第11話 潜入

 翌日、鬼嚢の居場所を特定してくれた普賢に連れられ、星彩は色街の隅にある古びた宿を訪れた。耳の遠い老婆が宿主で、いくら声を掛けても机の向こうに座って一向に気付く様子はなく、仕方が無いので了承を得ないまま二階へ上り、手近な扉を開けた。

「鬼嚢!」

 机やら寝台やらをどかし、車座になって話し合いをしていたらしい彼らは、突然押し掛けてきた星彩に一様に面くらっている。。

「星彩? なんでおめえ、こんなとこに」

「聞いてほしいことがあるの!」

 驚く鬼嚢に構わず星彩は輪の中に入っていって、そのすぐ前に座った。

「あのね、わたしも盗賊について色々調べてたの。そしたら、もしかしたら盗賊が入ったわけじゃないのかもって、わかったの!」

「は、はあ? そりゃどーゆーこった」

 星彩は普賢らからの情報を漏らさず話した。

 屋敷の人間が鬼と書いていたこと、夜中に荷物をたくさん積んだ荷車が、五日前に同じ盗賊に入られたという田甫の屋敷に行ったこと、そうして空の荷車を曳いて帰ったことを聞けば、鬼嚢は険しい顔つきとなった。

「そいつぁ、確かなんだな?」

「うん! わたしの友達が偶然見てたの!」

「・・・だとすりゃ、偽物騒ぎより厄介な事なのかもしんねえな」

 胡坐の上に肘をついて、鬼嚢は小さく舌打ちした。

「鬼嚢はどーゆーことかわかるの? やっぱり屋敷の奉公人たちが盗んだの?」

「いや。噂じゃかなりの量の宝が盗まれたらしいンだ。ンなの、へいこらご主人さまに従ってる奉公人どもの手に負えるかよ。しかもいっぺんに運ぶ必要なんざねえだろ? 毎日ちっとずつ盗ってきゃ、すぐには気付かれずに済むっつーのによ」

「あ、そっか」

「仮に、その荷車に宝が乗ってたとして、大臣の屋敷に持ってったのはなお意味がわかんねえ。奉公人どもがてめえらで考えてやるこっちゃねえわな」

「じゃあ、やっぱり盗賊はいたってこと?」

「違う。つまり、奉公人どもはただご主人さまに従っただけってこった」

「・・・ええっと?」

 ややあって、星彩は絶叫した。

「主人が自分で自分の宝を盗んだってこと!?」

「だから意味がわかんねえンだよなあ」

 苛々と、鬼嚢が体をゆすっているその前で、星彩はただ混乱している。

「なんで!? どうして!?」

「俺が知るかよっ。だが、おめえの情報からじゃあ、そーとしか考えられねえだろ? 鬼の一文字を書いたのは屋敷の人間なんだからよ」

「で、でも、そんなことして誰が得するの?」

「だから知らねえよっ。なんか裏があるっつーことだろ。腐れ貴族どもの計画に、まんまと俺は利用されたってわけだ。――――ったく、冗談じゃねえっ」

 だん、と鬼嚢は拳を床に叩きつけた。その背からふつふつと、黒い空気が沸いている気がする。

「この鬼嚢さまを狡いコソ泥なんぞに仕立て上げやがって、見てろ、その首掻っ切ってやる!」

「わあ待って鬼嚢!」

 鬼嚢が立ち上がりかけたところを、慌てて首に取り付く。

「どけ星彩! このままじゃ済まさねえ!」

「襲うのはダメだよ! そんなことしたら、ほんとに捕まっちゃうよ!?」

「このまま手をこまねいててもいずれ捕まるんだ! ズラかる前にぶっ殺してやる!」

「鬼嚢は恭では悪さしないって言ったでしょ!? 屋敷の人が何を企んでるのか、ちゃんとはっきりさせれば捕まらないよ!」

「あぁ!? 奴らの企みなんぞ暴いたところで、誰が俺らの言葉を信じるってンだ!? お偉い連中が味方すンのは貴族の方だろぉがっ!」

「信じてくれるよ!」

 一際大きく星彩は叫び、相手の肩を掴んでその右目を見据えた。

「信じてくれる! ちゃんと証拠を示せば、みんな信じてくれるんだよ!」

 憤る鬼嚢の心が静まるように、今度は声を押さえて言い聞かせた。

「今もし殺しちゃったら、鬼嚢の無実が証明できなくなるよっ。鬼嚢は盗みに人殺しまでしたってことになって、恭にはもう来れなくなっちゃうかもしれないんだよ? そしたら、わたしが鬼嚢に会えなくなるよ。そんなの、悲しいよ・・」

 鬼嚢が罪人として追われる姿を想像したら本当に悲しくなってきて、星彩は泣きそうになった。

「鬼嚢は札遊びを教えてくれたし、宴会にも混ぜてくれたよ。おかげですごく楽しくて、すごく感謝してるのに、鬼嚢が人殺しになるなんてやだ。捕まっちゃったら嫌だよっ」

「・・・・星彩よぉ。おめえ、俺が山賊ってこと忘れてンだろ」

 はあ、と長い息を吐くとともに、鬼嚢は脱力したように肩を落とした。そうしてぐずり出した星彩の顔を乱暴に袖で拭う。

「おら、泣くなっ」

「だって・・・」

「わぁったから、殺しはやめるっ。ヤツらの企みを暴いて、役人にチクりゃいいンだろ?」

「うん! ありがと鬼嚢!」

「なンでここで礼の言葉が出るんだか」

 ともあれ、鬼嚢は気を静めて座り直した。

「・・・っつっても、証拠なあ。それって、おめえのダチの証言とかじゃなくて、役人どもも納得するような、これぞってゆー動かぬモンじゃなきゃいけねえよなあ?」

「う、う~ん、確かに?」

 実際、目撃者も猫であるので、今のところ人に提示できる証拠は皆無と言っていい。

「奉公人の人たちに証言してもらうのは?」

「無理だろ。奉公人にとっちゃ、主人は王さまみてーなモンだ。しかも自分らもやましいことに加担してンのに、口割るヤツがいるかよ」

 主の企みがばれれば、計画を実行した自分たちも巻き添えを喰らうかもしれない。それを覚悟で見ず知らずの賊のために真実を話す者などないだろう。

「えっと・・・・・じゃあ、盗まれたっていう宝を見つけるのは? 荷車は田甫って人のお屋敷に行ったんだもん、中にあるかもしれないよね?」

「ま、それしかねえわな。まー、それが問題でもあるんだが」

 がりがりと、鬼嚢は困ったように頭を掻く。

「忍び込むのはできる。が、それもすでに犯罪だ。ンなことして手に入れた情報、しかも賊からの情報じゃあ、ただ捕まって終わり、ってオチだろな」

「お頭、普通に雇われ人として中に入り込むのはどうでぃ? ブツを見っけたら、賊ってのは隠してチクってやりゃいいじゃないっすか」

 手下の一人から提案があがったが、鬼嚢は首を振る。

「駄目だ駄目だ。怪しい企みしてる野郎が、いきなり現れた悪人面を雇うかよ」

「あ、じゃあわたしが行こっか?」

 はい、と今度は星彩が手を挙げた。

「わたしって下女っぽいらしいし。どう?」

「・・・悪かねえが」

 うーん、としかし鬼嚢は腕組みして唸っている。

「ガキにできンのかあ? 野郎の目的もわかんねえし、バレたらただじゃ済まねえぞ?」

「大丈夫! よく考えて動くようにするから!」

 励ますように大きな声を張り上げる。それでも鬼嚢はしばらく渋っていたが、、他に潜入できそうな手下もなく、結局は了承した。

「―――わかった、任せる。ただし、危ねえ真似はすんなよ。ハナから大して期待してねンだ、手ぶらで帰ってきたって、吊るし上げになんざしねえからよ」

「うん! がんばるよ!」

 気合十分に立ち上がるが、すぐさま止められた。

「すぐに行くンじゃねえよ。やるのは明日」

「? 明日?」

「おめえに山賊の知恵を授けてやる」

 そう言って、隻眼の賊は悪そうに笑った。



 翌朝。

 太陽が昇ってすぐの時間帯。貴族屋敷の立ち並ぶ通りはまだ人もなく、静かだ。

「・・・行くよ、天祥、普賢」

『うん!』

『あいよ』

 緊張した面持ちで星彩は通りに出た。天祥と普賢の二匹はそのまま物陰に潜み、星彩一人が道を歩く。

「うっ!」

 ある屋敷の前に差し掛かったところで、星彩は突然腹を押さえてうずくまった。

「うう~!」

 精一杯苦しそうなうめき声を上げて、地面に寝転がり、ばたばたと足を振る。

「痛い痛い痛い痛いっ!」

 悲鳴が街中に響き渡る。

 すると門が開き、何事かと様子を見に出た屋敷の下女が、わめく子供を見つけて「まあ」と口に手を当てた。

「お嬢ちゃん、どうしたの?」

「痛い痛い痛い!」

「まあまあ。どこが痛むんだい?」

「おなかが痛いの! 痛くて痛くて死んじゃうよぉ!」

「ま、ま、どうしましょ?」

 下女はとりあえず背中をさすってやるが、星彩は「痛いよぉっ!」と叫ぶばかりで、一向に治らない。

「おい、どうした?」

 泣き声を聞きつけて、他の奉公人もやってきた。

「それがねえ、腹が痛いって泣くのよ。どうしたらいいもんか」

「とりあえず中に入れてやれ。わめくガキを放っといたら聞こえが悪ぃや」

「なら、あんた運んどくれよ。痛くて立てないみたいなんだ」

「あいよ」

 下男に抱えられ、星彩は屋敷へと担ぎ込まれた。その騒ぎの中、隙を狙って物陰から二匹の獣も中へ侵入したことに、奉公人たちは気付かなかった。

 星彩が寝かされたのは母屋ではなく、奉公人たちが寝泊まりする別棟だ。床板の上に茣蓙を敷き、薄い布を腹にかけてもらった。

「うー・・・」

「ほら、お薬よ」

 下女が椀に水を入れ、その中に茶色の粉を溶かしこんで差し出した。

「それ、風邪薬じゃねえのかい?」

「薬ならなんだって効くでしょ。さ、お飲み」

 半身起こして星彩は一口ずつ、ゆっくり椀の中身を飲んだ。少し苦かったが、なんとか全部飲み干した。

「どう? 治った?」

 質問には首を振って答え、また腹を押さえて横になる。

「そうすぐに効くかよ」

「それもそうかねえ。じゃあしばらく寝てなさい」

「うん・・・ありがと」

 奉公人たちは仕事のため、側にずっとは付いていられないようだ。星彩が眠ったのを見ると外へ出て行って、部屋には誰もいなくなった。

(・・・うまくいった、かな?)

 無論、腹など欠片も痛くはない。鬼嚢に教えてもらった、山賊流潜入法である。

 早朝、病人のフリをして表で騒ぎ立てれば、誰でもとりあえず中で看病してやろうということになる。そうして田甫の屋敷に入りこみ、中の様子や奉公人たちの噂話を聞いて情報収集をする。しばらくしたら治ったということにして、お礼に仕事を手伝うと申し出、隙を見て問題の宝の在処を探るという算段だ。

 すでに天祥と普賢が屋敷に侵入し、怪しい場所を探ってくれている。これはもちろん鬼嚢の指示ではなく、星彩たちで考えたことだ。あれだけ騒いで中に入れてもらったのだから、そうそうすぐには治ったなどとは言えない。病人として寝ている時は自由に動けないから、その時間は二匹に調査を任せて、いざ動けるようになったとき、なるべく早く宝に辿りつくための布石である。

 ちなみにこの時間帯、本来なら星彩は妓楼で掃除をしていなければならないのだが、今朝方、鬼嚢がなかば強引に店から連れ出してくれた。なので、道陳や明玉には事後承諾という形で不在が伝わるだろう。たぶん怒られるのだろうが、正直に屋敷に潜入して来ますとは言えないので、悪い大人の都合に振り回されたと言い訳しとけ、と鬼嚢には言われた。

 一刻ほど、ただごろごろと寝転がっていたが、奉公人たちは忙しいのか、様子を見に来る気配もない。

(暇だなー)

 動くときは、昼間がいい。問題の屋敷の主は大臣なのだから、そのときは城にいるはずなのだ。だからもう少し、日が高くなるまで寝ていなければならない。

 特にやることもないと、自然と考え事が浮かんでくる。

(・・・田甫って人の目的は、なんなんだろう?)

 盗賊騒ぎのからくりが予想通りだったとき、大きく立ちはだかる疑問だ。

(自分の宝を盗んでどうするのかな? しかも人の宝まで・・・あ、ちがうや。曼成って人は、自分で宝をここまで運んだんだもんね。それって、自分の財産を田甫にあげちゃったってこと? それとも、ただ隠し場所に使ってるだけ?)

 盗まれたということにする。つまりは、あるはずの財産を隠してしまうということ。それに一体、何の意味があるのか。なぜ、隠さなければならなかったのか。

(お金がたくさんあるって、思われたくないのかな? でも貴族がお金持ちなのは普通だけどなー。・・・それに、どうして曼成は自分の家じゃなくて、田甫の家に隠したんだろう? やっぱりあげたってことなのかな?)

 ならばなぜ財産を家族でもない相手にほいほいと渡せるのか。そして自分の分とも合わせて、その大量の宝を人目から隠し、田甫はどうしようというのか。

(・・・なんか、嫌な感じがする・・・はやく、解決しなきゃならないような・・)

 言い知れぬ不安に、すぐにでも動き出したくなる衝動に駆られる。そうなったとき、決まって思い出すようにしているのは以前宗麟に教えられた言葉だ。

 待つことも、必要。

 今、こうして大人しくしていることは、遠回りではない。星彩は目を瞑って、じっと待った。

『星彩』

 昼近くになって、天祥と普賢がこっそりと中に入って来た。

「どう!?」

 飛び起きて二匹を迎えると、普賢がにやりと(雰囲気)笑った。

『団子十串分の収穫よぉ~。縁の下に怪しい蓋を見つけたわ』

「蓋?」

『地面に穴掘って、上から板で塞いでるって感じよ。けっこー大きい穴でさ、怪しいっしょ?』

「縁の下って、わたしでも入れる?」

『いけるっしょ。ただ、明るい内に行かないと、暗くなったら星彩には何も見えないと思うわ』

「じゃあすぐにでも・・・」

「お嬢ちゃん?」

 不意に声を掛けられて、星彩は慌てて二匹を布の中に隠した。

「あら、起きたの?」

 薬を飲ませてくれた下女が、様子を見にやって来たようだ。茣蓙の上に座っている星彩を見て、元気になったのかと頬を綻ばせている。

「う、うん! すっかり良くなったの! ありがとね!」

 星彩は気付かれないように布に包んだ二匹を背後に隠しつつ、焦りをごまかすため声を張り上げた。

「お薬が効いたのかも!」

「そう。じゃあもう母ちゃんのとこに帰れるかい?」

「ううん! 助けてもらったのにこのまま帰ったんじゃ悪いから、何かお手伝いするよ! 恩返し!」

「そんな恩だなんて、困ったときはお互いさまって言うだろ? 子供が気を遣うんじゃないよ」

「ダメだよ! 母さまにも、ちゃんとお礼はしなさいって言われてるから! ねえ、何かしてほしいことはない? わたしにできることなら何だってするよ!」

 最初はいいよいいよと遠慮していた下女も、しつこく食い下がればだんだんと折れてくれる。

「そんなに言うなら・・・じゃあ、水汲みなんかできるかい? 表の井戸から汲んで、厨房の瓶にいれるんだ」

「まかせて!」

 胸を叩いて、さっそく星彩は外へ飛び出した。その後を、二匹が隠れながらこっそりと追う。

 井戸は出てすぐの所にあり、厨房は母屋の端にある。下女から桶を受け取って、釣瓶を使って冷たい水を汲み、桶に移して厨房に運んだ。問題の水瓶は星彩がすっぽり入れるくらい大きく、嵩は半分ほどまですでに水が入っていたが、満杯にするにはまだまだ何往復もしなければならない。

「終わったらあたしに言うか、さっきの部屋で待っといで。門を開けてあげるからね」

「わかった!」

 また別の仕事のため母屋の中に入ってしまった下女を見送れば、すぐさま天祥と普賢が足元に寄って来た。

『うまく母屋の方まで来れたじゃない。行くわよ』

「待ってよ、普賢。まだ水汲み終わってないよ」

 さっそく縁の下へ潜ろうとする普賢の尻尾を星彩は掴んで止めた。

「頼まれたことはちゃんとやらなきゃ」

『はあ? 手伝いが目的で来たわけじゃないでしょうに。馬鹿正直にやってどうすんのよ?』

「でもさ、やっとかなかったら、何してたんだってならない?」

『まあ、ねえ・・・』

「急いで終わらせるよ。ちょっと待ってて」

 ぱたぱたと桶を持って走る星彩の背中を見つつ、普賢はぷひーっと鼻から空気を吐いた。

『お人好し過ぎンのよねえ。てきとーに誤魔化せばいいのにさ』

『星彩、良い子。てきとー、ない』

『正直者が馬鹿を見るときだってあンのよ。こりゃアタイらがしっかり見ててやんないと駄目ね』

『うん!』

 獣たちにそんなことを言われているとは露知らず、星彩は必死に井戸と厨房とを往復してようやく水汲みを終えた。

「い、行こっ・・・か」

『星彩、大丈夫?』

「だ、だいじょぶ」

 天祥に心配されつつ、星彩は息を整え、辺りに人目がないことを確認して、普賢を先頭に縁の下へと潜りこんだ。

 体勢を低くして四つん這いになりながら、ずりずりと進む。はじめのうちは外からの光も十分届いて良かったのだが、奥へと進むにつれて、だんだん暗くなっていく。昼間であれば見えるだろうとの普賢の話だったが、それも怪しい気がしてきた。

「普賢、あんまり離れないでね? 見えなくなっちゃう」

『人間の目って不便よねえ』

 歩調がゆっくりとなった普賢の後を懸命に追う。そうして一番暗くなったところ、屋敷の真ん中辺りだろう、白い体はそこで止まった。

『ほら、この下。わかる?』

「ん・・・と」

 うすぼんやりとしか見えないので、手探りで下を触る。すると、ざらざらした砂の面から、つるつるした木のような感触にかわる場所があった。更に手を伸ばせば、突起に当たった。確かに、蓋だ。それが幾枚も隙間なく並んで、星彩が上に寝転んだとしても、まだ余るほどの広さを占めていた。

 一番端の一つの蓋を取り、中に手を突っ込む。玉のような丸い質感の物、銭のような感触、おまけに金物の匂いがする。肘まで埋めても、底につかないくらい、穴は深く、物は詰まっている。

 間違いなく、かなりの量の財宝だ。

「・・・ほんと、だったんだね」

 やはり盗賊騒ぎは自作自演。田甫は宝物庫からこんなところに宝を移していたのだ。これでは城の兵士が調査に来ても気付かないだろう。

『星彩、目的、達成?』

「うん。一応は・・・でも」

 天祥に答えつつも、穴を探って玉か何かを取り上げては、目に近づけて何であるのかを見定める。

「できればなんだけど、誰の物か、特定できるような宝を持って帰りたいの。例えば、印章が入ってる装飾品とか。そしたら、盗まれたはずの物がここにあるって、証明できるでしょ?」

 これもまた、鬼嚢に授けられた知恵だ。王の持ち物に国の印章が施されているように、貴族たちにも固有の家紋があり、それを身近なものに刻む。本当の盗賊はそういったものは足がつくので置いていくのだが、田甫らは素人だからうっかり紛れ込ませてしまっている可能性が高いのだと言う。

 盗まれた品は役人が目録を作っているはずだ。その目録の中にあるもので、所有者を特定できる物を持っていけば、自作自演の十分な証拠となり得るだろう。

「うう、でも、暗くてなんだかよくわからないよ」

『アタイが見たげようか?』

「普賢、印章わかるの?」

『とりあえず模様があるのを取ってみりゃいいんでしょ? 後で確認してよ』

 宝の上に降り立つと、普賢は前足で砂を掻くように銭を散らして探っている。星彩も星彩でどうにかして模様を見ようと目を凝らす。

 一人と一匹が夢中になっているとき、じっとしていた天祥の耳が、ぴくりと動いた。

『星彩、上、誰か来るっ』

「え?」

 言われてみれば、近づく足音と話し声。

 反射的に普賢は穴から出て、星彩が慌てて蓋を閉める。急いで、しかし音を立てないように後退し、少し離れた柱の影に隠れた。

 その一寸の後、急に辺りが明るくなる。

 ちょうど木蓋の上、床が開けられ、外の光で照らされたのだ。その光から逃れるモグラのように、星彩たちは身を寄せ合ってなんとか影に入る。

 男が木蓋の上に降りてきた。顔まではよく見えないが、衣冠束帯の様相は下男であろうはずもない。立派に肉の付いた腹を見ても、おそらくは、この家の主人。昼間は城に出仕しているはずが、なぜか今、目の前にいる。

 蓋の一つを外して、中を探っている。ややあって紅い玉の付いた首飾りを取り出すと、上へ差し上げた。

「―――これですかな?」

 低くよく通る声。なんてことはない一言だが、自信に満ちた堂々とした威風が感じられる。

 上にいるもう一人は腕だけ伸びて、「これです!」と嬉しそうな声音と共に首飾りを受け取った。

「危ういところでした。あれ程足がつかぬようにと気をつけていたというのに、うっかり印章が刻まれた物を紛れ込ませてしまうとは」

 上にいる方は、どちらかといえば声が甲高い。下にいる男よりは少し若そうだ。といっても若者の声ではない。

「他にはありませぬか?」

「ええ、もう大丈夫です。お手間を取らせました」

 それを聞くと、男は木蓋を閉め、床の上に戻った。

「その装飾品は、無論、目録にはござらぬな?」

「ええ。抜かしております。でなくば取りには来れませぬよ。――――いやしかし、これほどになりますか」

 甲高い方が感心したように溜息を漏らす。

「これだけあれば、準備は万全に整えられましょうな」

「いやまだまだ。これでは砦の一つを買うのが精一杯。国を買うには、もっと増やさねば」

「国を買う・・・なるほど、確かにそうですね。それで、今のところどこまで買い占められたのです?」

「二州は押さえ申した。愠州にはすでに資金を流し、第一陣の準備を始めております」

「とうとう、でございますな」

「はい・・・」

 ゆっくりと、床板が閉じられ、闇が戻っていく。しかし立ち去る足音は聞こえない。星彩は柱から出て木蓋の上に戻り、じっと耳を澄ませた。

「・・・ゆうに五年、経ち申した。かつての惨劇は幻だったかのように霞み、老王は去り、麟の公子が王となって、恭には新たな風が吹く。されど我が心の内の雲は風にも流されることはなく、同志の心からもまた消え去らぬ」

 低い声は、謳うようだ。謳うように高らかで、そうしてどこか、悲しく響く。

「たった五年。されど、どれほど耐え、信じ、待ち続けた五年であったことか。今こそ、動く時。無念を過ごした月日に必ずや報い、真なる王を、玉座に据えん。・・・麟の王では、物足らぬのだ」

「――――」

 物足らぬ。

 最後の言葉に、衝撃が走った。

(そうだ・・・そうだよ、この声、聞き覚えがある)

 低く堂々と響く声。宗麟を足りないと評し、店で酒を飲んでいたあの男。

(宗麟の悪口を言ってた人だ! あの時の人は、大臣。田甫だったんだ・・・)

 嘘の盗賊騒ぎを起こし、床下に大量の宝を隠していたのは、宗麟を批判していた人物。そして今、一緒にいるのはおそらく曼成だろう。

(・・・麟の王って、宗麟のこと? じゃあ真なる王って、誰のこと?)

 腹の奥が、ひやっとした。

(この人たちは宗麟のこと、気に入ってない。・・・もしかして、他の誰かを王にしようとしてる・・・?)

 それが誰なのかなどわからない。しかし、しかし今の会話からでは、そうとしか考えられなかった。

『星彩、星彩っ』

 天祥に濡れた鼻を頬に押し付けられ、はっと我に返る。

『星彩、そろそろ行かないと怪しまれそうよ。宝は残念だけど、帰りましょ』

「・・・うん」

 印章の刻まれた物は、すでに取り除かれてしまった後だ。これ以上ここにいても、もはや得られる物はない。

 来た時と同じように普賢の後を追い、縁の下を出て、奉公人たちの別棟に戻った。

「お嬢ちゃん? どこ行ってたんだい?」

 後から来た下女に目を丸くされたのも、無理はない。縁の下などに潜ったものだから、顔や着物はあちこち汚れて、髪には蜘蛛の巣までついていたのだ。

「ちょっと、転んじゃって」

「あらら、ずいぶん派手に転んだもんだねえ。怪我はないかい?」

「うん」

 心配してくれる下女に、力の無い笑みを返す。正直、カラ元気を出す余裕もなくなっていた。

「気をつけてお帰り。もう転ぶんじゃないよ」

「うん。色々とありがとう」

 ぺこりと頭を下げて、別れる。しばらく歩いてから立ち止まって後ろを振り返れば、下女の怒声と共に、天祥と普賢が門から外へ放り出された。

『星彩、この後、どうする?』

 とてとてと足元までやって来て、天祥が尋ねた。

「鬼嚢に報告しに行くよ」

『大丈夫? 元気ないわよ?』

「・・・平気。ちょっとびっくりしただけ」

 頭は、まだ混乱していた。もしかしたら、大変なことを聞いてしまったのかもしれない。いてもたってもいられなくなって、星彩は走った。

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