04*放課後。商店街食べ歩きツアーにいくという真耶を見送った俺は、
放課後。
商店街食べ歩きツアーにいくという真耶を見送った俺は、ひとり、家路についていた。
いつもなら思い出の女の子を捜すため、町に繰り出しているところだが、今日はそんな気になれない。
通い慣れた通学路を歩きながら考えていたのは、村時さんのことだった。
あの時、トイレに入る村時さんを間違いなく見た。
けど、何度、真耶に確認してもらっても、中に村時さんはいなかった。
その後も休み時間になる度に声をかけようとしたものの、村時さんはいつの間にか姿を消していて、だというのに授業が始まるといつの間にか戻ってきていたのだ。
ついさっきもそうだ。
放課後になったと思ったら、もうすでにその姿はどこにも見つけられなかった。
結局、お礼も言えず、確認もできていない。
昨日のことを思い返す。
あれは村時さんじゃなかったのか?
村時さんと俺には接点と呼べるものがクラスメイトという以外、何もない。
ならば、見間違いだったという可能性も考えられるのではないか?
実際、本人も否定していたではないか。
ならば、俺の勘違いだったのだ。
……いや、それはない。
あれだけの美人を、他の誰かと見間違うなんて考えられない。
あれは間違いなく村時さんだった。
だから、俺を助けてくれたのは村時さんなのだ。
今日はできなかったけど、明日こそ、ちゃんと声をかけよう。
と、そう決めた時だった。
けたたましい音が鳴り響いた。
俺はつい最近、これとよく似た音を聞いたことを思い出す。
ええと、何だったか。
「ああ、そうだそうだ。ダンプカーのクラクションだ」
では、正解を見てみよう。
というわけで、音のした方を見る俺。
「おお、大正解じゃないか!」
やったぜ! などと喜んでいる場合ではない。
ダンプカーがものすごい勢いで、俺に向かって突っ込んできていた。
どうやら昨日に引き続き、気づかないうちに、赤信号の横断歩道を渡ってしまっていたらしい。
相変わらずうっかりな俺である。
しかも、ダンプカーを運転している人の顔にも見覚えがあるような気がする。
と思っていたら、向こうも同じ思いだったようで、あ! みたいな顔をしていた。
なので、
「どうも、昨日ぶりです」
なんて言ってみたりしたら、運転手も似たようなことを言ったみたいだった。
俺は口パクからそれを推測する。
だから、つい、調子に乗って、会話なんてものを始めてみたりしてしまった。
「こんな奇遇もあるものなんですね」
次の言葉は、聞こえない運転手の言葉を口パクから、おそらくこんな感じのことを言っているのではないか? と推測した台詞である。
『本当だね。いやはや、偶然ってすごいよね』
「そうですね。あっはっはっはっ」
『そうだよね。わっはっはっはっ』
「『って笑っている場合じゃない……!』」
早く逃げなくては!
だが、何もかも遅かった。
ダンプカーは俺の体に一秒もしなうちに接触し、俺を盛大にはね飛ばすだろう。
俺はゆっくりと瞼を閉じた。
昨日も見た走馬灯が俺の脳裏を過ぎり、二度目ともなると新鮮味もないな、アハハハ……なんてことを、現実逃避的に思った瞬間、俺の体は持ち上げられた。
それは俺が想像していたような衝撃じゃない。
やさしくて、ふわっとしていて、しかも甘い匂いがするのだ。
どうなっているのか、確認する必要がある。
俺は恐る恐る瞼を開け、驚愕した。
いや、そんなことはない。
はね飛ばされなかった時点で、こうなることは何となく予想できていたのだ。
すぐそこに、息を呑むほどの美貌があった。
今日、あれだけ話したかった人物。
クラスメイトの村時さんだった。
●
村時さんは昨日のように光の紋様を足場にして、空を走っていく。
そして、やっぱり、同じビルの上で俺を解放してくれた。
が、助かった安堵で胸をなで下ろす余裕を、彼女は俺に与えてくれなかった。
「大丈夫ですか!? どこか怪我とかしていませんか!?」
思わず仰け反ってしまうほど、ものすごい勢いで尋ねてくる。
俺が呆気にとられて何も言えないでいると、
「怪我したんですね!? どこですか、見せてください!」
彼女はさらにものすごい勢いで俺に迫ってきた。
「あ、いや、違うよ! 大丈夫! 怪我はしてない!」
「本当ですか!?」
ガクガクと頷いてみせると、村時さんは、
「よかったぁ……」
と、ふにゃっ、と表情をやわらかくした。
昨日も思ったけど、こういう顔をしている村時さんはかわいかった。
けど、俺が見ていることに気づくと、彼女は、キリッ、とした凛々しい表情を取り戻してしまった。
残念。
なんて、そんなことを思っていられたのはそこまでだった。
村時さんが目つきを鋭くして、怒り始めたのだ。
「昨日もそうですけど、合川くん、うっかりしすぎです! もっとしっかりしてください!」
あれ? 今、村時さん、俺のこと、名前で呼んだような……。
「わたしの話、聞いていますか!?」
「は、はい! 聞いてます!」
「だったら、ちゃんと返事をしてください!」
「ごめんなさい」
「声が小さいです!」
「ごめんなさい!」
よくできましたという感じで、村時さんが頷く。
それから俺は、横断歩道を渡る時は信号をきちんと見ること。
車が来ていないか、右を見て、左を見て、もう一度右を確認することなどを注意された。
幼稚園児じゃないんだからと思いつつも、返事をしないと、
「返事は!?」
と怒られるので、きびきびと返事をした。
それは例えばこんな感じ。
「ちゃんと反省しましたか?」
「もちろんであります、サー!」
彼女は「サー?」と首を傾げていたが、俺が心から反省していることをわかってくれたのだろう。
、最終的にはやさしげな声音で、
「本当に気をつけてくださいね」
と言い残し、それじゃあ、と立ち去る。
俺はそんな村時さんを笑顔で送り出し――って送り出してどうする。
あれだけ話したかった相手と、ようやく話す機会を得たというのに、このチャンスを逃すのか?
俺に背中を向けた彼女の手を掴む。
「ちょっと待って! 話が――」
あるんだけど、と言うつもりが、最後まで言えなかった。
なぜか?
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!」
彼女がものすごい勢いで悲鳴を上げたのだ。
「きゃあああああ! きゃあああああああああああ! きゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
悲鳴が続き、俺は慌てて手を放した。
すると、村時さんはその場にうずくまり、丸まってしまった。
見れば、うなじが超真っ赤になっている。
いや、うなじだけじゃない。
耳をはじめ、露出している肌という肌、全部だ。
それこそ、今にも湯気でも噴き出すんじゃないか、なんて思っていたら――。
ぼしゅん!!
本当に噴き出した!?
目の錯覚……だよな? うん、そうに決まっている。
普通の人間は頭から湯気を噴き出したりしないはずだ。
というか、今の俺には、そんなことより、気になることがあった。
村時さんのリアクションだ。
傍目には俺がまるでとんでもないことをしでかしてしまったように見えるかもしれないが、俺は彼女の手を掴んだだけだ。
いったい彼女はどうしてしまったのか。
村時さんに説明を求めようにも、この様子だと無理っぽい。
ううむ、どうすればいいんだ?
困り果てていた時だった。
村時さんの耳元が輝き始めたことに気がついた。
そこに剣の形をしたピアスがあったことを思い出している間に、輝きは俺の目の前で人の形になっていった。
そうやって現れたのは二十歳くらいの美女だった。
身長は俺と同じくらいなのだが、とにかくスタイルがすごかった。
胸とか、腰のくびれとか。
見るつもりがなくても、視線が自然と吸い寄せられてしまう感じなのである。
そこから無理矢理視線を引き剥がし、俺は美女の顔を見る。
切れ長の鋭い眼差しや、薄い唇など、鋭利な刃を連想させた。
この美女はいったい何なんだ?
驚きつつも、頭の中のどこか冷静な部分でそんなことを考えていると、その美女が口を開いた。
見た目を裏切らない、鋭さを感じさせる声だった。
「自分はホリエス。沙里緒の聖剣」
「あ、ああ、どうもはじめまして――って聖剣!? 勇者の武器だったり、伝説になったりしている、あの聖剣?」
冗談であることを確認するために問いかけたのに、美女――ホリエスさんはあっさり頷いてしまった。
「そう。その認識で間違っていない」
ホリエスさんの声音は平坦なものだったが真剣そのもので、眼差しも同じだ。
そして俺にはホリエスさんが嘘を吐いているようには見えなかった。
けど、聖剣だって? はいそうですかなどと、素直にうなずけるはずがなかった。
彼女はどこからどう見ても人にしか見えない。
しかし、登場の仕方は人ではあり得ず、つまり、……そういうことなのか?
追いつかない現実を前に、頭が爆発しそうだ。
この場にいる第三者、つまり、村時さんに説明を求めようにも、村時さんはまだ「あわわわ、はわわわ」となっていて、まともに話ができる状態ではない。
早く元に戻って欲しくて村時さんを見ていると、ホリエスさんが言った。
「沙里緒の身に何が起こっているのか、気になるのか」
ならないと言えば嘘になる。
だから、うなずいた。
「実は……」
と、言葉を区切るホリエスさん。
もったいつけているとは思えない。
ならば、とんでもない秘密が打ち明けられるというのだろうか。
そう思うと、何だか緊張してきた。
ホリエスさんが口を開く。
「沙里緒はとても恥ずかしがり屋さん」
「は? ……はっ!?」
ホリエスさんはいったい何を言ったのか。
「あ、間違えた」
そうか。
やはり、俺の聞き間違いだったのか。
「〝とても〟が抜けていた」
どうでもいい間違いだった!
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