03*休み時間になったら、俺は


 休み時間になったら、俺は村時さんに声をかけようと思っていた。


 昨日のことを確認して、改めてお礼を言うつもりだったからだ。


 だが、俺のそんなささやかな願いは叶わなかった。


 なぜか?


 至極簡単な理由だ。


 村時さんがいなかったのだ。


 授業が終わり、教科書やらノートやらを片づけ、さあ声をかけるぞと思って村時さんの席を見た時にはもう、そこはもぬけの殻だったのである。


 休み時間をどう過ごそうと彼女の自由だ。


 残念だと思いつつも、俺は隣の席で真耶がクリームパンをうまそうに頬ばるのを何とはなしに眺めながら、村時さんが帰ってくるのをひたすら待っていた。


 が、村時さんは帰ってこない。


 一分が過ぎ、二分が過ぎ、休み時間の終了を告げるチャイムが鳴ってもだ。


 どういうことだと思っている間に、教師がやって来て、次の授業が始まってしまった。


 気になって横目で見れば、村時さんは自分の席にいて、ちゃんと授業を受けていた。


 あまりにも驚いたせいで「マジで!?」と大声を出してしまい、教師に怒られることになった。


 ならば、次の休み時間こそ、話しかけようと思った。


 さっきは教科書やノートを片づけていたのが間違っていたのだ。


 授業終了と同時に声をかけよう。


 けど、それでも駄目だった。


 俺がものすごい勢いで振り返った時、後ろの席の田辺くんがものすごい勢いでギョッとした。


 じゃなくて。


 やはり、村時さんはいなくなっていた。


 当たり前のようにその次の休み時間も村時さんは席にいなくて、俺は机にうなだれた。


 心配する真耶に大丈夫だと言いながら、考えた。


 このまま、席に座って待っているだけでいいのか?


 答えは否。


 断じて否である。


 いないなら、探せばいいのさ、村時さんを(字余り)。


 だから、俺は村時さんを探すことにした。


 けど、すぐに問題にぶち当たる。


 村時さんはどこにいるのか?


 そもそも、俺は村時さんと親しくない。


 声を交わしたのも、昨日が初めてだ。


 なので、休み時間の度に村時さんが訪れる場所に、まったく見当がつかないのである。


 だが、諦めるつもりはなかった。


 砂漠に落とした砂金を拾うわけじゃない。


 広くない校内、探し回れば見つけられるはずだ。


 ……なんて。


 そう思っていた時期が俺にもありました。


 結論から言うと、俺は村時さんを見つけることはできなかった。


 あと、校舎は意外と広かった。


 謹んで前言を撤回させて欲しい。


 しかも最悪なことに、怪現象にも襲われた。


 いつか授業中に聞こえたボイスチェンジャーを使ったような声が、俺の耳元で何かを囁きかけてきたのだ。


 何を言ってるか考える前に俺は恐怖に襲われ、逃げ出した。


 が、声はどこまで行っても俺についてきて、そうこうしているうちにチャイムが鳴って、俺は授業に遅れた。


 教師に怒られ、どうして遅れたのか理由を聞かれた俺は、正直に告げた。


「不気味な声が聞こえたんです」


 なのにどういうことだろう。


 保健室に行って、カウンセリングを受けるように勧められたのは。


 そんなこんながあって、昼休み。


 俺が立ち上がると同時に、真耶が声をかけてくる。


「また村時さん?」


 そのとおりだったので、頷く。


「なら、もう遅いみたいだよ?」


 真耶の言葉に促されるように村時さんの席を見てみれば、確かに彼女の姿はすでになかった。


 くっ、また間に合わなかったのか……!


 いや、まだだ。


 諦めるのはまだ早い! 昼休みは長く、今までの休み時間とは違うのである!


「俺は諦めないッ! 絶対に村時さんを見つけ出して、話しかけてやるんだああああ!」


「……なんだろうね。言ってることはそれほど変じゃないのに、変態っぽく感じるのは」


「ひどい言いぐさだ。そんなわけ……あるな!!」


 衝撃を受ける俺だった。


「とりあえず合川くん、熱くなりすぎ。お昼はお昼ご飯を食べるべきだと、あたしは思うな」


 真耶がそう言った途端、俺の腹がぐるぎゅるるるるーとかわいくもない音を立てた。


「……なるほど。真耶の言うことにも一理あるな」


「素直じゃないなー」


 ほっとけ。


「一緒に食べる? ちなみにあたしは食堂で食べるつもりなんだけど」


「了解だ」


 ということで、一緒に食堂へ。


 昼食は弁当を持参して、教室か屋上、あるいは中庭などで食べることもできるし、今向かっている学校に併設されている食堂でとることもできる。


「ふっふーん、今日の日替わりランチは何かな~♪」


 休み時間の度に何かしら食べているというのに、この食欲。


 いったいこの細い体のどこに入るのだろう。


 呆れた苦笑を漏らして、さて俺は何を食べるかと考えた時だった。


 視界の片隅に、気になる人影が映り込んだ。


 村時さんである。


 廊下の角を曲がり、すぐにその姿が見えなくなる。


「あ、ちょっと、合川くん!? どこに行くのさ!」


 気がついた時にはすでに俺は走り出していて、呼び止める真耶の声は背中で聞いていた。


 昼休みの混雑した廊下は生徒で溢れかえっており、俺はぶつかっては「ごめん!」と謝りながら、それでも村時さんを追いかけることをやめなかった。


 程なくして、村時さんがドアを開けてある部屋の中に入るのが見えた。


 俺はその部屋の前で立ち止まる。


 この中に村時さんがいる。


 村時さんと対面したら、まずお礼を言うつもりだった。


 いや、待てよ。


 それより、昨日、俺を助けてくれたのは村時さんであることを確かめるのが先かもしれない。


 何にしても、まずは村時さんと対面しなければ始まらない。


 俺は何度も深呼吸をすると、ドアノブに手を伸ばした。


 止められた。


「何をするつもり?」


 止めたのは真耶だった。


「もしかしてこの中に入るの?」


 真耶のこんなにも冷たい声を、俺は初めて聞いた。


 もしかして……いや、もしかしなくても、一緒に昼食を食べると言ったのに、置いてきてしまったことを怒っているのだろう。


 それは謝らなければいけない。


 けど、俺は村時さんと話すチャンスを逃したくなかった。


 だから、力強く頷いた。


「ああ、そのつもりだ!」


「合川くんが本物の変態になりたいなんて知らなかったよ!」


「は!? どうしたらそうなるんだよ!」


「なるに決まってるでしょ! 合川くん、自分がどこに入ろうとしていたのか、言ってみて!」


 言われて、改めて目の前の部屋を見る。


 どこって、


「……女子トイレ、ですね」


「変態!」


 正解! じゃなかった。


「ちちちち違う! 村時さんがこの中に入るのが見えたから、それで……!」


「全然、弁明になってないんだけど……」


 そうか? 村時さんがトイレに入るのが見えた。


 だから俺は女子トイレに入ろうとした。


 ……うん、確かに何の弁明にもなっていない。


 むしろ積極的に自分が変態であると宣言しているようなものである。


 けど、違うのだ。


 本当に俺は村時さんと話がしたいだけなのだ。


 そのことを繰り返し告げると、真耶は何とか納得してくれた。


「これからは半径十メートル以内に近づかないでね?」


 納得してくれたと思いたい!


 とりあえず、女子トイレから村時さんが出てくるのを待つことにする。


 もちろん俺は変態ではないので、離れることを忘れない。


 先に食堂に行っていてもよかったのだが、真耶も待ってくれるようだ。


 俺の隣になっていた(半径十メートル以内)。


 だが、どれだけ待っても、村時さんは出てこない。


 真耶が言う。


「ねえ、合川くんの見間違いだったんじゃない?」


「いや、それはない」


 と思う。


 思うのだが、なかなか出てこないと、そういう気持ちになってくる。


 そこで俺は閃いた。


「真耶、折り入って頼みがある。中に入って、確かめてきてくれないか?」


「変態の片棒を担げと?」


「違う!」


 というか、真耶は女子なので、変態にはならない。


「いいよ。ちょっと待ってて」


 というわけで、中に入った真耶が出てくるのを待った。


 真耶はすぐに出てきた。


 村時さんがいたかどうか尋ねる前に、その顔色の悪さが気になった。


 どうしたのか尋ねると、真耶は言った。


「ねえ、合川くん、本当に村時さんが入るのを見たの?」


「あ、ああ、見たけど……どうしたんだ?」


「中、誰もいないよ?」


「え?」


 全身の肌が粟立った。

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