08*弁当を持ってきていなかったので、食堂で食べるつもりだった。


 弁当を持ってきていなかったので、食堂で食べるつもりだった。


 けど、今、俺や真耶、村時さんがいるのは屋上だ。


 食堂に向かうつもりが、ついうっかり屋上に来てしまったのである――なんてことはなく。


 ちゃんとした理由があった。


 屋上に来た理由を見て、真耶が感嘆の声を上げる。


「すごい……!」


 激しく同意する俺。


 目の前にはたくさんの弁当が並べられていた。


 食堂に向かおうとしたら、村時さんが言ったのだ。


『じ、実はお弁当、作ってきたんです! よかったら食べてくれませんか!?』


 と。


 断る理由はなかった。


 というわけで、屋上にやってきたわけだ。


 改めて、俺は広げられた弁当のを見た。


 そう、本当にものすごい量が広げられていて。


 具体的には……畳三畳分くらい? ……これは『すごい』の一言で片づけていいレベルなのか?


 思っていると、村時さんが言った。


「あ、あの、どうかしましたか?」


「い、いや、何でもないよ」


 そうだ。


 せっかく作ってくれた弁当。


 喜びこそすれ、ケチをつけるつもりは毛頭ない。


「真耶が言ったとおり、本当にすごいなって思って。これ、全部、村時さんの手作りなんだよね?」


「べ、別に全然すごくなんかないです!」


「いやいや、そんなことないよ。充分すごいよ」


 俺と村時さんがそんなやりとりをしていると、真耶が口を開いた。


「違うから」


「え?」


「あたしが『すごい』って言ったの、そういうことじゃないから」


「そうなのか? なら、どういう意味で言ったんだ?」


「あたしが『すごい』って言ったのは、これだけの量のお弁当を、村時さんはいったいどこから取り出したのかってこと!」


 まあ、全部手作りっていうのもすごいけど、と最後につけ加える。


 あー、うん。なるほど。


 真耶の言いたいこともよくわかる。


 というか、そのとおりだと俺も思う。


 畳三畳分もの弁当を、村時さんはどこからともなく、取り出して見せた。


 それは普通の人にはできないことだ。


 でも、村時さんには、できるかもしれない。


 だって、彼女は。


「わたし、勇者なんです」


 村時さんが言った。


 勇者の力にはいろいろあり、これは様々なものを収納しておくことができる異次元空間を創り出せるものらしい。


 勇者であることは知っていてもそんな能力があること自体は初耳だったので、俺は素直に驚いた。


「へぇ、そんなものがあるんだ。すごいね」


「べ、別にこれぐらい、大したことありません! がんばれば誰にだってできます!」


 マジで!? と思ったが、村時さんの目がそれはそれは激しくぐるぐる回っていたので、真偽のほどは確かではない。


 というか、十中八九、俺が話しかけたせいで混乱しているのだろう。


「お、落ち着いて、村時さん」


「燃え盛るほど落ち着いています! 大丈夫です!」


「それは全然落ち着いてないよ!?」


 なんてことをやっていたら、真耶が言った。


「ねえ、勇者ってどういう意味?」


 話についてこられない――というわけではなく。


 真耶は村時さんが勇者であることを信じられないという顔をしていた。


 無理もない。


 村時さんを見れば、まだ目がぐるぐるしている。


 なので、俺が代わりに説明した。


 俺が助けられた経緯を交えて、村時さんが勇者の血を引く一族の末裔で、伝説の勇者の再来とまで呼ばれるほどの力の持ち主であることを。


 話を聞き終えた真耶は、「なるほど」と納得した顔をする。


「合川くんの話を聞く限り、村時さんが勇者だって言うのは、たぶん、本当なんだろうね」


 でも、と真耶は言う。


「それはわかったけど、まだわからないことがあるよ」


 それは? と目でその先を促す。


 真耶は広げられた弁当を見て言った。


「これ。どうしてこんなに作ってきたの?」


 なるほど。確かにそれはそうかも。


 俺は村時さんを見た。


 その頃には村時さんもだいぶ落ち着いてきていて、俺たちの質問に答えてくれる――と思ったんだけど。


 俺たちの視線に気づくと、村時さんは顔をどんどん真っ赤にして。


 気がつくと、消えてしまった。


 真耶が驚いたような声を上げる。


「ちょ、合川くん、村時さんが消えたんだけど!?」


「だからさっき言っただろ。村時さんは勇者だって。だからこういうことができるんだよ」


「そっか。なるほどね――じゃなくて! 村時さん、どこ行っちゃったの!? 捜さなくていいの!?」


「大丈夫、すぐ現れるよ!」


 さっきもそうだったから、俺は自信ありげに請け負った。


 なのに。




 五分経過。




 村時さんは現れなかった。


「ねーねー、合川くーん? すぐに現れるんじゃなかったのー?」


 真耶の声が冷たい。


 鋭い視線が突き刺さる。


 痛い。


「あ、あれ、おかしいな。……村時さん、そこにいるんだよね!?」


 呼びかけるものの、返事はない。


 どこかに行ってしまったんだろうか。


 そう思った時、人影が現れた。


「ほ、ほら、いた――わけじゃない!?」


 疑問系になったのは、現れた人影が想像していた人物と違ったからだ。


 で、現れたのはホリエスさんだった。


 真耶が俺に身を寄せて耳打ちしてくる。


「このすごい綺麗な人、誰!?」


「えっと、ホリエスさんと言って……聖剣なんだ」


 ホリエスさんは真耶を見て、ぺこり、と一礼する。


「合川くん、あたし、面白くない冗談には実力行使も辞さない主義の人にたった今から転向したい気持ちなんだけど?」


「いやいや、本当のことだから!」


 俺が必死になって説明すると、真耶も納得してくれたみたいだ。よかった。


 俺はホリエスさんに向き直り、


「それで、ホリエスさん、村時さんは? どこかに行っちゃったのかな」


「沙里緒ならここにいる」


 そう言ってホリエスさんは何もない空間を見る。


 そこはさっき村時さんがいた場所で。


 どうやらどこかに移動したわけではなく、そこにいるらしい。


「でも、どうして姿を消すんだろう。弁当を作った理由を聞いただけなのに」


 ホリエスさんが俺を見る。


「気になる?」


「あ、うん。そうだね。気になるかな」


 ホリエスさんが村時さんがいるらしいところを見る。


「沙里緒が言わないなら、自分が言うが?」


 ホリエスさんがそう言って、待つことしばし。


 消えた時同様、村時さんがいきなり現れた。


 ものすごい真っ赤な顔をして、恨めしそうな顔でホリエスさんを睨んでいる。


 けど、ホリエスさんはちっとも気にしていない涼しげな顔で、その視線を受け流していた。


 まあ、普段からこんな感じの表情なんだけど。ホリエスさんは。


 村時さんがこっちを見た。


 ものすごい涙目になっていて、何だか悪いことをしているような気がしてくる。


 やっぱりいいよと言おうとした矢先、村時さんが言った。


「い、いっぱい作ったのは! ……その、合川くんに食べて欲しくて……」


「俺の、ため?」


 村時さんが、こくっ、と頷いた。


 弁当を見る。


 玉子焼きがあったり、煮物があったり、一口大のハンバーグがあったり、ポテトサラダがあったり、唐揚げがあったり、スパゲティがあったり、サンドウィッチがあったり。


 他にもいっぱい、本当にたくさんある。


 村時さんを見れば、俯きつつも、ちらっ、ちらちらっ、とこちらを伺っている。


「その、ありがとう。すごく、うれしいよ」


 村時さんの顔が、ぱーっ、とほころぶ。


「でも、ごめん」


 ほころんだ村時さんの顔が、一気に落ち込む。


「……迷惑でしたか?」


「ち、違うんだ! そうじゃなくて、すごくうれしいよ! 本当に! ……ただ、俺、こんなに食べられないから。残しちゃうと思って。だから、ごめんって」


「そ、それなら大丈夫です!」


「でも」


「いろんなものを食べて欲しくて……気がついたら、こんな感じになってただけですから」


「そうなんだ」


 村時さんがはにかみ、頷いた。


 俺のために作ってくれた弁当。


 改めて見る。


 これだけの弁当を作るには、いったい、どれだけの時間がかかったことか。


 そんなことを思っていたら、真耶が肩を叩いてきた。


「合川くん、これはもう聞くまでもないよ」


「聞くって何を?」


「おい! お昼、村時さんと一緒に食べることになった理由を忘れたの!?」


 言われて、考える。


「真耶が言ったからだよな」


「それは、まあ、そうなんだけど。そうじゃなくて、村時さんが合川くんのこと、本当に好きか確かめるって話をしたでしょ」


「ふっ、もちろん、ちゃんと覚えていたぜ?」


 真耶がジトッとした目を向けてくる。


 俺の言葉を信じていない、疑いの眼差しだ。


 失敬な奴である。


 ほんの少し忘れていただけじゃないか。


「合川くんのために、これだけのお弁当を作ってきたってことは、合川くんのことがよっぽど好きじゃないとできないことだよ! ……ね? 村時さん」


 村時さんは、はわわ! となって、顔を超真っ赤にする。


 そんな村時さんを見て俺も顔を熱くしていると、真耶が微笑みながら言った。


「で、村時さん。合川くんのこと、いつから好きなの?」


 村時さんが俺を見た。


 目が合うと、逃げるように逸らそうとするが、グッと我慢する。


 大きな瞳で、じっと見てくる。


「初めて会った時から、です。……ずっと、ずっと好きでした。大好き、です」

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