4章

第1話 幽霊と従兄弟

 恭国首都豊邑、紫微城後宮。


 啜り泣く声がした。

「――?」

 夜も更けた頃である。いつもならぐっすりと眠りこけてしまっている時間なのに、頭の中に響く音が気になって、星彩は目を覚ました。

 隣には夫であり、この恭国の王である宗麟が寝息を立てている。意識を失う前はその腕に抱きしめられていた気がするが、今はすっかり寝入っているらしく、力は緩んで簡単に体を抜くことができた。

 星彩の腕の中には雷獣の天祥が抱かれていて、足元では虎の蘭蘭が布団の中にもぐりこんでいる。この恭の地にも冬が到来し、暖をとるため身を寄せ合って眠っていたのだ。

 星彩が起きると、獣たちも啜り泣きの声に気づいて首をもたげ、戸口の方を窺った。

『何かしら』

 のそりと蘭蘭が布団から這い出たのに合わせ、星彩も宗麟を起こさないように寝台を降りた。冬用の分厚い上掛けを羽織ってはいるが、やはり布団を出ると寒かったので天祥をぎゅっと抱きしめた。

 戸口をわずかに開いて、顔だけを外に出す。夜の冷気が隙間から流れ込む。

 すると欄干の向こう、冴え渡る空の月明かりに照らされて、女が一人、立っていた。美麗な衣裳を纏い、髪も高く結い上げていて、それなりの位にある者に思える。

 夜の後宮は門を兵士が守るだけで、侍女や宦官も城内の自室に戻っている。それなのに、高貴な女がこんな夜中に外で泣いているのは何故だろう。そもそも、どこから入ったのか。

 色々と考えればとても怪しい人物であるが、袖で顔を覆い、ずっと泣き続けている姿は警戒よりも憐憫を誘った。

「あの」

 星彩が声を掛けると、女は顔を上げた。

 美しい女だった。

 切れ長の瞳は濡れて艶っぽく、すっと通った鼻筋も、細い顎も、気品があって本当に貴人のようだ。

 しかし、やけに姿がはっきりしている。今夜は半月で、光も幾分か弱いのに、女はまるで女自身が光っているかのように、着物の柄から表情までよく見える。

「あの」

 もう一度声をかけた時、女は口を開いた。

 ―――信じて―――

「え?」

 ―――私では、ない―――

 とても悲壮な、悲痛な声。聞いているだけで胸が苦しくなる。

「どうし―――」

 一体何がそんなに悲しいのか、尋ねようとした時、女の頭が消えた。

「わあっ!」

『ぎゃあっ!』

『首無しっ!』

 星彩と獣たちが叫ぶ間も、女の体は上から順にどんどん消えた。

 そうして、まるではじめから何もそこにはなかったかのように、月光がただ、地面を照らし続けていた。



 **



「おや、星彩さま。おはようございます」

「しーっ!」

 朝、宗麟を迎えにやって来た徐朱と韓当を、星彩は白い息を吐きながら戸口の前で待ち構えていた。

「どうなさいました?」

「おはようっ。ねえ、今日はもうちょっと宗麟を寝かせてあげて? 昨日はあんまり眠れてないの」

 すると二人の側近は顔を見合わせ、徐朱の方が星彩に微笑みかけた。

「これは、無粋なことをお尋ねいたしました。いよいよお二方も名実ともに真の夫婦に」

「徐朱!」

 ほとんど殴りつけるような勢いで韓当は同僚の口を塞いだ。

「わ、どうしたの?」

「どうかお気になさらず星彩さま」

「そ、そう? 実は昨日の夜ね」

「っ! いえ、別に詳しくお話しくださらなくて結構です!」

「では私がお聞きいたしますよ」

 今度は徐朱が韓当を押しのけ、前に出る。

「ぜひ詳しくお聞かせください」

「徐朱! お前そーゆーことはだなっ・・・」

「あのね、幽霊が出たの!」

 韓当の言葉を遮り、星彩は言ってしまった。争っていた側近二人はきょとんとした顔になる。

「・・・は?」

「夜中にね、そこのところで女の人が泣いてて、話しかけたらすーって消えちゃったの!」

「・・・では、陛下が眠れなかったというのは」

「びっくりして叫んじゃって、それで宗麟を起こしちゃったの」

 宗麟は兵を呼び、辺りを捜索させたため、しばらく起きていなければならなくなったのだ。しかし、結局、後宮のどこにも女の姿などありはしなかった。

 蘭蘭も天祥もしかと見たと言っているから、間違いではない。だから、昨夜のは幽霊だったのではないかとの結論になったのだ。

 全てを聞いた徐朱はやや拍子抜けした様子ではあったが、これはこれでおもしろいと思ったのか、すぐに興味深げに目を光らせた。

「後宮に現れる女の幽霊、ですか。侍女か女官か、はたまたいずれの時代のお妃か。どこの国でも、女の園とは愛憎もつれる恐ろしき場所ですからねえ。幽鬼の一つ二つも出るのかもしれませんね」

 隣では韓当が疑わしそうに首を捻っている。

「幽霊、ですか。それは、本当に? 見間違いではないのですか?」

「うん。とってもきれいな人だったよ。それで―――とても、悲しそうだった」

 昨夜の光景を思い出すと、星彩は胸が苦しくなった。

「ずっと泣いてたの。でも、何がそんなに悲しいのか、聞く前に消えちゃった。・・・なんだったのかなあ?」

 淸にいた頃、読書家の姉の芻稟から借りた書に、幽霊の物語があったことを覚えている。幽霊とは死んだ人間の魂が、心残りがあって冥界に行けず、現世に留まってしまったものだ。

 あの女の表情は悲痛なものだった。詳しい事情はわからない。ただ深く深く悲しんでいることだけが伝わった。だから余計、気になる。

「もし、また会えたら今度はちゃんとお話聞きたいな」

「あ~、それはいかがでしょうねえ」

 徐朱は腕を組み、難色を示す。

「え?」

「よく言いませんか? 死霊に関わると魂を持っていかれてしまうと。同情なんてすれば尚更、冥界に引きずり込まれやすくなるため、たとえ見えても見えないふりをしろと、私は祖母に教わりました」

「冥界に引きずり込まれたら、どうなるの?」

「死ぬんでしょうねえ、おそらく」

「・・・」

「しかし、私は呪い師でもなんでもありませんので、詳しいことまではわかりません」

 青くなってしまった星彩を見て、徐朱は取りなすように付け加えた。

「洞玄さまにお聞きしてはいかがです? あの方ならば常人の及ばぬ領域のことをよくご存知でしょう」

「わ、わかったっ。聞いてみるっ」

 こくこくと二度頷いて、星彩は駆け出した。後を蘭蘭と天祥も追う。

 残された側近たちは互いに顔を見合わせた。

「―――で、どのくらい陛下を寝かせておけばいいんだ?」

「面倒だ。叩き起こそう」



 **



「ほうほう。それはそれは、哀れなものをご覧になりましたな」

 星彩がいきなり仕事場に押し掛けても、洞玄は嫌な顔一つせず火鉢の側へ迎え、茶まで出して話を聞いてくれた。

「星巡りでは陰が陽にまさる時期ゆえ、普段は薄き亡者の気配が、強うなっておるのでしょうな。星彩さまも感じ取られましたか」

「わたしも、ってことは、玄じいも幽霊見たの?」

「時には見えまする。気の流れや、状態、心持ちによって霊は常人にも見ゆることがございます。しばらくはそういった者たちをあちこちでお見掛けになるやもしれませぬ。今は、そういう時期にございます」

「ふうん? 幽霊が見える季節なんて、あるんだね」

「星彩さまは人より聡い性質であられますゆえ、あるいは向こうから寄って来るのやもしれませぬなあ」

「・・・ねえ、玄じい。徐朱に聞いたんだけどさ」

 少しだけ、不安に思っていることを尋ねた。

「幽霊と関わると冥界に連れていかれちゃうって、ほんと?」

「ふうむ。よく言われることではありますな。確かに、昔そんな目に遭うた人間の話もございますが、星彩さまがご心配なさることではございませぬ」

 洞玄は髭をなでつけながら、穏やかな口調で言った。

「御身は天に愛された神聖なる姫。悪鬼はもとより近寄れず、たとえ遭遇すれどもお気づきになるはず。昨夜の幽霊は、悪しきものに見えたのですか?」

「ううんっ、ぜんぜん!」

 ただただ泣き続けていた女は、決して誰かの魂を取って行くような怖い者には見えなかった。

「されば案ずることはありませぬ。その御心のまま、接してやればよろしいのです」

「そっか、よかった! 次に会ったらきっと話を聞くよ!」

「ようございます、ようございます」

 にこにこと、長い眉毛と髭の下で洞玄は笑っていた。

 星彩は茶を飲んで、なんとなく窓の外を見遣った。何かがいるような、いないような、そんな気がした。

 しばらく洞玄に幽霊についてあれこれ尋ねて、途中は全く別の話に脱線するなどして、かなりの時間、居座った。さすがに天祥や蘭蘭が飽きて、遊びに行こうとごね出したのは、昼も近くなった頃だ。

『も~、体がうずうずするわっ。ひとっ走りしましょっ』

 外に出て、ぐーっと背筋を伸ばしながら蘭蘭が言う。

「じゃあ、競争しよっ!」

『競争?』

「うんっ。庭園に先に着いた方が勝ちっ」

『あら、駆けっこでアタシに勝てるの?』

「近道があるもんっ」

『なるほどねえ。じゃあ遠慮なく走るわよ? 天祥、どうせアンタは自分で走らないんでしょうから、始めの合図出しなさい』

『おまかせ! よーい』

 ぴしゃあん、と小さな雷が落ち、同時に星彩と蘭蘭は駆け出した。

 蘭蘭はさすがに早く、ひと飛びで星彩の歩幅の何倍もの距離を先に行ってしまう。

『星彩、負けちゃう?』

 肩に乗った天祥が心配そうに聞いてくるのには、笑みを浮かべて答えた。

「蘭蘭は外から行くんだろーけど、わたしたちは中から行くよっ。そっちのが近いんだよねっ」

 欄干を乗り越えて廊下に立ち、全速力で走っていった。

 途中、官吏や女官たちもいたが、広い廊下はぶつかる心配もない。

(今日は勝てるかもっ!)

 わずかな期待に、足はもっと速く動く。心なし、風が背中を押してくれている気がする。直線を一気に駆け抜け、そのまま角を曲がろうとして、

「っ! わあ!」

 すぐ目の前に人が現れ、慌てて止まろうとしたがうまくゆかず、頭を相手の胸に突っ込んでしまった。

「――っと」

 幸い、相手は体勢を崩した星彩を抱きとめて、支えた。

「ごめんなさい! 怪我はない!?」

 慌てて顔を上げ、謝った。止まろうとはしたものの、勢いはあまり失われていなかったので、怪我をさせてしまったかもしれない。

 ぶつかった相手は全く知らない男だ。背は高く、まだ若い。目元のやわらかな優しげな面立ちで、冠を頂き、立派な官服に身を包んでいる。ただの官吏、といった風体ではない。

「うん。君は? 怪我はないかい?」

 男は言いながら、するりと星彩の首筋をかすめて後頭部をなでた。いきなり触れられたことに驚いて、星彩は思わず「ひゃっ!」と叫んでしまう。

「ああ、ごめんよ。くすぐったい? 怪我がなければいいんだ」

 くすくすと男は笑って手を引っ込めた。

「君、名前は?」

「星彩。この子は天祥だよ。あなたは?」

「李舜だ。よろしくね」

「よろしく!」

「元気がいいねえ。でも廊下を走ってはいけないよ。ぶつかったら危ないからね」

「はい、ごめんなさい」

「うん。いい子だ」

 李舜はそう言って星彩の頭をなでた。それから頬へと降りてきて、次に首。輪郭をなぞるように、何度も同じ場所を指が行き来した。

「・・・あの」

 くすぐったい、というより、妙な感じに肌がざわざわと粟立つ。

 李舜は、うっとりしたような目をしていた。

「ああ、やわらかい・・・星彩、ちょっとお兄さんの屋敷に遊びに来ないかい? おいしいお菓子をあげよう」

 誘い文句と共に、星彩の腰を引き寄せる。

「え? でも、勝手にお城を出たら怒られちゃうから」

「平気だよ。おいで」

「あ、あの――わっ!」

 戸惑う星彩に構わず、李舜は肩に担ぐようにして小さな体を抱え上げてしまう。

「大丈夫。何もしないから怖くないよ~」

 来た道を戻りながら、李舜は上機嫌に鼻歌まで歌い出し、

「や~、良いものを見つけてしまったな。挨拶はまた今度にしよう」

 星彩にはよくわからない独り言を呟いて、大股にずんずん進んで行く。

「えーっと・・・」

『星彩、競争、終わり?』

「うん・・・どうしたらいいかな?」

 天祥と一緒に首を傾げたそのとき、視線の先に宗麟が見えた。

「あ!」

 李舜からは背後になる。どこかへ向かう途中だったのか、書簡を抱えた韓当と徐朱の二人を連れていた。

「宗麟!」

「え?」

 声を上げると李舜は立ち止まり、振り返った。そうされると星彩からは宗麟らが見えなくなってしまうので、身を捻る。

 宗麟もまた、星彩や李舜に気づき―――気づくや駆け出し、いきなり鞘のままの剣で李舜を上から殴りつけた。

「おおっ!?」

 寸でのところで攻撃をかわす李舜。隙ができた刹那、宗麟は素早くその手から星彩を奪った。

「なっ!?」

 咄嗟に李舜は取り返そうと手を伸ばしたが、宗麟の剣がそれを叩く。そして相手に剣先を突き付けて牽制し、両者の動きがそこで止まった。

「なぜ、お前がいる」

「・・・いや、なぜって」

 睨む宗麟に、李舜は困ったように頬を掻く。

「胡族の動きが鎮まったから帰還したんじゃないか。わざわざ報告に来たというのに、なんだこの扱い」

「なんで星彩を抱えてる」

「そりゃ、可愛い獲物、もとい女の子を見つけたから屋敷に招待しようかと。君、その子を知っているのかい?」

「・・・星彩をなんだと思った?」

「女官の見習いか何かだろう?」

 きょとん、としている李舜。

「そーいえば、ちゃんと自己紹介してなかったよ」

「・・・身分がどうあれ、いきなり攫うのはないと思うが」

 ともあれ、宗麟はひとまず剣を収めた。

 星彩も床の上に降ろしてもらって、改めて李舜と宗麟を見比べる。今の会話を聞くだけでも、二人はとても親しそうだ。李舜が王である宗麟に敬語を使っていないのが、なによりも他の官吏たちとは違う。

「李舜は宗麟の友達?」

「従兄弟だ」

「え、そうなんだ?」

「李舜さまは、しばらく燕州にて胡族退治をしていらっしゃったのです。こんな方でも、一軍を率いる大将なのですよ」

「おいおい徐朱。こんな、は余計だろう?」

「おっと申し訳ございません。つい本音が」

 李舜と徐朱はお互いにこやかに笑い合っていた。

「―――で、星彩は一体なんだっていうんだい?」

「あ、ごめんね、ちゃんと言わなくて。わたしは宗麟の妃なの」

「は?」

 李舜は何度も星彩と宗麟を交互に見遣った。その後、信じてもらうのにしばし時間がかかり、説明を終えてようやく理解してもらうと、李舜はよろ、と一歩後退した。

「淸から妃をもらったとは聞いたが・・・こんな、子供だったとは」

 そうして、突如叫んだ。

「ずるい! 私も欲しいぞ!」

「黙れ」

 うるさそうに舌打ちをする宗麟。かなり蔑みを含んだ目で見られていることにも構わず、李舜は本当に悔しそうに地団駄を踏んだ。

「小さくてやわらかくて肌はまるで指に吸い付くような、こんな可愛らしい子は滅多にないのに!」

「・・・星彩、この変態に何もされてないよな?」

 不安になった宗麟が尋ねる。

「変なところを触られてないか?」

「? 頭とか、ほっぺとか首とかは、なでられたけど」

 素直に報告すると、宗麟は星彩が示した個所に触れた。

「どうしたの?」

「消毒」

 そうして何度も何度も頭や頬や、首筋をなでる。李舜に触られたときは少しざわざわしたが、宗麟に触れられるとくすぐったくて、それが気持ち良くて笑ってしまう。

「わたし、宗麟になでてもらうのが一番好きかもっ」

「よしよし。あの変態には金輪際近づくな? 汚されてしまうからな」

「失礼なことを言わないでくれ。というか人を無視していちゃつくのはやめたまえ」

「うるさいな」

 宗麟は半眼で李舜を見遣る。

「いい加減、女を攫う癖を改めろ。そろそろ捕まえるぞ」

「女ではないよ。幼女だ」

「なお悪い」

「相変わらずの幼女趣味ですか」

 韓当は、宗麟や徐朱よりも更に一歩引いて、なるべく関わるまいとでもするかのような体である。

「? ヨウジョシュミって、なに?」

「李舜の二つ名だ」

「こらこら」

 適当な答えに李舜もさすがに反論した。

「私はあくまで合意の上で連れ込んでいるのだよ? 好みに関しては人にとやかく言われたくないね」

「星彩は十四だ。幼女じゃないぞ」

「いや、そのくらいならまだまだ。宗麟、君はわかっていない。花は満開に咲き誇る前の蕾がいいんだよ。それを自分の手で開かせる快感といったら」

「はーい当のお子様の前ですので、そこまでにしていただきますねー」

 徐朱が割って入り、続きをかき消した。

 李舜はやや不満そうだ。

「徐朱、好色な君ならそろそろわかってくれるのではないかと思ったのだが」

「それは誤解にございます。私の場合は女の方から寄って来るのです。見境なく漁っているわけではありません」

「・・・私もまあアレだが、君もなかなかだよね」

「おや。一応自覚はあられるのですか」

「まあね。しかし私は心のままに生きる」

「そんな誇らしげに言われても」

「む? しかし、そうか。政略結婚とはいえ、こんな素敵な子を迎えたのだから、宗麟も私の趣味を理解したということかな? 随分と可愛がっているようだ」

 李舜は怪しい笑みを浮かべて従兄弟を見遣った。

「・・・いい加減、この問答も飽きてきたんだが」

 対して、宗麟はうんざりとした顔で答える。

「星彩は可愛いんだから、可愛がるのは当たり前だ」

 堂々と言われ、李舜や側近たち、星彩ですら、つい黙ってしまった。

 ややあって、李舜がぼそりと呟く。

「・・・君、そんな恥ずかしいことを言う人だったっけ?」

「お前に比べればましだ。馬鹿話はこれくらいにして、報告があるなら付いて来い。ついでに聞く」

「わかったよ」

 仕方がない、と李舜は肩をすくめた。

「星彩」

「え!? はい!」

 宗麟に名を呼ばれて、思わずどきりとして背筋を伸ばす。すると、手が伸びてきて、頬に触れた。

「顔が赤いな」

「っ・・・だ、だって」

 宗麟はよく、可愛いとか綺麗だとか褒めてくれるが、昔からみすぼらしいだの、みっともないだの言われ続けてきた星彩にとって、賛辞はどうにも慣れない。どうしたらいいのかわからなくなってしまうのだ。

 焦る星彩が面白いのか、宗麟は笑った。

「恥ずかしがらなくていい。本当のことだ」

「そ、そんなことはないと思うけど、いや、あの、じゃなくてっ」

「わかったわかった」

 ぽんぽんと小さな頭を優しく叩く。

「邪魔させて悪かったな。遊んでる途中だったんだろう?」

「う、ううん、へいきっ。お仕事がんばって! 李舜もまたね!」

 手を振って別れ、急ぎ蘭蘭の待つ庭園に向かった。

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