだ。
けど、俺のそんな予想は裏切られることになった。
思いきり語ったのだ。
聞いた真耶が「わ、わかったから!」と言っても止まらなかった。
想像していたとおり、真っ赤になって、でも、消えることはなく、時々、俺が見ていることに気づいて口ごもることがあっても、語り続けた。
どんなことを言われたのかは割愛する。
思い出すだけで心臓が早鐘を打ち始め、寿命が縮むからである。
とにかく、俺のうっかりしているところも含めて、俺のことは頭の天辺からつま先に至るすべて好きで、嫌いなところが一切ないらしい。
村時さんが俺のことを好きだというのは知っていた。
でも、改めて、そんな感じで熱烈な告白をされたら、彼女の気持ちを疑うなんて真似は、もうできなかった。
しかも、初めて会った時からずっと好きだったなんて。
村時さんと出会ったのは、この学校に入ってからで、まだ二週間も経っていない。
それなのに、そんなに俺を思ってくれている。
うれしくないわけがなくて、意識せずにいることなんてできるわけがなかった。
原因その2。
そんなわけで、最後の授業が終わり、俺はそそくさと帰ろうとしていたのだが、真耶に掴まった。
で、チラシを一枚、手渡された。
それは喫茶店のチラシだった。
これを持っていくと、店長オススメのスイーツとやらが割引になるんだとか。
真耶曰く、今日の放課後、ここに行くつもりだったらしい。
なのに、それを俺に押しつけ、言ったのだ。「村時さんと行ってきなよ」と。
何でそんなことをするのかと聞けば、真耶はそっぽを向いて言った。
『……あんなに好きだって気持ち、見せつけられたらさ。同じ女子として、応援したくなっちゃうよ』
そっぽを向いたのは、照れた顔を見られたくなかったからだろう。
だから、真っ赤になった耳が隠せていないことを、俺は指摘しなかった。
真耶にぐいぐい背中を押され、俺は村時さんを誘った。
真っ赤になった村時さんは今にも逃げ出しそうな雰囲気だった。
けど、逃げなかった。
小さく、見逃してしまいそうなほど微かに、首を振った。縦に。
そういうわけで、俺たちはその店に向かっている。
そして、原因その3。
これは、その2と関係している。
俺たちを送り出す時、真耶が余計な一言を言ったのだ。
『放課後デート、楽しんできてね』
と。
並んで歩くという状況は今朝と何ひとつまったく変わっていないのに、ぎこちない感じになっているのは、つまり、それが理由だった。
けど、どうしたものだろうか。
意識しすぎて、学校を出てからずっと、会話らしい会話をしていない。
何か話した方がいいに決まっているけど、何を話せばいいのか、まるでわからないのだ。
「……そもそも、俺、女の子とデートしたことなんてないし」
俺が言うと、村時さんがこちらを見ていることに気がついた。
「……そうなんだ。合川くん、デートしたこと、ないんだ」
彼女が何かを呟いた。
これは……もしかしたら千載一遇のチャンスなのでは?
今、何か言ってたか聞いてみて、そこから自然な感じで会話を弾ませれば……。
よし、行くんだ、俺!
「ね、ねえ、村時さん。今、何か言ってたよね? なんて言ったのかな?」
「べ、べべべべ別に何も言ってません!」
「え、でも」
「合川くんの気のせいです! 本当にわたしは何も言ってません!」
ものすごい剣幕。
「あ、ああ、そうなんだ」
以上、会話終了。
というか今さらながら、自然な感じで会話を弾ませるというのが無茶すぎることに気がする。
ノープランにもほどがある。
なら、諦めるか? このまま何も話さず、ずっと気まずいままで行くのか?
そんなのは駄目だ。
こんな雰囲気を引きずっていったら、喫茶店に着いたところで、話が弾むわけがない。
おいしいものもおいしくなくなるし、せっかく一緒に過ごすのなら、楽しい方がずっといい。
なら、俺はどうすべきだ?
そんなの決まっている。
何とか会話の糸口を掴むのだ。
「あ、あのさ」
「は、はい!」
俺の何でもない問いかけに、村時さんの声は裏返る。
緊張していることがはっきりと伝わってくる。
でも、ここで躊躇していたら、何も変わらない。
一歩、踏み出すのだ。
早く話題を探せ。何か言うのだ。
自然な感じで会話を弾ませることが無理なら、不自然でも何でもいい、とにかく言葉を重ねていくのだ。
「い、いい天気だね」
ぎこちないながらも、笑顔でそう言った。
途端だった。
空が真っ黒になった。
「は?」
と思って見てみれば、黒々とした雲が一面、空を覆っていて。
雷鳴が轟き、黒い雲を引き裂くように光が落ちてくる。
ドガンッ、ズガンッ、ガガーンッ。
体が震えるほどの重低音。
あまりにも凄まじい変化に、俺は世界の終わりが来てしまったのかと錯覚する。
いや、それは本当に錯覚なのか?
俺が呆然としていると、その前に人影が現れる。
「村時さん……?」
だった。
さっきまで俺の隣に、微妙に距離を取って立っていた村時さんが、俺の前に、俺を護るように立っていた。
実際、
「危険です。わたしの後ろにいてください!」
そんなことを言われ、俺は「あ、ああ、うん」と答えることしかできない。
俺の返事に力強く頷き返すと、村時さんは鋭い眼差しで異常現象を見据える。
そこには、俺が話しかけたり、俺と目が合ったりするたびに、真っ赤になっていた面影はどこにもなかった。
「ホリエス!」
村時さんが叫ぶと、彼女の耳元が光り輝いた。
てっきりホリエスさんが現れるものだとばかり思っていたのだが、違った。
光は村時さんの手の中に集まって、やがて一振りの剣となった。
その剣は両刃で、光でできているとしか思えない輝きを放っていた。
「それって……」
俺の呟きに、村時さんが答えてくれる。
「ホリエスです」
本当に聖剣だったのか。
嘘だと思っていたわけでは決してない。
村時さんが勇者である以上、ホリエスさんも聖剣なのだろうと思っていた。
だが、こうして現実にその事実を突きつけられると、その衝撃の強さに、戸惑いの方が強かった。
『沙里緒、気をつけてください』
聞いたことのあるホリエスさんの声が聖剣から聞こえて来ることに、すごい違和感を覚える。
ホリエスさんに注意され、聖剣を構え直す村時さんはかっこよかった。
剣を握り、戦うことが当然のような雰囲気があり、改めて彼女は勇者なのだと、再認識させられた。
そんな彼女に好かれているのだと思ったら、何だかすごいことのような気がして、ドキドキした。
って、いや、そんな場合じゃないだろう。
異常現象はまだ続いているのだ。
俺は胸の高鳴りを誤魔化すように、言った。
「これはいったい何なんだ?」
「異世界からの侵略です」
「マジで!?」
村時さんが頷く。
彼女に嘘を吐いている感じはしないし、目の前で繰り広げられる異常な状況は、確かにそんな感じがする。
そう思うと禍々しさを感じて、俺はぶるりと震えた。
と、一際大きな光が落ちた。
それはまるで空と大地をつなぐ光の柱のようであり。
そのあまりの眩しさに、俺は強く瞼を閉ざすが、それでも瞼をとおして光は俺の網膜へと突き刺さってくる感じだった。
だから俺は腕で庇うようにして、顔を覆い隠した。
どれぐらいそうしていただろう。
もう収まっただろうか。
恐る恐る目を開けた俺は、そこに人影を見つけることになる。
両腕を腰に当て、身長はおそらく一五〇センチにも満たないほど小柄な、かなりの美少女だ。
燃えるような赤毛をツインテールにしている。
だが、目の前に突如として現れた彼女が、普通の美少女であるわけがなかった。
だって、彼女は浮いている。
それだけじゃない。
深紅の鎧を身にまとった彼女の背中には、夜の闇を凝縮したかのような色の翼が生えていた。
さらに、こちらを見据える、その瞳。
血に染まったかのように紅かった。
その異様さに俺は息を呑み、固い唾を呑み込んだ。
これからいったい何が起こるのか。
いや、わかっている。
村時さんが言ったじゃないか。
これは『異世界からの侵略』だと。
つまり、そういうことだ。
その前触れだろうか。
地面が激しく揺れていることに気づく。
いや、違う。これは地震じゃない。
俺が震えているのだ。
だというのに、村時さんは武装解除してしまった。
「ホリエス、戻っていいです」
「ちょ、村時さん!?」
「大丈夫です、安心してください。あの子は魔王ですけど」
「全然大丈夫じゃない!?」
俺の顔色が相当悪かったのだろう。
村時さんが俺の目を見て、やさしく微笑んで言った。
「本当に大丈夫なんです。だってあの子は魔王だけど、かなりのドジっ子ですから」
「は? ドジっ子……?」
俺の呟きに、村時さんが頷く。そして言った。
初めて目の前にいる魔王と対峙したのは、異世界を侵略しようとしている魔王がいて困っていると、姫巫女に召喚された時だったらしい。
「でも、わたしが倒そうとしたら、自爆しちゃったんです」
だから大丈夫なんです、と村時さんは微笑みながらそう言った。
本当にそうなのだろうか。
目の前にいるのは魔王であり、禍々しい雰囲気を放っていて、村時さんの言葉とはいえ、素直に「そうなんだ」とは思えない――なんて思っていた時期が、俺にもありました。
村時さんと俺の会話を聞いていたのだろう。
さっきまで禍々しさ全開だった魔王の顔が、俺と目が合った時の村時さん並に真っ赤になっていた。
これは、えーっと……。
「もしかして図星なのか?」
まさかそんなわけないよなと思って尋ねたのだが。
「うううううううううるさいのじゃ!」
めちゃくちゃ動揺していた。
どうやら本当だったようである。
それがわかった途端、さっきまであんなに怖かったのに、嘘みたいに怖くなくなっていた。
俺たちに緊迫した空気がなくなったことが腹立たしいのだろう、魔王が叫んだ。
「クッ、なんたる屈辱! だが、勇者に倒されたあの日の雪辱をすすぐため、あれから我は血の滲むような特訓を重ねてきたのじゃ! 昔の我と同じだと思うなよ!!」
ハァァァァ……! と気合いを入れ始める。
変化はすぐに現れた。
驚くべきことに、魔王の手のひらから、黒い炎が生まれたのである。
あり得ない炎が放つ禍々しい存在感に、俺の背筋は凍りつく。
前言撤回。怖くないなんて嘘。すごい怖いです。
何より、改めて確信する。
こいつは本当に魔王だったのだ……!
だが、次の瞬間、俺は確信したことを深く後悔することになる。
黒い炎が飛び火して、魔王の漆黒の翼を焦げつかせたのだ。
慌てふためく魔王。
地面に落ち、尻餅をつく。
しかも「きゃぅっ!?」などと、とてもかわいらしい悲鳴を上げる始末。
そんな魔王をジト目で見ていた俺に、村時さんが一言。
「ね? かなりのドジっ子だと思いませんか?」
否定できない!
こんな魔王を怖がった自分が恥ずかしい。穴があったら全力で入りたかった。
魔王がジタバタしている間に炎は消えた。
立ち上がり、村時さんをうるうる潤んだ目で睨みつける。
「や、やるな、勇者よ! 鍛え上げた我がここまで苦戦するとは、勇者も相当がんばって腕を上げたようだな!」
なんてことを言い出した。
どう考えても自爆を全力で誤魔化しているようにしか思えないのだが、魔王の言葉はそれで終わらなかった。
「だが、我はまだ本気を出していないだけ。次は本気を出す!」
その言い方は、ドジっ子ではなくもはや駄目な子以外の何ものでもない感じがした。
魔王は再び手のひらに集中すると黒い炎を生み出す。
……さすがドジっ子。さっきと同じ。
思うと、魔王がこっちを睨んだ。
「今、さっきと同じだと思ったであろ?」
なんでわかった!? とは驚かない。実際、そんなような顔をしたとは思う。
だから、俺は頷いた。
そんな俺を魔王は鼻で笑った。
「さっきと同じではない! よく見ているのじゃ!」
魔王がさらに集中すると、黒い炎の形が変わる。
少しずつ、少しずつ。
やがてそれは剣の形になった。
「どうだ、我の魔剣は!」
轟々と燃え盛る黒い炎の魔剣は傍目にもすごい強そうで、これは駄目な子を撤回する必要があるかもしれない。
俺は村時さんに言った。
「ホリエスさんを呼んだ方がいいんじゃないのか?」
「大丈夫です」
「けど!」
村時さんは構えない。
魔王が攻めてくる。
こうなったら、俺が守らないと……!
村時さんの前に躍り出ようとしたその時――魔王が、
ベターン!!!!
すっ転んだ。
何もないところで、である。
しかも、かなり鈍い音がした。
どれだけ待っても魔王に立ち上がる気配はなく、もしかして転んだことを恥ずかしがっているのではないか? と思ったりしたのだが、どうやら気を失ってしまったみたいだ。
俺は呆気にとられ、村時さんを見る。
さすがの村時さんもこれには苦笑するしかないようで、俺も村時さんと同じ思いだった。
というか、魔王がこんなドジっ子だったとは。
何だか見てはいけないものを見たような、知ってはいけないことを知ってしまったような、そんな気がする。
と、倒れて絶賛気絶中の魔王のそばに、黒い紋様が浮かび上がった。
「なんだ?」
思っていると、そこから、犬っぽい獣耳を頭にはやした幼女が現れた。
「君は……」
「はじめましてっ。リコルプスと申しますっ。この度はうちのディア様がたいへんご迷惑をおかけしましたっ」
リコルプスと名乗った幼女が、ぺこりっ、と頭を下げると、ひょこっ、と何かが動いた。
見ればしっぽである。こちらも犬っぽい。
「ディア様?」
「魔王様の愛称ですよっ。魔王様はですね、ディアタナスという立派なお名前をお持ちなのですっ」
そうか。そうだよな。
魔王にだって名前があるのは当然だよな。
俺の質問に答えてくれたリコルプスは、気絶したディアタナスを「んしょっ」と背負うと、
「それでは失礼しますっ」
もう一度、ぺこりっ、と一礼した。
つられてこっちも頭を下げると、黒い光の紋様を抜けて、ふたりの姿はどこかに消えてしまった。
黒い光の紋様も消えると、後には何もなくなる。
空は魔王が現れる前の状態に戻っていて、さっきまでの異常な状況の雰囲気は、もはやどこにも残っていなかった。
村時さんが言う。
「魔王たちは元の世界に戻りました。もう大丈夫です」
つまり、平穏が戻ってきたということだ。
それはいいことであるはずなのに、あまりにも劇的な変化についていけず、俺はしばらくの間、呆然とする。
それにしても……まさか本当に魔王がいるとは。
いや、まあ、村時さんという勇者がいるのだから、魔王がいてもおかしくはないのだろう。それはわかる。
それにしたって魔王があんなドジっ子とは。
思い出して、俺は笑った。
と、村時さんが不安そうに尋ねてくる。
「あ、あの、わたし、何か変なことをしましたか……?」
「ああ、ごめん。違うんだ、そうじゃないんだ。俺が笑ったのは魔王のことで」
「魔王?」
俺は「ああ」と頷く。
「村時さんにリベンジしようとして、自爆して。その挙げ句、あんなちっちゃい子に担がれて帰っていくなんて。よくあれで魔王を名乗れるよなって思ってさ」
「ふふっ、本当ですね」
村時さんが声を出して笑う。
そんな村時さんの笑顔に、俺は見とれた。
俺の間にいる時は真っ赤になっているか、今にも泣き出しそうになってばかりだから、こんなふうに笑っている顔は、すごく眩しかったのだ。
あまりにもジッと見つめていたからだろう。
村時さんが俺の視線に気づき、顔を紅くする。
いつもの村時さんに戻ってしまう。
「な、なんですか!? もしかしてわたしの顔に、何かついてますか!?」
慌てて顔を拭い始めようとする村時さんに、俺は言った。
「ち、違う違う! そうじゃなくて、村時さんの笑顔が眩しくて、だから……!」
「えっ!?」
さらに村時さんの顔が紅くなり、俺は自分が何を口走ったか気づく。
後悔しても遅い。
口から飛び出た言葉を取り消すことはできないのだ。
いや、たとえできたとしても、そんなことをするつもりはなかった。
村時さんの笑顔が眩しかったのは本当のことだから。
なら、今、俺がすべきことは何だ? そんなの決まっている。
全力で話題を逸らす!
……べ、別に逃げるんじゃないぞ。戦略的撤退、つまり英断なのだ。うんうん。
幸い、逸らすべき話題はある。
魔王という闖入者の存在で危うく忘れかけてはいたが。
「ほ、ほら、喫茶店! 早く行かないと!」
「は、はい、そうですよね!」
ぎこちなく歩き出す俺たちだったが、そう簡単に喫茶店に辿り着くことは、できなかった。
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