06*あたたかい飲み物を持たされ、俺は再び
あたたかい飲み物を持たされ、俺は再び警備員さんに送り出された。
ただし、前よりもずっと心配されて。
病院に行くように強く勧められたりもした。
何を聞かれても上の空で、生返事を繰り返したからだろう。
それは家路をいく足取りがふわふわしていることと同じ理由だった。
村時さんは俺のことが好き。
だから、勇者の力を使って、うっかりを繰り返しまくる俺のことを、ずっと護っていてくれた。
そんなにも思われていたことを知って、うれしくない、なんて言ったら真っ赤な嘘になる。
その証拠が俺の中にあった。
さっきからずっと、心臓の鼓動が激しい。
うるさくてたまらない。
それだけじゃない。
あり得ないぐらい顔が熱かった。
村時さんじゃないが、湯気を噴き出すんじゃないかってくらい、超真っ赤になっていることだろう。
けど、歩いて、家に近づいて、そうやって時間が過ぎ去っていくと、思うようになる。
村時さんが俺のことを好き? それは本当のことなのか?
考えてみろ。
村時さんはすごい美人だ。
告白して、玉砕した男子は数知らないって真耶が言ってたじゃないか。
そんな女の子が俺のことを……なんて。
普通に考えれば、いや、考えなくてもあり得ない。
俺は立ち止まり、空を見上げた。
海から吹きつける風が吹き飛ばしたのか、空には雲ひとつなく、灯りが少ないためか、星がよく見えた。
星座に詳しくない俺には、どの星とどの星を繋げたら何座になるかとか、そんなことはわからない。
そんな俺でもわかることがある。
今は夜だ。
いつの間にか夜になっていた。
ため息を吐き出す。
そもそも、だ。
俺と村時さんは今の学校に、久仁良高校に入って、あのクラスで初めて顔を合わせた。
この町で暮らしていた頃の知り合いに『村時』なんて名字の奴はいなかったし、『沙里緒』という名前にも心当たりはない。
なら、やっぱりあのクラスで初めて顔を合わせたわけで、それ以外の接点はないと考えるのが妥当だろう。
そして、俺は彼女に助けられるまで、彼女のことを意識したことはなかった。
そりゃあ同じクラスだし、見かけることはある。
美人だから、綺麗だなと思うことだってあった。
でも、それだけだ。
だから、何か好意を抱かれるようなことをしたということもない。
断言できる。
なのに好かれる? あり得るわけがない。
唯一あるとすれば一目惚れということだけど……まあ、それだけは絶対にないだろう。って、自分で言ってて悲しくなるけど。
卑下をするつもりはない。
でも、平凡な父さんと母さんの間に生まれた俺が、村時さんのような美人に一目惚れされるとは、逆立ちをしたって思えないのだ。
だから。
一晩経った次の日。
目が覚めて、朝食を食べて、歯を磨いて、寝癖と制服の乱れを直して、「いってきます」を言って、そうやってそれまでと変わらずにいつもどおり過ごして、学校に行く頃には、あれはもしかして夢だったんじゃないかと思うようになっていた。
けど、そうじゃないと、あれは間違いなく現実だったのだと、そう告げるような出来事が待っていた。
家を出たところで、ある人が待っていたのだ。
「ホリエスさん!?」
いや、違う。
そこにいたのは、ホリエスさんだけじゃない。
ホリエスさんの後ろに隠れるように、彼女がいた。
村時さん。
村時さんの周囲はキラキラと光り輝き、それは朝日によるものだと頭では理解しているのに、彼女が美人だから朝日が彼女を祝福してそんなふうに見せているに違いないと心はそんなことを思ってしまった。
言葉をなくし、見とれる。
どれぐらいそうしていただろう。
俺は村時さんの顔色が変わっていくことに気がついた。
紅くなっていく。
どんどん、どんどん。
あり得ないぐらいに。
村時さんの変化は顔色だけじゃなかった。
目がものすごい勢いでぐるぐる回り出す。
見ているこっちが目を回してしまうんじゃないかと思うほど。
そして、目を離した一瞬の隙を突いた――わけではないだろうが、彼女は姿を消した。
相変わらずすごいと思う。
普通の人間にはできないことだ。
でも、俺は驚かない。
俺は彼女が勇者であることを知っているし、勇者ならそれぐらいのことはできて当然だろう。
それに、こうやって目の前で姿を消されるのはこれで三回目だ。
慣れもする。
俺はその場に残っているホリエスさんを見た。
ホリエスさんも姿を消すものだとばかり思っていたら、違った。
ため息を吐き出すと、すぐ後ろ、さっきまで村時さんがいたあたりへと手を伸ばし、何かを掴んだ。
でも何を?
その疑問はすぐに解決する。
何もない空間から、突然、村時さんが現れたのだ。その首根っこをホリエスさんが掴んでいた。
姿が消えるところは何度も見ていたが、現れるところを見たのは初めてだった。
「え、え、どういうこと? 村時さんは消えたんじゃなかったのか……?」
考えるより先に吐き出された俺の疑問に、ホリエスさんが応えてくれる。
「消えたように見えていただけで、本当に消えたわけではない。認識をズラしていた」
「そんなことができるのか」
「できる。なぜなら、沙里緒は勇者だから」
「な、なるほど」
と納得する一方、『勇者だから』という言葉が意外と便利に使われているような気も少しだけした。
とはいえ、すごいことはすごい。
普通の人間には『認識をずらす』なんて真似はできないのだから。
ホリエスさんが言った。
「実は今までこうやって認識をズラすことで、沙里緒はあなたを見守ってきた」
それに真っ先に反応したのは村時さんだった。
怒ったような顔でホリエスさんを睨みつける。
「ちょ、ホリエス! どうして言っちゃうんですか!」
「どうして? 沙里緒が言わないから」
「な、なるほどです……じゃありません!」
おお、ノリツッコミだ、などと思っている俺の前で、村時さんが怒りをホリエスさんにぶつけている。
だが、村時さんがどれだけ怒っても、ホリエスさんは涼しげな眼差しを崩すことなく、どこ吹く風といった感じだった。
平坦な声で言う。
「今日だって、そうやって見守ろうとしていた。でも、沙里緒が彼を見守ることはバレている。それなら、堂々とそばにいて、護ればいい」
「そんなの恥ずかしすぎます!」
一瞬、俺を護ることはそんなに恥ずかしいことなのか!? なんて思ってしまったが、すぐにそうじゃないことに気がつく。
ホリエスさんは言っていたじゃないか。
村時さんは〝とっても〟恥ずかしがり屋だと。
しかし、意外だった。
村時さんが恥ずかしがり屋であることもそうだが、こんなふうに感情をあらわにしている村時さんを、俺は初めて見る。
俺の知っている村時さんは凛とした人で、授業中、いきなり教師に答えるように指名されても、クールに答えていたのだ。
新鮮だったし、こういう彼女も魅力的だと思った。
と、俺がそんなことを思っている間に、ふたりの会話は続いていた。
ホリエスさんが言った。
「そう。なら、もう止めない」
その言葉に、ほっと村時さんが胸をなで下ろす。
「よかったぁ」
「でも」
「でも、何ですか?」
「姿を隠して見守るのは、変態っぽい」
「へ、変態……!?」
ホリエスさんの指摘に村時さんが衝撃を受ける。
どれぐらい愕然としていただろう。
我を取り戻すと、村時さんは叫んだ。
「へへへへ変態って何ですか!? そんなことありません!」
「おはようからおはようまで、二十四時間、見守っていても?」
「だ、大丈夫です! トイレとかお風呂は覗いていませんし、それにほら、着替え! 着替えも見ていませんから!」
村時さんがそう言うのを聞いて、確かに、そういう時は、視線を感じなかったことを思い出す。
でも、逆に、それ以外はずっと見られていたということになるんだよな、村時さんに。
よく考えれば……いや、よく考えなくても、それってすごいことなのでは?
変なことしなくてよかった! 具体的には思春期男子として当然の生理現象的なアレとかソレとかコレとか!
俺がほっとしていると、ホリエスさんが声をかけてきた。
「あなたはどう思う?」
「え、俺?」
ここで俺に振る!? みたいな感じでホリエスさんを見るが、ホリエスさんはそんな俺の意図をまったく読み取ることなく、こくりと頷いてみせた。
この人、鬼だ……!
村時さんが涙目を向けてくる。
そんな村時さんもかわいい――じゃなくて。
その期待にできることなら応えたいと思いつつも、嘘はつけなかった。
「……お、俺もそう思う。かな」
「そそそそそそんな!?」
衝撃を受ける村時さん。
その肩をホリエスさんが叩く。
「だから、姿を現して、堂々と見守ればいい。それなら変態っぽくない」
「本当ですか!?」
「もちろん」
ホリエスさんに頷かれ、村時さんが何やら考えるような表情をする。
やがて、グッと唇を噛みしめると、
「わ、わかりました! とっても恥ずかしいですが、わたし、が、がんばります!」
「がんばれ」
ホリエスさんに応援され、「は、はひっ!」と噛み噛みで返事をしている村時さんは、教室にいて凛としている村時さんとは別人にしか思えなくて、でも、そんな村時さんの方が親近感が湧くというか、何だか微笑ましい気持ちになってくる。
応援したくなるというか。
だから、気がつけば俺は言っていた。
「じゃ、じゃあ、一緒に、行こう、か?」
「は、はひっ!」
やっぱり村時さんの返事は噛み噛みだった。
ホリエスさんに見送られ、俺たちは並んで歩き出す。
そうやってしばらく歩いてから、ふと思った。
姿が見えていても、やっていることが同じなら、変態っぽいのでは?
けど、俺はそれを口にすることができなかった。
いや、できるわけがないのだ。
隣で、顔を超真っ赤にして、今にも逃げ出したいのにそれでも逃げずに一生懸命がんばっている村時さんを見たら。
手と足が一緒に出ている村時さんを見たら。
黙って隣を歩くことしか、できないのだ。
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