05*俺はホリエスさんの言葉を反芻した。
俺はホリエスさんの言葉を反芻した。
ええと、なんだったか。
村時さんはとても恥ずかしがり屋さん、だったか。
「つまり」
「あなたが触れたから、沙里緒はこんなふうになってしまった」
そういうことになるのだろう。
納得、納得――じゃない。
「ちょ、ちょっと待てください」
「何?」
「それはおかしい」
ホリエスさんが首を傾げる。
「俺は村時さんに助けられました。お姫様抱っこで。それなのに、俺が触れたからこんなふうになった? おかしいじゃないですか」
触れただけでこんなふうになるなら、お姫様抱っこされた時はもっとすごいことになっていなければいけないのでは?
俺の指摘に、ホリエスさんは言った。
「それなら簡単。理由はそれどころではなかったから」
「それどころじゃない?」
ホリエスさんが頷き、俺のことをジッと見た。
「あなたに生命の危機が迫っていた。そんなあなたを助けることに必死で、それどころじゃなかった」
「俺のため……?」
「そう。……でも、あなたを助けたのは、あれだけじゃない。あなたはそう思っていないようだが」
「どういうことですか?」
「あなたは自分の身の回りに起こっていた出来事を恐れていた」
何だ、それは。俺の身の回りに起こっていたことで、恐れていたこと?
考える。
いや、考えるまでもなかった。
思い当たる節はひとつしかない。
「怪現象!」
「そう。それはすべて沙里緒によるもの」
わかっていても、驚きを隠せない。
俺を助けてくれた子が、俺に怪現象を起こしていた?
わけがわからない。どうしてそんなことを。
「まさか、俺を驚かせるため?」
「違う。よく考えて欲しい。どういう時にあなたの言う怪現象が起こっていたのかを」
ホリエスさんに促され、俺は腕を組み、目を閉じて、思い出してみる。
怪現象が起こった時か。
「そこには共通点があるはず」
そう言われて、すぐにわかった。
「俺のピンチを助けてくれてた……?」
俺が階段から落ちそうになった時、二度寝してしまって遅刻しそうになった時、宿題を忘れてきてしまった時、他にもあれやこれや。
全部、俺のうっかりミスが招いたピンチの時ばかり。
俺が見つめる先、ホリエスさんが静かに頷いた。
ならば、怪現象は俺が勝手に怖がっていただけで、本当は全然そんなものじゃなくて。
「で、でも、そんなこと、どうやって!?」
普通に考えたら、そんなことできるはずがない。
「思い出して。沙里緒の言葉を」
「村時さんの言葉?」
「昨日言ったはず。沙里緒は自分のことを勇者だと」
確かに言っていた。
自分は通りすがりのただの勇者だと。
まさかのドヤ顔まで披露して。
「つまり、村時さんは本当に勇者ってこと?」
「そう」
頷かれてしまった。
まさか、本当に村時さんは勇者だったなんて。
それは衝撃の事実であるはずなのに、俺は大して驚かなかった。
むしろ納得すらしていた。
ダンプカーにはね飛ばされそうになった時、村時さんは俺をお姫様抱っこして、空を駆け抜けた。
一度ではなく、二度も。
それにホリエスさん。
あり得ない登場の仕方をして、自分のことを聖剣だと言った。
勇者の武器であると。
だから、むしろ、そうだったのだ、と妙な納得をした。
ホリエスさんは、村時さんが勇者の血を引く一族の末裔で、その力は『伝説の勇者』と呼ばれている初代にも負けずとも劣らないことから、伝説の勇者の再来とまで呼ばれていることを俺に語って聞かせた。
さらに、
「その勇者の力を使って、沙里緒はあなたのことを護っていた。おはようからおはようまで」
「そうだったのか……って、おはようからおはようまで!?」
「そう。あなたがあまりにもうっかりだから。沙里緒がずっと見守らなければいけなかった」
「それは……申し訳ありませんでした」
頭を下げる。
だが、村時さんが勇者であることがわかっても、まだ解消されない謎が残っていた。
いや、その謎が一番大きいかもしれない。
俺は真っ直ぐにホリエスさんを見た。
「わからないことがあります」
「わからないこと?」
「どうして俺を助けてくれるんですか? まさか、実は俺が世界の命運を握っているとか、そんなことだったりするんですか?」
勇者が助けるのだ。
それ相応の理由があるはずだ。
しかし、自分がそんなすごい存在だったとは思いも寄らなかった。
「違う」
「ああ、やっぱり違いますか――って違う!?」
「あなたはどこにでもいる一般人。勇者が全力で護らなければいけない存在では決してない」
自分で言いだしておいて何だが、わかっていたことではある。
だから落ち込んでなどいない。……がくり。
「でも」
ホリエスさんの話には続きがあった。
「沙里緒は勇者である前に、ひとりの女の子。ひとりの女の子である沙里緒にとって、あなたは一般人ではなかった。全力で護りたい存在だった」
「どうして?」
「それは」
「それは?」
だが、ホリエスさんの口から、最後まで語られることはなかった。
なぜなら、うずくまっていた村時さんが復活して、ホリエスさんの口を塞いだからだ。
「それ以上は言っちゃ駄目です! わたしが合川くんのことが好きだって言うのは、もっとちゃんとした場所で、きちんと伝えるって決めてるんですから! わかりましたか!?」
ホリエスさんがこくこくと頷くと、村時さんはほっとした表情をした。
そんな村時さんをホリエスさんはやさしげな眼差しでしばらく見つめていたが、やがてぽむぽむとその肩を叩いた。
「沙里緒、ひとついいか?」
「何ですか、ホリエス」
「言っている」
「え?」
「今、彼のことが好きだって言っている」
言われて、村時さんが、ハッ!? とする。
慌ててこちらを見た。
俺がどういう顔をすればいいか考えている間に、村時さんが今にも泣き出しそうな顔をした。
そんな顔もかわいい――じゃなくて。
「だ、大丈夫! 聞かなかったことにしておくから!」
なんてことを口走った俺も、相当テンパっていたのだろう。
だが、そんなものは村時さんに比べれば、まだまだ甘かった。
村時さんはさっき以上に顔を真っ赤にして、
「ふ」
「ふ?」
「ふにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」
と、謎の言葉を残して、忽然と姿を消したのだった。
そうやって村時さんがいきなりいなくなるのはこれで二回目だったので、それほど驚きはしなかった。
というのは、本当は違う。
それ以上に驚くべきことがあって、そんなことなんかどうでもよくなっていたのだ。
頭の中が真っ白になって、何も考えられなくて、ぼーっとしていると、ホリエスさんの平坦な声が聞こえてきた。
「沙里緒がどうしてあなたのことを護るのか、わかった?」
「え、えっと、その、俺のことが、す、すすすすす好き、だから?」
この時は、まだ、俺の聞き間違いだったという可能性も残っていた。
けど。
「そう」
ホリエスさんに肯定されて、その可能性は完全になくなる。
俺はさっきよりも激しく混乱する。
ホリエスさんが言った。
「それじゃあ」
「え、あ、ああ、うん。それじゃあ」
ホリエスさんも姿を消した。
混乱したままだった俺はそれを呆然と見送ったわけだけど、すぐに思った。
「駄目じゃん!」
だって、ひとり取り残されたら、俺はここから自力で脱出することができない。
というわけで、俺はまた警備員さんに助けてもらい、あたたかい言葉をかけてもらいました……。
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