07*教室に入って自分の席に着き、
教室に入って自分の席に着き、すでに登校してきていた隣の席の真耶に「おはよう」と声をかけようとして、真耶がカッチカチに固まっていることに気がついた。
だけじゃない。
机の上に、食べかけのあんパンが落ちている。
こ、これは……!
「てててて天変地異の前触れだー!?」
「ちょ、どうしたらそうなるっていうのさ!?」
硬直が解け、真耶が叫ぶ。
「だって真耶が食べものを最後まで完食せず放置するとか、どう考えても天変地異の前触れじゃないか!」
「……合川くんがあたしのことをどう思っているのか、よーくわかったよ」
失礼だよね! とプリプリ怒りながら、真耶は机の上のあんパンを手に取ると、大きく口を開いて、あんパンをかじった。
「そもそもあたしがこんなことになっていた原因は合川くんにあるんだよ?」
「俺に?」
真耶が頷く。意味がわからない。
「どうして村時さんと一緒に登校してきたのさ」
なるほど。そういうことか。
俺は鞄を机の横にかけ、ちらりと後ろを見る。
クラスメイトの田辺くんと視線がぶつかった。
おはよう田辺くん今日も元気そうだね――じゃなくて。
俺が見たのはその後ろにいる村時さんだ。
村時さんは一緒に歩いていた時の熱がまだ残っているのか、ほんのりと頬が紅くなっていた。
「まあ、いろいろあったんだよ」
俺は昨日と今朝の顛末を真耶に語って聞かせた。
俺の話を聞き終えた真耶は腕を組み、ふむふむ、と頷いてから、
「つまり、村時さんは合川くんのことが好きってことなのね?」
黙って頷く。
「信じられない」
「失礼だな」
けど、誠に遺憾なことながら、
「俺もそう思う」
昨日の告白と、今朝の一件。
冗談だとは思わない。
村時さんは真剣だったと思うし、冗談であんなに真っ赤になれると思えない。
さっきまで隣を歩いていた彼女の、びっくりするぐらい真っ赤な顔を思い出して、俺は少しだけ笑った。
教室では凛としているのに、実はびっくりするぐらい恥ずかしがり屋で。
そんな彼女がかわいいと思う。
でも、やっぱり、真耶の言ったとおりだ。
信じられないのだ。
村時さんが俺のことを好きだなんて。
嘘か冗談、あるいはドッキリだって言われた方が、ずっとしっくり来る。
そう俺が語るのを黙って聞いていた真耶があんパンの残りを平らげ、よしっ、と言った。
「なら、これはもう、確かめるしかないでしょ」
「確かめる? どうやって」
「ふっふっふ、任せてよ! とっておきの秘策があるから」
秘策とやらが何なのか尋ねても、真耶は「ヒミツ」というばかりで教えてくれなかった。
まあ、いい。
それから間もなく、教師がやって来て授業が始まった。
と、教師に当てられ、村時さんが立つ。
背筋をピンと伸ばし、凛とした声で、完璧な答えを紡ぐと、クラスメイトたちが感嘆の声を漏らした。
そんな村時さんは、俺の隣で真っ赤になっていた人と、とてもではないが同一人物とは思えなかった。
そんなことを思いながら見ていると、俺の視線に気づいたのだろうか、村時さんがこっちを見た。
その途端である。
村時さんの顔が超真っ赤になった。
だけでなく、いつかのように、ぼしゅん!! と湯気を噴き出した。
教室がざわめきだし、教師が心配して声をかける。
「村時、大丈夫か!?」
「だだだだだだいじょうぶれしゅ!」
「れしゅ!?」
「大丈夫です」
表情をキリリッと引き締め「変なことなど何も言ってませんが何か?」みたいに振る舞うものだから、教師をはじめクラスメイトたちは聞き間違いだと思ったようだが、違う。
確かに言った。
その証拠に、村時さんの髪から覗く耳の先が紅い。
村時さんは視線を明後日の方に向けている。
意識してこちらを見ないようにしているのだろう。
そんなこんながあって、午前中の授業が終わり、昼休みになった。
俺が教科書などを片づけていると、真耶が言った。
「よし、思いついたよ! 一緒にお昼ご飯を食べながら、村時さんの真意を問いただそう!」
「おい、真耶。俺の聞き間違いじゃなかったら、今、『思いついた』って聞こえたんだが」
「空耳じゃないかな?」
違う。
けど、真耶は俺のジト目を笑顔で受け流した。
こいつ。
「でも、それ、秘策でも何でもないだろ」
「何言ってるかな、合川くん。ご飯を食べている時が人間は一番リラックスできるんだよ? つまり、その時に話を聞けば、その人の本音を知ることができるって言うわけなんだよ。知らないの?」
知らない。
どう考えても真耶が適当にでっち上げた話としか思えない。
「というわけだから、ほら、合川くん、村時さんを誘ってきて」
言い出したのは真耶だが、村時さんの真意が気になるのも本当だ。
ここは真耶の提案に乗っかろう。
俺は立ち上がり、振り返った。
クラスメイトの田辺くんと目が合う。
途端、その頬がほんのりピンク色に染まったように見えるのは俺の気のせいだよな?
最近俺とよく目が合うのは運命なのかなとか田辺くんが呟いているに聞こえるのも俺の気のせいに違いないのだ……!
俺は田辺くんの熱い視線に気づかないフリをして、その後ろを見た。
村時さんがいた。
いや、いない!?
いたと思ったのに姿が消えたのだ。
が、すぐに現れた。
幸いと言っていいのか。
村時さんは一番後ろの席だったこともあり、村時さんが消えたり現れたりしたのを目撃したのは俺だけだった。
村時さんが勇者で、認識をずらすことができると知らなかったら、とんでもなく驚いていたことだろう。
というか、あれか。
授業が終わってすぐに話しかけようとしても、席に村時さんがいなかったのは、こういうことだったのか。
けど、消えたはずなのに、どうして現れたんだ? ホリエスさんに何か言われたのだろうか。
そんなことを思いながら村時さんに声をかける。
「村時さん」
ビクゥ!! とした村時さんは、ギギギッ、という音が聞こえてきそうなほど、ぎこちない動きでこっちを見る。
「なななな何ですか!?」
声が裏返っている。
当たり前のように顔が紅い。
目もぐるぐるしている。
朝、一緒に登校してきたと同じ。
いや、それ以上に思える。
「一緒にお昼を食べようって誘うつもりだったんだけど――」
言葉を区切る。
声をかけるだけでこの状態だ。
やめた方がいいだろう。
村時さんの体に悪い気がする。
「あ、ああ、いや、何でもないんだ。ごめん、忘れて」
そう言って、俺は村時さんに背中を向けた。
「ま、待ってください!」
声がして、振り返る。
村時さんだ。
「わ、わたしなら、大丈夫ですから! だから一緒に……食べたい、です」
……いい、ですか? とつけ加えられた言葉は、今にも消え入りそうなほど、小さな声だった。
顔はやっぱり真っ赤なままで、俺を見る瞳は弱々しく、よく見れば肩が震えていることに気がつく。
まるで断られるかもしれないと、そう思っているみたいな感じがした。
俺は村時さんに向かって言った。
「もちろん、いいに決まってる。誘ったのは俺の方だ。一緒に食べよう」
告げた途端、俺は息を呑むことになる。
「はいっ!」
そう頷いた村時さんの笑顔がすごく眩しかったんだ。
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