第13話 グーゼル商区

 プシューッと蒸気が抜ける音と共に、地響きのようなガウン、ガウンという音がする。それをリズミカルに繰り返しながら、目の前を屋台が動いていく。屋台は一定時間が経つ度に、左から右へと流れていく。屋台は通りのずっと向こうまで無数に並んでいて、それらは巨大なベルトコンベアに乗っている。ベルトコンベアの下で歯車がギシン、ギシンと軋んだ音を立てている。

 ベルトコンベアに乗せられた屋台は大通りの外れまで流されていくと、ぐるっと回って、今度は裏通りを流れていく。大通りの反対側も同じようになっている。買い物客は屋台が流れていくのに合わせて歩いていったり、お目当ての屋台が流れてくるのを立ち止まって待っていたりする。

 屋台では様々な物が売られている。おいしそうな食べ物や飲み物、服や雑貨など、見ているだけでも楽しい気分になる。所々に蒸気機関の煙突が立っていて、灰色の煙を吐いている。

 こんなふうに動くマーケットはクライン王国でもここくらいらしい。何故こんな仕組みになっているのかジェミヤンに聞いたら、以前、このグーゼル商区のマーケットでは、客が来やすい一等地を巡って、屋台同士が激しい抗争を十年間も繰り広げていたからだそうだ。

 特に、肉を売る屋台同士の争いは酷く、一等地に店を出した肉屋に腐った肉を投げつけたり、敵対する肉屋の前で豚の喪式を始めたり、考えられる限りの嫌がらせをお互いにやり合っていた。人はそれを、肉を肉で洗う屋台十年戦争と呼んだそうだ。

 ある時、業を煮やした大商人ドロフェイが、すべての屋台をベルトコンベアに乗せてしまう事を思いついた。それ以来、屋台同士の抗争はピタリと止んだという。


 昨夜はジェミヤンの家に泊めてもらい、僕はアンナとジェミヤンの三人で、朝一番の蒸気機関車に乗ってクライン王国最大のマーケットを擁するグーゼル商区にやってきていた。シモンおじさんが駅のホームまで見送りに来たので、アンナは渋々切符を買い、僕たちは貨車に忍び込まずに客車に乗る事ができた。

 ジェミヤンは布製の鞄をたすき掛けにしている。鞄の中には大切なコルネーエフ文書が入っている。コルネーエフ文書には、花の羊が吸い込まれたままだ。

 僕たちは騎士の娘アリフィヤを探すため、騎士の町ライサを目指していた。騎士団は王宮にも常駐しているが、騎士の一族が住んでいるのは、王宮がある王都ラビナから少し離れた場所にある騎士の町ライサだ。ライサはグーゼル商区と隣り合っていて、駅から行く時は、グーゼル商区を通る事になる。

 ライサは広大な土地を丸ごと高いフェンスで囲っている。その中には騎士団の飛行船や飛行機が発着するライサ飛行場もある。騎士の町ライサは騎士の居住区であると同時に、この国の重要な軍事基地でもある。空を見上げると、何隻もの軍用蒸気飛行船がライサに向かって飛んでいた。

「船団がライサに集結してるみたいだ」

 ジェミヤンが言うように、飛行船は皆、ライサに向かって飛んでいる。いつもとは違う物々しさが、夏の朝の空にあった。でもその雰囲気はグーゼル商区でも垣間見えた。

 マーケットには何人もの騎士たちの姿があった。騎士たちはモスグリーンの制服を着ていて、腰に剣を、そして背中に長銃を担いでいる。

 騎士の一族はギンツブルク家を中心にした三つの家系から成っている。ユーリの父、騎士団長イサーク・ギンツブルグが数多くの志願兵による軍隊をまとめている。それがクライン王国の騎士団だ。


「よお、よお、坊っちゃん、嬢ちゃん。あめぇの好きか? チャクチャク買わねえか? ――っと、とっと」

 通りを歩いていた僕たちにそう声をかけてきたのは、少しガラの悪そうな屋台の店主だった。しかし、ちょうどベルトコンベアが動いてしまったものだから、店主はバランスを崩してよろけてしまった。

「ああ、ちくしょう。一個落としちまったじゃねえか。おめえらがすぐに買わねえからだぞ」

 僕たちは何故か店主が落としたチャクチャクの責任を押しつけられた。僕とアンナは気にも留めずに歩を進めようとしたが、ジェミヤンは立ち止まってその屋台を見ていた。

「何やってんだ。行くよ」

 アンナはそう言って、通りの先を指差した。

「うん、そうなんたけどさ」

 ジェミヤンのその言葉に、僕とアンナは顔を見合わせた。アンナはビーズがついた細い三つ編みの髪を揺らして、ニコリと笑った。

 僕たちは店主にお金を渡し、チャクチャクを受け取った。「また買いに来いよ。――っと、とっと」とさっきのようにバランスを崩して、手に持っていたチャクチャクを宙に投げてしまったが、今度はうまくキャッチした。ベルトコンベアの歯車が、ギシン、ギシンと音を立てた。

 チャクチャクは、パン生地を小さく丸めて、油で揚げたお菓子だ。香ばしい匂いと、上からかけられた蜂蜜の甘い匂いが何ともたまらない。パクッと半分かじると、混ぜ込まれたヘーゼルナッツの少し硬めのカリッとした食感が、僕の触覚を楽しませる。少々の油っこさもご愛嬌だ。僕は残りの半分を口に投げ込んだ。


「あれ? あいつは――」

 グーゼル商区の外れに来た頃、アンナがそう言って急に立ち止まった。アンナの視線の先に、図体の大きい少年がいた。真ん丸とした体型の彼は、屋台の店主に金を渡し、皿に山のように盛られたチャクチャクを受け取ったところだった。彼はうっとりとした笑みを浮かべ、チャクチャクを一つ手に取り、口の中に放り込んだ。

「おい、イグナート!」

 アンナが大きな声で彼に呼びかけた。振り向いた彼は、確かにユーリの取り巻きの一人、イグナートだった。急に呼ばれたイグナートは、思わず咽せてしまった。

「ん! んぐんぐ。お前ら、んぐんぐ、こんなとこで何してんだ。んぐ」

 イグナートはチャクチャクで膨らんだ頰を揺らしながら言った。

「そっちこそ何やってんだ」

 アンナの問いかけに、イグナートは口の中のチャクチャクをごくんと飲み込んで答えた。

「何って、ここは俺の父さんが仕切ってる場所だぜ。俺も時々見回りをしてるんだよ」

「ああ、そうか。グーゼル商区はドブロホトフ家が元締めだったね」

 というジェミヤンの言葉に被せるように、アンナが不敵な笑みを浮かべながら、乱暴に言い放った。

「見回りじゃなくて買い食いだろ? だからそんなに太ってんだよ」

「大きなお世話だ!」

 イグナートは真ん丸い頬をプルンプルンと震わせながら、手を振り上げてみせた。アンナはイグナートの憤りをよそにスタスタと歩き始めた。僕とジェミヤンは苦笑いしながらイグナートに手を振り、アンナの後を追った。

「おい、そっちはライサだぞ!」

 イグナートが僕たちに呼びかけた。

「ああ、知ってるよ。俺たちはライサに行くんだ」

 僕がそう答えると、イグナートは山盛りのチャクチャクが零れないように皿を押さえながら、小走りに駆け寄ってきた。

「ハア、ハア。知らないのか? 数日前からライサの門が閉じられてるんだ。お前たちは入れないぜ」

「え? 何で?」

 僕の問いかけに、イグナートは息を整えてから答えた。

「とんでもない事が起きるぜ。国中から騎士たちが集まってきてる」

「とんでもない事?」

「ああ、そうだ。俺の見立てじゃな、戦争が起きるんじゃないかって思うんだ」

「戦争だって!?」

「ああ。昨日、ヴェロニカがここに来たんだ。あいつのじいさんも一緒だった」

「司祭長ギルシュか」

 ジェミヤンが目を丸くした。

「ギルシュが騎士の町ライサに来るなんて、滅多にない事だ。てことは、聖地サンドラを奪還するために、いよいよシャマーラ王国と戦争を始めるのか!」

 ジェミヤンの言葉にアンナが続けた。

「聖地サンドラって、五百年前に追い出された場所でしょ。でも、ここだっていい場所なんだから、ここで暮らしていけばいいじゃない。そんなに聖地って大事なの?」

 すると、イグナートが物知り顔でアンナに言った。

「お前は何も知らないんだな。聖地奪還なんてただの大義名分なんだよ。国教会を取り仕切ってるレドフスカヤ家だって、本当は聖地サンドラなんてどうでもいいんだ。そもそもレドフスカヤ家が司祭を務めるようになったのは、ラビナが王都になってからだからな」

「じゃあ、何のために?」

「石炭だよ。シャマーラ王国では質のいい石炭が大量に採れるんだ。炭鉱の町ニーナなんて目じゃないぜ。うちの父さんもシャマーラの炭鉱を手に入れるために、国教会と騎士団に大金を援助してるんだ。あ、これは内緒だぜ」

 イグナートの言葉にジェミヤンが頷いた。

「空母リーディア号がそんな事のために使われるなんて」

「数日後には、最強の飛行機部隊ブラックイーグルを乗せて、空母リーディア号がライサに帰ってくるらしい。父さんの話だと、クラインの今の軍事力は、シャマーラよりもはるかに上らしいぜ」

 アンナが腕組みをして言った。

「つまり、大量の資源が欲しいから土地を奪うって事か。それよりも、ジェミヤンのように、石炭の液化とか、無公害化の研究を進めて、今ある資源を大切に使うようにすればいいのに」

「俺はシャマーラの炭鉱でドブロホトフ家が儲かるなら、戦争してもいいと思うけどね。景気が良くなって、皆がいい暮らしをできるようになるよ」

「何だと!」

 アンナがイグナートの胸ぐらをつかんだ。イグナートは皿に盛られているチャクチャクを慌てて押さえた。

「お前、そんな事のために人を殺してもいいって言うのか!」

「うわわ、離せよ。零れちゃうよ。そこまでは言ってないよ。大艦隊でシャマーラに攻め込めば、シャマーラ人は戦わずに土地を捨てて逃げてくかもしんないよ。それなら誰も死なないよ」

「でも、人の土地を奪ってもいいのか?」

「だって、元々はクライン人の土地だったんだよ」

 何を言っても言い返してくるイグナートに憤ったアンナは、乱暴に手を離し、そっぽを向いてしまった。

「まあ、そんな訳だからさ、一般人はライサには入れないんだよ。だいたいライサに何の用があるんだ。ユーリに会いに行くのか?」

 僕はジェミヤンと視線を交わしてからイグナートに言った。

「騎士の娘アリフィヤに会いに行くんだ」

「騎士の娘アリフィヤ? 聞いた事あるような、ないような」

「俺たちはアリフィヤがどんな人かも知らないし、どこにいるかも知らないんだ。知ってる事があったら教えてくれ」

「うーん……」

 考え込んでしまったイグナートにジェミヤンが言った。

「じゃあさ、ライサに入る抜け道を教えてよ」

「ああ、いいぜ。それなら知ってる」

 イグナートは事も無げに答えた。しかし、すぐに真剣な目で僕たちを見た。

「秘密は守れるか?」

 僕たちは大きく頷いた。


 グーゼル商区の大通りを真っすぐ進んだ僕たちは、騎士の町ライサの門に行き当たった。開放的な造りの門だが、見るからに重そうな鉄のバーが下ろされている。その前に長銃を手に持った数人の騎士が立ち、辺りに視線を送っている。

 門番の騎士の他に、明らかに騎士ではない男の姿もあった。その男は裾の長い黄色の着物を着ていて、帳面のような物を持っている。

 フェンスはずっと向こうからずっと向こうまで続いている。フェンスは金網でできているから、フェンス越しにライサの町を見る事ができる。石造りの家々が建ち並んでいる景色は他の町と変わりないように見えるが、どことなく、空気が違うように思える。それはモスグリーンの制服を着た騎士たちが整然と行進する姿が見えたせいだろうか。それとも、妙なくらいに綺麗に整備された町並みのせいだろうか。

 後ろから地鳴りが聞こえた。振り返ると大型の蒸気トラックが近づいてきていた。やがて、トラックは門を閉ざす鉄のバーの前で停まった。そしてすり切れたような排出音と共に水蒸気を吐き出した。運転手は窓から門番の騎士に何かを見せた。騎士が手を上げると、ゴウン、ゴウンという重たい音を響かせながら、鉄のバーが下がり、地面の中に消えた。蒸気トラックが敷地の中に入ると、鉄のバーが地面から出てきて、再び門を塞いだ。

「いつもだったら、昼間はバーは下がったままになっているんだ。不法な品物を持ち込もうとしてないか、荷物は検査されるけど、グーゼルとライサは誰でも自由に行き来できるんだ。でも今は、騎士団の連中か、許可を受けた者しかライサに入れない」

 イグナートがそう言う通り、正面から入る事はできなさそうだ。

「こっちだ」

 僕たちはイグナートの手招きに応じて歩き出した。イグナートはフェンス沿いの通りから一本入った路地に進んだ。建て込んでいるせいか、この路地は朝とは思えない薄暗さだ。イグナートは慣れた足取りで歩を進め、やがて一軒の家の前に着いた。

 そこは何の変哲もない家だった。イグナートは扉に取り付けられている金属製のドアノッカーを手でつかみ、コン、コンと叩いた。

 すると、扉の小窓が開き、ギョロリとした二つの目がこちらを見た。

「何だ、誰かと思ったら坊っちゃんですかい」

 二つの目はそう言うとすぐに引っ込んだ。ガチャリと音がして、扉が開かれた。扉を開けたのは、小太りの髭面の男だった。

「やあ、ボリスさん。通させてもらうよ」

「ええ、どうぞ、どうぞ」

 ボリスという男は笑顔を見せたが、強面のその顔は逆に恐しく見えた。

「学校の友達なんだ」

「そうですかい。どうぞ、どうぞ」

 僕たちはイグナートの後についてその家の中に入った。乱雑ではあるが、質素な家具が置かれた室内におかしな所はなかった。――と思ったが、ボリスが大きな本棚に手を掛けた時、僕たちはおかしな所に気がついた。彼は手にしていた鍵を本柵の横に差し込んだ。ガチャッと音がしたのを確かめると、ボリスは本棚を扉のようにこちら側に開けた。そこには下へと降りていく階段があった。

「騎士の町ライサへの入口だよ」

 イグナートはニヤッと笑ってそう言った。その笑みが少し不気味だったので、僕はイグナートを信用していいものかどうか、迷いがふと頭をもたげて、二の足を踏んだ。すると後ろからアンナが僕の背中を小突いた。どうやら僕たちに迷いは不要らしい。イグナートの背中を追って、僕たちは地下へと続く階段を降りていった。

 地下には薄暗いトンネルがあった。剥き出しの土の壁は角材で補強されている。トンネルの中は土の匂いが満ちている。地面にはレールが敷かれていて、ずっと奥まで続いている。レールの上にはトロッコが乗っている。これで何か荷物を運搬するようだ。トンネルには所々に電灯が取り付けられているが、時折り消えかかっていて、まるで蝋燭の灯りのようだ。揺らめく電灯の明かりに恐怖を感じたようで、ジェミヤンが僕の袖をつかみながら、独り言のように言った。

「こ、今度は火力発電の安定供給の研究をしようかな……」

 僕は振り向いてジェミヤンに言った。

「そしたらここも怖くなくなるな」

「い、いや、別に怖い訳じゃないけどさ」

 と言いながら、辺りをキョロキョロ見回した。逆にアンナはこういう場所が大好きなようで、目を輝かせている。僕はイグナートに尋ねた。

「このトンネルはライサに繋がってるのか?」

「ああ、そうだ。ドブロホトフ家の秘密のトンネルだ」

「何に使うんだ?」

「ライサに人は自由に行き来できるけど、物は自由には持ち込めないんだ。だけど、ライサには騎士団やその家族がたくさん住んでる。商品を買いたいっていう人がいる限り、それを売るのが商売人ってもんだろ?」

「それって違法じゃないのか?」

「俺にはよくわからねえけどさ、騎士の町ライサとグーゼル商区は、昔っから持ちつ持たれつやってきたんだよ。騎士団長イサークだって上客の一人だ。税官吏の一族が集めた税金から上前をはねてるらしいから、騎士たちも税金を取られるのは嫌なんだろうな」

 ライサの門にいた裾の長い黄色の着物を思い出した。あれは確か、税官吏の服だ。税官吏の一族の良くない噂を聞いた事はあるが、だからと言って税逃れをしている商人と騎士団もどうかと思う。ただこの状態で昔からやってきたという事は、取り敢えず、この社会はこれで成立しているという事か。

 レールの上を五分ほど歩くと、終点に着いた。そこは少し広くなっていて、木箱がいくつも積んであった。その横には上に続く階段があった。階段を上り、扉を開けると、グーゼル側と同じような部屋に出た。扉はやはり本棚にカモフラージュされていた。

 その部屋には一人の男がいた。椅子に腰掛けたままうたた寝をしていた所に突然扉が開いたものだから、びっくりして椅子から転げ落ちていた。

「な、なんだ。坊っちゃんか」

「居眠りしてたら駄目じゃないか。鍵も開いてたぞ。父さんに言いつけるぞ」

「いやいや、それはご勘弁を……」

 イグナートは僕たちに振り向いて、うやうやしい口調で言った。

「ようこそ、騎士の町ライサへ」

 どうやら僕たちはライサに入る事ができたようだ。

「じゃあ、俺はこれで帰るから」

 そう言って、さっさとトンネルに戻ろうとしたイグナートの腕をジェミヤンがつかんだ。

「え? ここまで来たんだから、アリフィヤを探すの手伝ってよ」

「そうは言ってもなあ。俺はアリフィヤなんてやっぱり知らないし。その子がどんなに可愛かったとしても、俺は用ないし。それに腹減ったから帰りたいんだよな」

「えー? 俺たち誰もライサに来た事ないから、イグナートが一緒にいてくれたほうがいいなあ」

「俺に道案内させる気か? やだよ。俺には関係ないし、腹減ったし」

 イグナートはジェミヤンの手を振り解き、トンネルの扉に向かった。だが、イグナートの足はその場で止まる事になる。

 本棚に化けている扉の横の壁にアンナがもたれ掛かっていた。彼女は鍵がついた輪っかを手に持ち、クルクルと回していた。そしてもう一方の手には、彼女の特製の万能鍵があった。それは僕を無賃乗車させた時に使った金属製の棒だ。

 アンナはイグナートから視線を逸らさずに、トンネルの見張りの男に声を掛けた。

「ねえ、おじさん。トンネルの鍵ってこれ一つだけ?」

「ん? ああ、そうだ」

 アンナはニヤリと笑った。そして、扉の隙間からトンネルの中に鍵を投げた。すかさず扉をバタンと閉め、金属の棒を差し込んだ。その棒についているダイヤルを回すと、カチカチと音がして、やがて止まった。アンナがダイヤルをロックして右に回すと、カチャという音がした。

「な、何するんだ!」

 イグナートは慌てて扉を開けようとしたが、鍵がしっかりと掛かっていて、開ける事はできなかった。

 アンナが抜き取った金属の棒は鍵の形に変形していた。アンナは涼しい顔でダイヤルを逆方向に回した。金属の棒はカチカチという音を立てながら元の棒の形に戻っていった。

「もう少し、私たちに付き合え」

 高圧的な言い方とは裏腹に、アンナはニコリと笑った。イグナートは「ちぇっ」と言って、渋々ながら僕たちと行動を共にする事にした。

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