第二六話 魔道都市妖宴(宴の終わり)
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現れた巨大な、赤黒い鬼。
『それ』は、その巨体に似つかわしい、大きな声で名乗った。
「俺の名は、臥竜」
恐ろしい声がとどろく。
「冷泉の首、貰いに来たぞ」
烈花様は、からからと笑った。
あたしの背中を、冷たいものが走る。
烈花様に、こんな笑い方ができるとは、今まで知らなかったことだ。
「あたしの名は烈花。返り討ちにして差し上げますよ? 逆にその首を頂いて、冷泉のお見舞いに使ってあげましょう。メロンの隣に飾ります」
臥竜は笑った。
「面白い女だ。お前が、噂に聞いていた『皆殺しの烈花』か。だいぶ想像とは違うなあ」
「そうですか? お前に想像されていたと思うだけで不愉快ですが、想像よりもだいぶ綺麗で、グラマーでしょう?」
今度は、笑わなかった。
冷たい声で言う。
「まったく、伊吹の人間は相変わらず気狂いだ。俺が犯し、食らってやった女も立派な気狂いだったぞ。俺の顔に唾を吐き、自ら舌を噛んで死んで行きやがった」
「過去に、そんな行方不明事件もありましたね」
太刀を抜き、あたしに鞘を預けた。
「では、その仇も取らねばなりません」
烈花様の太刀もまた、正宗の作。
伊吹の者が代々、鬼退治を続けているように、正宗の名を継ぐ者は代々、鬼退治用の業物を打ち続けている。
「雪香。あなたは見ていなさい。手出ししたら、怒りますよ」
「は、はい」
気合いに飲まれて、思わず、そう返事をしてしまっていた。
「行くぞ!」
「来なさい!」
戦いが、始まった。
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烈花様は強い。
巨大な鬼、臥竜を圧倒している。
剣技は、大別して四つに分かれる。
ひとつは剛剣、懸とも言うが、これは当たればものすごい衝撃が走るような強い攻撃で、防御ごと叩き切っていく剣技。
ひとつは柔剣、待とも言うが、これは敵の攻撃を受け流して、必要以上の力を使わず的確に攻撃を当てていく剣技。
ひとつは正剣、表とも言うが、これは鍛錬を極めた基本の技で、真っ向正面からぶつかっていく正攻法な剣技。
ひとつは変剣、裏とも言うが、これは一般的ではない独自の技で、相手の予想を裏切っていく剣技。
烈花様は、そのすべての剣技に長じ、いずれにも偏らず、その場面に応じて、どれにもなる。さらに言うなら、剛にして柔、正にして変と、その反対でさえある。
本当に正当な剣技だった。誰もが目指すべき、理想の剣技だった。
あたしは、お師匠様である父様がそうだから仕方がないのだが、剛剣に長じている。偏っているのだ。あたしは烈花様のような美しい剣技を使いたい、と素直にそう思った。
そして烈花様は、無駄なく伊吹家秘伝の『技』を繰り出す。
「『激刃』!」
烈花様の太刀が、臥竜の丸太のような左腕を切り落としていた。
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「やるなあ」
臥竜は、憎たらしい声で言う。
「伊吹の人間の中でも、やはりお前は別格のようだ」
傷口から、新しい腕が生えた。
生えたピンク色の腕は、すぐに赤黒い肌の色と一緒になり、見分けがつかなくなる。
「まったく、厄介な鬼ねえ。普通とは、少しばかり違うようだわ」
臥龍が、笑う。
「俺は『約束破り』。約束を破った時、その罰として変異体に、ただの鬼ではなくなったのだ。俺の名は臥竜。鬼にして、竜だ。これを見ろ!」
臥竜の全身が、緑色の鱗に包まれた。
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突然、子供の一人が激しく泣き出した。
怖さに泣き出すほど、幼い歳でもないのだが。
母親である真魅子様が、話しかける。
「どうしたの、真言(まこと)? 伊吹の者は、何があっても泣いてはいけませんよ」
「だって、だって」
真言様が仰った。
「父様が殺されたんだもの」
『竹の間』に、動揺が走る。
もしそれが真実だとすると、門が破られたということになる。
「本当に? お父様が、鬼にやられたの?」
他の子供たちが仰る。
「嘘じゃないよ」
「うん。真言・従弟の言う通りなんだ」
真言様が、あたしに振り返って仰る。
「ねえ、紅。紅は強いんだよね?」
「はい。それなりのものだと、自負しておりますが」
「じゃあ、仇を取ってよ! 鬼の首を、切り落として来てよ!」
「しかし」
あたしは返答に困る。
「当主様に、皆様をお守りするよう仰せつかっているのです」
その時、別な伊吹のご婦人が、あたしに太刀を差し出した。
それは、正宗作の太刀だった。
「あたしたちは剣技に自信がないとは言え、皆で戦えば、追い払うくらいはできるでしょう。拳銃もあります。あなたは外に出て一匹でも多く、鬼を切っていらっしゃい」
「しかし、そういう訳には」
皆様が仰る。
「お願い、紅!」
「紅、行くのよ」
「ここは大丈夫だから」
「安心して、ね。当主様には、皆で謝ってあげるから」
あたしは首を振る。
「だめです。これは、あたしの責務なのです」
だが皆様は。
「本当は、行きたくてたまらないのでしょ?」
「早く行きなさい。ぐずぐずしていると、また被害が出てしまいます」
「紅にふさわしいのは、ここではないわ」
「あたしたちに、足手まといになったと、恥をかかせる気ですか」
真魅子様が、あたしに頭を下げて仰った。
「いまほど自分の腕の無さを、悔しいと思ったことはありません。お願い、紅。あたしの代わりに、仇を取って来て下さい」
その背中が震えていた。
泣いて、いるのだ。
伊吹の人間が泣いている。あたしのような者に、頭を下げて。
ならば。
行くしか、ない。
いや、行かせて頂きます。
あたしは太刀を前に置き、平伏する。
「では皆様の代わりに、ひとつでも多く、鬼の首を落として参ります」
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烈花様は、押されている。
剣技で食い止めているが、身体に傷を負わせることができない。
臥竜の鱗は、それほど堅いのだ。
じりじりと、不利になっている。
普通だったらそれを見て、あたしは心配するべきなのかも知れない。
だが、あたしは見極めようとしていた。
烈花様の剣と、その弟子である兄様の剣では、何が違うのか、と。
たぶん烈花様は、常に先手を取っている。こちらから仕掛けているのだ。柔剣の時でさえ、相手に「攻撃させて」いる。
それに比べたら、兄様の剣は後手だ。ほんの少しではあるが。
そして兄様の剣は、四つの技の組み合わせが、少しずれている。完全には噛み合っていない。
しかし烈花様だって、このことには気が付いているはずなのだ。
つまり。
わかっていても、兄様ができないのか。
わかるのを、烈花様が待っているのか。
これが直れば。
兄様の剣は、あたしを越える。
戦いを見守る中、そんなことを考えているあたしは、やはり伊吹の人間だ。何かが、狂っている。
その時。
烈花様の太刀が折れた。
あたしに向けて叫ぶ。
「太刀を!」
あたしは佩いていた太刀を、鞘ごと抜いた。
そして、投げる。
だが遅い。
間に合わない!
臥竜の爪が、烈花様に振り下ろされた。
しかし。
あたしが投げるよりも速く、誰かが、すでに太刀を投げ込んでいた。
その太刀を烈花様は空中で掴み、神業の、抜刀。
一閃!
太刀が、再び左腕を切り落とす。
あたしは驚愕していた。
烈花様が持つ、その太刀は。
刃の長さは、約71センチ。
刀身に反りがつき、稜線が棟寄りに作られている縞造。反りは約2センチ。
刀身の背中である棟は屋根のような形の、庵棟。
地金である鍛は、木の板のようだから板目肌と呼ばれる模様に、地景と呼ばれる鍛肌に沿って黒く光る線状の働きが交じる。
刃文は、 ゆったりとした波の寄せるように山と山の間隔を大きくとった、湾れ。それに小さな模様の乱れである、小乱れが交じる。
それは東京国立博物館に表向きは所蔵されていることになっている、国宝『金象嵌銘城和泉守所持正宗磨上本阿』。
見紛うはずもない、伊吹家の伝家の宝刀・城和泉正宗こと、津軽正宗だったのだ!
24
俺は目を瞑って心を静めながら、冷泉の側のパイプ椅子に座っていた。
もちろん両手で太刀を握り、それを床面に突いている。
静寂の中に、冷泉の命をモニターする器械の音だけが、規則正しく鳴っていた。
それを破ったのは、檸々の声だった。
「ああっ!」
目を開けて見ると、床に尻餅を付いている。
大声で言った。
「ま、正宗がありません!」
俺は床を蹴り、立ち上がった。
そんな馬鹿な。
冷泉の脇にあったはずの、津軽正宗が、ない。
鬼の仕業なのか?
いや、そんなはずはないのだ。
俺の目を、どんな鬼でも出し抜けるはずがない。
だとしたら。
まさか。
鬼にも怯まぬ俺の、全身が震えた。
そんなことが、ありえるものだろうか?
しかし、可能性は、ひとつしかないのだ。
『不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる』と、俺の好きなシャーロック・ホームズも、そう言っているではないか。
「檸々」
「は、はい!」
「下を見て来い。烈花が津軽正宗を手にしているかも知れぬ。なければ光輪の所に行き、当主様のお手元にないか、伺うよう伝えてくれ」
「わ、わかりました!」
俺はパイプ椅子に、どさりと座り込んだ。
信じられぬ。
だが人や鬼に盗られていないなら、俺が知る限りでは、それしかないのだ。
「伊吹家の祖は、津軽正宗を自在に遣わして、自分の大事な人を危機からお救いなされた」
俺は祖父様から、こんな物語を聞かされていた。
しかし、ならば。
「ばかな」
思わず俺の口を、言葉が衝いていた。
冷泉よ。
「お前は一体、何者なのだ?」
25
なぜ津軽正宗がここに?
上の階から、誰かが放ったのだろうか?
兄様をお守りしなくて良いのだろうか?
しかし、助かった。
津軽正宗は強い。
臥竜の切られた左腕は、再び生えることはない。
物理的な力だけではなく、霊的にも強いのだ。
形勢は一気に逆転した。
臥竜の身体を、徐々に切り裂いていく。
後ろから、誰かがやって来る気配を感じた。
それは明らかに人間だったから、そちらを見ない。
「雪香様、あの太刀は津軽正宗ですよね!?」
檸々だった。
「そう。誰が投げてくれたのかしら? 父様?」
顔も見ずに、あたしは言う。
「いいえ! いつの間にか津軽正宗は、冷泉様の側から無くなっていたのです!」
「何ですって?」
思わず、檸々を見てしまう。
「そんなことが、ある訳ないでしょう」
「でも、本当なのです!」
あたしは、再び正面を向いた。
烈花様は、それこそ楽しそうな顔をして、剣を振るっている。
もちろん、手にしているのが津軽正宗だとはわかっているのだ。
「あたしは光明様の元に戻ります!」
檸々は、慌ただしく去って行った。
あのドタバタした子が、非常に気が利くというのは不思議なものだ。
烈花様の剣技は、ますます冴え渡っている。
臥竜に反撃する暇さえ与えない。
だが烈花様は、まだまだ余裕のようだ。
太刀を、くるりと回して言う。
「さあ、首を頂きますよ?」
26
外に飛び出したあたしは、手当たり次第に、鬼を切り殺していた。
伊吹の皆様も決して弱くはないのだが、如何せん鬼の数が多い。切っても切っても、どこからか湧いて出て来る。
冷泉様より、当主様の首が狙われてしまったのだろう。
「紅!」
あたしを呼ぶ声がした。
碧だった。
あたしに、鬼を切りながら言う。
「何をしているの? 『竹の間』の皆様をお守りするという、大事な役目があるでしょう?」
あたしも、鬼を切りながら答える。
「あなたこそ、当主様をお守りするという、大事な役目があるのでは」
あたしたちは、背中合わせになった。
これで死角はない。
あたしは言う。
「あたしは皆様に、鬼を切ってくるよう、お願いされました。碧は?」
「あたしはもう、碧ではありませんから」
「どういう意味でしょうか」
あたしたちは、襲いかかる鬼を切り捨てる。
もっと。
もっと、あたしたちに向かって来なさい。
「次代の者に、碧の名を受け継いで貰ったのです。もちろん当主様の、お許しを得てですよ? どうやらあなたは、当主様のお許しは得ていないようですが」
「あとで、お許しを頂きます。頂けなければ、死んでお詫びします」
「まあ。あたしよりも、時代遅れなのねえ」
あきれたように碧、今では碧でない者が言う。
それはとても心外だ。
剣を振るいながら、言い返す。
「あなただって今が伊吹家のために働く時、たとえ死んでも構わないと思っているのでしょう。同じです」
「そうねえ。こればっかりは染み着いたものだから、仕方がないわよねえ」
今では碧でない者の剣が、また鬼を切り倒す。
あたしは尋ねた。
「碧でないなら、本名は何でしょうか。名がないと、呼ぶのに不便です」
「内緒よ」
今では碧でない者は、少し笑った。
「ちょっと、恥ずかしい名前なの」
27
目が覚めると、我はベッドに寝かされていた。
「どうした? 我の身に、何があった?」
女性の典医が言う。
「紫苑・鬼皇様は、『鬼皇の間』で倒れられたそうです」
「そうか」
言われてみれば、玉座から立ち上がった後の記憶がない。
「最近、体調はいかがでしょうか?」
「そうだな。風邪でもひいたのだろうか。熱っぽく、だるいのだ。それに一日中、眠い」
「恥ずかしがらずに答えて下さい。生理は、きちんとありますか?」
何だって?
「ああ。やはり、ご自分では、お気付きにはなられなかったのですね」
典医は言った。
「紫苑・鬼皇様は、御懐妊なされております」
28
烈花様の剣技と津軽正宗の力により、臥龍は片膝を突いていた。
「もう諦めて、その首を差し出しなさい。ひと思いに、楽にして差し上げますから」
「そういう訳にもいかねえんだよ」
臥龍は言う。
「柄にもなく、女に惚れちまってなあ。無愛想な女だが、冷泉の首を持ち帰れば、少しは笑ってくれるかも知れねえ。だから、意地でも首が欲しいんだ」
「あたしにも同じく、意地がありますのよ」
烈花様は、襲いかかった。
それを臥龍の爪が、ぎりぎりの所で食い止める。
ぶつかり合い、拮抗する二人の力。
そして。
臥龍が、真っ黒な霧を吐いた。
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霧を浴びた烈花様は、後ろに飛びすさった。
咳を、する。
「生きてやがるか。まともに吸ったら、その場でコロリなのによ」
「下衆な手ね。あなたの顔には、確かにお似合いだわ」
「へん、強がりを!」
立ち上がった臥竜が、爪を連続で振り下ろす。
今度は烈花様が、押されていた。
だが、負ける気がしない。
烈花様の動きは確かに前よりは鈍っているが、何かを狙っているからだ。
太刀で受け流しながら、その機会を待っている。
臥龍は、そのことに気付いていない。
「どうした、どうした! 俺の首を取るんじゃなかったのかよ!」
臥竜が、大きく右手を振り上げる。
無駄な、動きだ。
その時。
「『鋭先』!」
烈花様は、津軽正宗を突き出した!
太刀が、臥竜の喉を貫く。
動かなくなる、臥竜。
倒した。
ついに、臥竜を倒したのだ。
だが、勝ちではない。
「烈花様!」
臥龍の両爪も、烈花様の身体を貫いていた。
その両手は、脇腹から生えていた。
30
人と鬼が、雪の上に両膝を突く。
先に倒れた方が、本当の負けだというように。
「まさか、腕が生えるとはねえ」
「驚いただろ? 奥の手、という奴だよ。俺は鬼にして竜、竜にして獣。変異体の、醜い生き物なのさ」
「なぜ早く使わなかったの?」
「うーん」
ごほっ、と血を吐く。
「もっと前に使っても、お前を倒せないのはわかっていたからなあ」
「相打ち狙い?」
「けっ。そんなことはねえよ。とにかく、負けるのが嫌だっただけさ。それにしても、逆鱗を突くとはなあ」
烈花様の口からも、血が流れている。
「あなたも竜でしょ? 竜が『逆鱗に触れる』と怒るのは何故か。そこが弱点だからなのよ。逆転するには、難しいけど、そこを狙うしかなかったのよね」
「けっ。相手が悪かったぜ。あばよ」
臥龍は、血だらけの唾を吐いた。
それが、烈花様の顔を汚した。
31
おかしかった。
天狼のために女を捨てた我が、天狼によって母親という、女にしかなれぬものになるとは。
後悔が、我の身を襲う。
天狼のためにも、あのような鬼に抱かれるべきでは無かった。
産まれてくる子供のためにも、あのような鬼に抱かれるべきでは無かった。
しかも臥竜が戻ったら、もう一度、抱かれねばならないのだ。
だが、我は心のどこかで、もう抱かれる事はないような予感がしていた。
32
雪が再び、降り始めた。
あたしは膝に、烈花様の頭を抱いていた。
顔はすでに、あたしのハンカチで丹念に拭かれている。
あたしは泣いている。
「雪香、お願い。冷泉に津軽正宗を返してあげてね」
その声は、かすれている。
やはり臥龍の黒い霧は、烈花様に危害を与えていたのだ。
「はい、もちろんです」
あたしは、そう答える。
しかし、臥龍の首に刺さっていたはずの津軽正宗は。
「ありません! 津軽正宗が、ありません!」
「あらあら」
「鬼が持って行ったのでしょうか? そんなはずはありません! 人や鬼に、あたしだって気が付かないはずがないのです!」
「人や鬼が持って行ったのではないなら」
烈花様は、微笑みを浮かべた。
「それは、神様が持って行ったのよ」
神様?
「大丈夫。津軽正宗は、きちんと冷泉の手に戻るわ。あなたは心配しなくていいの」
「はい」
烈花様が仰るなら、そうなのだろう。
あたしは何故か、それを疑わなかった。
ならば。
今は烈花様の、お命のことだけを。
あたしの涙は止まらない。
烈花様の顔に、あたしの涙が次々と落ち、濡らしていく。
「まあ」
烈花様の手が、あたしの頬に触れた。
「あなた、泣いているのね?」
ああ。
烈花様は、すでに何も見えていない。
あたしは正直に言う。
「はい。泣いております」
烈花様の手が、あたしの頬を優しくつねる。
「だめよ。伊吹の人間は、何があっても泣いてはだめ。ね?」
あたしは、激しく泣き出してしまう。
嗚咽が、あたしの口から漏れる。
烈花様の、手が落ちた。
ふう、と息を吐いた後、烈火様は言った。
「まだ死にたくは、なかったわねえ」
33
鬼の数が多すぎる。
あたしは、折れた太刀を投げ捨て、鬼に刺さったままの別な太刀を手にした。
足を引きずる。
「ねえ、紅」
あたしより負傷し、脇腹を押さえている、碧だった者が言った。
「あたしの名前を教えてあげましょうか」
「結構です」
あたしは言う。
「恥ずかしい名前なのでしょう? この『宴』が終わったら聞きます。そして笑います」
その時、伊吹の皆様たちが、どよめいた。
鬼たちは、色めき立つ。
太刀を手に現れたのは、我らが主、光輝・当主様であられたのだ!
「お下がり下さい!」
「出てはなりません!」
「ここは我らに、お任せを!」
当主様は、太刀を掲げた。
「鬼どもよ! 私の首が欲しかろう! かかって来るが良い!」
鬼たちが、当主様を襲う。
「『千剣』!」
あたしは、美しい舞を拝見した。
本当に見事な『技』だった。
その手には、冷泉様をお守りしているはずの、津軽正宗が握られている。
当主様が、大音声で呼ばわった。
「皆の者! 今宵の『宴』は、盛大にやるぞ!」
反撃が、始まった。
34
あたしは太刀を握り、前線に飛び出していた。
もちろん、父様の許しは得ていない。
鬼を切って切って切り倒さないと、あたしが壊れてしまいそうだった。
鬼たちが、あたしを目掛けて襲いかかってくる。
「来なさい!」
あたしは、雪の舞う闇に向かって叫ぶ。
「兄様の首が欲しいなら、まずあたしを倒してから行きなさい!」
35
父様がやって来て、あたしを叱った。
「でも、は無しだぞ」
「申し訳ありません」
「良くやった、とは言わん。後は任せて、お前は冷泉の元に戻れ」
もう太刀を振る力もない。
あたしは父様の言葉に、素直に従った。
36
病院の周囲は、伊吹の皆様で固められていた。
エレベーターで上がり、集中治療室に入る。
檸々が、あたしに言う。
「おかえりなさい、雪香様!」
兄様の手には、いつの間にか津軽正宗がしっかりと握られていた。
「きちんと冷泉の手に戻るわ」
烈花様の、仰った通りだった。
そして夜が明ける頃。
兄様は目を覚ました。
『宴』は、終わったのだ。
<第1部・了>
【連作短編】魔道都市妖宴集 深上鴻一:DISCORD文芸部 @fukagami
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