第12話 やるべきこと
鬼嚢らは宿に待機していていた。
今しがた聞いてきばかりのことを全部報告すると、場には沈黙。鬼嚢が小さく舌打ちした。
「・・・つまり、大臣は反乱を起こすために、盗賊騒ぎで資金を集めてたってわけだ」
準備のための資金は、多額に必要となる。その元手を探られないために、盗賊に盗まれたということにして、嫌疑を逃れる。
「やっぱり・・・やっぱり、そういうことになるの?」
「それしか考えられねえだろ。ったく、とんだことを聞いちまったモンだぜ」
「あのぅ、お頭ぁ。さっさとズラかったほうがいいんでないですかい?」
手下の一人が、ぽつりと呟いた。
「ややこしい、国の陰謀なんぞに巻き込まれちゃたまりませんよぉ」
「確かになあ。俺らにゃ関係ねえや」
一人が言えば、他からも続々意見があがる。
「でもお頭の名を騙ってンだぜ?」
「だけどよぉ、首突っ込んで巻き添え喰らうこたぁねえだろうがよ?」
「俺ぁ腹立ちが収まらんぜ。汚ねえ野郎どもにいいように利用されちまってよ、悔しくねえのか?」
「そりゃ悔しいけどよ、相手と状況ってモンがあるだろぉ? もしかしたら騒ぎを広げないためーとかっつって、チクっても証拠隠ぺいで消されちまうかもしんねえぜ?」
やいのやいのと手下たちの間で意見が飛び交い、騒がしくなる中、鬼嚢は一人黙って腕を組み目を瞑っていた。
そして喧騒がどんどん大きくなってきたとき、
「よぉーし、わかったぁ!」
誰より大きな声でその場を打った。手下たちはすぐさま口を噤み、彼らの頭を振り仰ぐ。
「ズラかる」
たった一言に、星彩は何も返せなかった。
本当は、彼らの無実をきっちり晴らしてから、恭でもっとゆっくりしていってほしかった。だが、こんな事態となってしまっては、引き留めることなどできない。
寂しい気持ちになって、つい、うつむいてしまう。
「だがその前に」
不意に、続く言葉が降ってきた。
「奴らの集めに集めたお宝を、この鬼嚢さまが根こそぎ頂戴しようじゃねえか!」
ぱあん、と景気の良く手を叩く音と共に、歓声が上がった。
顔を上げれば、いかにも悪人らしく笑う鬼嚢がある。
「反乱なんぞ、つまんねことに使う金は、俺がもっと有効利用してやるっ。見てろ、余裕しゃくしゃくの野郎の元から掠め取ってやるぜ! したら、恭も俺らも万々歳! な!」
「あ・・・え・・・」
同意を求められても、星彩はすぐには答えられない。
「あ、あの、つまり、盗みに入るってこと?」
「野郎どもがせっかく盗人の汚名を着せてくれたンだ、ありがたく頂戴しようじゃねえか」
「ええ? それっていいの?」
尋ねつつ、良いはずがないと思う。結局、鬼嚢らは罪を犯すことになるのだ。ただ、それで手っ取り早く反乱の動きを止められるのは確かで、前の二件の盗賊騒ぎが嘘であったことを示すこともできる。
「―――星彩、おめえはどうする?」
「え?」
不意に静かな口調で尋ねられ、鬼嚢を見た。鋭い右目が、まるで星彩の心を見定めようかというように、まっすぐ向けられている。
「宝の在処を知ってンのはおめえだ。おめえは、俺らにそれを教える気があるか?」
つまり、協力してくれるのか、という問いだ。
鬼嚢らのしようとしていることは、結果的に恭のためになるとはいえ、悪い事には違いない。宝の在処を伝えて盗ませてしまうことは、悪事に加担するということ。
脅して場所を問うのではなく、鬼嚢はあくまで星彩の意思に訊いている。だから決定に責任を持つのは、星彩自身だ。
先程の鬼嚢のように目を閉じ、よく考えてみた。
まず、見失ってはいけないこと――――自分はどんな結末を望んでいるのか。
(鬼嚢たちへの疑いを晴らして、田甫たちの計画を止めること)
そのために、鬼嚢らへ協力するのは、良い手段なのか。
(計画は、まだ全部はわかってない。それに、反乱の証拠もない。――――今、鬼嚢たちが宝を奪っても、田甫が捕まらなかったら、また同じことが起きるかもしれない)
山賊たちの腹立ちが収まっても、恭の火種が消えるわけではない。
(まだ、動いちゃダメだ)
目を開き、まっすぐに相手を見返す。
「鬼嚢、もうちょっと待ってもらえないかな?」
「あ?」
「だってまだ、田甫たちが反乱を計画してるって証拠がないんだもん。あんな曖昧な会話だけじゃ、たぶん、証拠にはならない。だからまだ、ダメなの」
いつの間にか、場は静まり返っていた。皆が星彩に注目し、その言葉に耳を傾けている。
「わたしは、こんなにすてきで楽しい場所を壊されたくない。国のために、遊ぶ暇もないくらい一生懸命がんばってる王さまを守りたい。そのためには、ただ計画を潰すだけじゃダメなの。全部はっきりさせて田甫たちを捕まえなきゃ。――――だからお願い、鬼嚢。わたし、絶対に証拠を見つけるから、鬼嚢たちがまたいつでも恭に遊びに来れるように、ちゃんとぜんぶ解決するから。わたしなんか頼りなくて、信用できないかもしれないけど、待っててほしいの」
何の保証も根拠もないが、ただ、信じてほしい。それがどれだけ相手に無理を強いていることか、知っている。知っていて、それでも願った。願うことしかできなかった。
「・・・妓楼の下働きの言葉とは思えねえな」
ややあって、鬼嚢が苦笑した。
「全部てめえが解決するって? ガキが随分とまあ大きく出たモンだ」
「・・・やっぱり、ダメ?」
肩をすくめると、「いや」と鬼嚢は首を振った。
「正直、無理だと思ってたのに、おめえはちゃんと情報を持って帰ってきた。ガキはガキだが、口だけの奴じゃねえ。信用できる類の人間だよ」
ぽん、と鬼嚢の大きな手が星彩の頭に乗せられた。
「おめえの心意気に敬意を表して、ちっとだけ待ってやる。気が済むまであちこち駆け摺り回りやがれ。俺たちも、協力してやらぁ」
「―――ありがとう鬼嚢!」
星彩は嬉しくなって、座ったまま飛び跳ねた。
ここにもまた、信じてくれる人がいたのだ。
「わたしがんばるよ! さっそく情報を集めなきゃ!」
「おいおい、その気合はいいがよ、アテはあんのか?」
鬼嚢に問われ、少し考え込む。記憶を手繰り寄せて、繋がるものを探した。
「・・・わたし、田甫をお店で一度、見かけたの。あのときも確か王とがどうとか同じようなこと言ってたから、あれは、もしかして反乱の相談だったのかも。それに、愠州、愠州の大士にこの前会ったよ!」
「んん? 大士っていやあ、州を治める地方の偉ぇ役人だろ? わざわざ豊邑まで出て来たってこたあ、なんかあるな」
「うん。田甫は愠州で準備してるって言ってたし、関係あるのかもしれないよね」
いきなり剣を突き付けてきた、おそろしい男。あの異様なまでの殺気は、陰謀の渦中にあって気が立っていたからだと考えられないだろうか。
「奴らは妓楼でこっそり会って、話し合いをしてたわけか。ンじゃあ、歌妓どもが何か知ってっかもな」
「歌妓・・・」
田甫のときも、大士のときも、接待をしていたのは明玉であったはず。
「明玉に聞いてみる!」
「あ、待てよ星彩っ」
宿を飛び出して、店へと走る。日は傾いて、そろそろ夕闇が迫る。忙しい夜が来る前に、確認しなければならない。
「―――星彩っ!」
必死に駆け抜ける中、すれ違いざま、ぐん、と誰かに腕を掴まれた。
「わっ!」
危うく転びそうになるところをなんとか踏ん張って、振り返れば、そこにいたのは願ってもない人物だった。
「明玉!」
「わ、な、なによっ」
つい抱きついてしまい、明玉が驚いたように瞬きをした。
「よかった! 明玉に会いたかったの!」
「あんた、無事なの? 例の賊連中に無理やり攫われたって聞いて、ずっと探してたのよ?」
「? 攫われた?」
「星彩!」
ちょうどそのとき、鬼嚢が駆けてきた。どうやら飛び出した星彩の後を追っていたらしい。明玉は隻眼の男の姿を確認するや、星彩を庇いさっと前へ飛び出した。
「来るんじゃないわよ、人攫い!」
「あぁ?」
鬼嚢は二歩ほど手前で足を止め、思い切り睨みつけてくる明玉を見下ろした。
「なんだおめえは?」
「この子に何の用よ!?」
「てめえに関係ねえだろぉがっ。いいから星彩を貸せっ」
「あたしは星彩の姐貴分よ! この子に手ぇ出したらただじゃおかないんだから!」
そうして明玉は懐から簪を取り出した。本来髪を飾るためものではあるが、先が尖っているので、力一杯振りかぶれば実は肉にも刺さる。
「あたし知ってンのよ! あんたは貴族屋敷を襲った盗賊なんでしょ!? 役人に引き渡されたくなきゃ、この子に構うのはやめな―――」
「バカっ、ンなこと大声で叫ぶなっ」
「きゃっ、なにすむぐぐ」
鬼嚢は簪を振り上げる明玉を易々と捕らえ、口を塞ぎつつ路地裏へと引き摺りこむ。
「ま、待ってよ二人とも!」
星彩も慌てて後を追って、路地へ入った。
「む、むう、うう!」
「このっ、暴れんなっ、くそっ!」
腕の中でもがく明玉を、鬼嚢が力ずくで押さえつけている。あんまり明玉がもがくのでよく見ると、鬼嚢の手が大きいせいで口どころか鼻まで塞いでしまっており、明玉の顔がどんどん赤くなっていた。
「鬼嚢! 明玉が死んじゃう!」
「お? あ、悪ぃ悪ぃ」
ぱっと解放されて、明玉は大きく息を吸い込んだ。そのまま何度か咳込む。
「明玉、大丈夫?」
「・・・マジで、死ぬかと思ったわよ」
「ほ、ほんとに大丈夫?」
丸まった背中をさすりさすり、星彩は明玉が落ち着くように事情を説明した。
とりあえず今朝は鬼嚢に攫われたわけではないということを言い、それから盗賊騒ぎのからくり、それを解いた経緯、田甫の屋敷に忍び込み、そこで見たもの聞いたことを漏らさず伝えた。
説明の間、驚いたり呆れたり怒ったり、色々な表情をした明玉だったが、すべてを語り終えると、簪を口元の黒子の辺りに当てながら、思案顔で唸った。
「ウチに来たお客が、反乱を計画してるって?」
「うん。明玉は何か聞いてない?」
「・・・あのね、あたしら歌妓は、お店で聞いたことはそうそう他人に漏らしちゃいけないの。お客は歌妓を信用して、安心して酔っぱらうのよ? その信用を裏切っちゃいけないでしょーが」
「・・・かもしれないけど」
それが歌妓の義務であっても、こればかりは引くわけにはいかない。
「お願い明玉。これはとっても大変なことだよ。もし反乱なんて起こっちゃったら、恭が滅茶苦茶になっちゃうよ!」
「・・・」
「この国は今、こんなに平和なのに、騒ぎなんて起こしたくないよっ。みんなが楽しくお酒を飲めなくなっちゃうんだよ? ―――お願い明玉、何でもいいの。知ってること、教えてっ」
「・・・本当に、ちょこっとしか知らないわよ」
渋々、といった様子であったが、明玉は心当たりを語ってくれた。
「最近、変な客がよく来るの。一人でちょっと飲んで、すぐに帰る。身なりはいいくせに、指名すんのは翠玉姐さんだけ。そりゃ、姐さんは店で一番人気だけど、金持ちだったら他に何人も歌妓を呼んだりするでしょ? 妙なのよねえ。しかも―――」
ふと、話が途切れてしまった。
「? どうしたの?」
「・・・いや、考えすぎかもだけどさ」
明玉はややうつむきながら、ためらいがちに言う。
「そーゆー客が来たときに限って、必ず、姐さんに用を言い付けられる気がすンのよね。で、席を外して戻って来ると、すぐに客が帰る。なんだか、まるで」
「おめえのいねー間に、用を済ませてるってか?」
言葉を継いだ鬼嚢に、明玉はさっと鋭い眼差しを向けたが、何も言えずにまたうつむく。
「? 用って?」
「よくある手さ。一人が歌妓に伝言を頼んで、次に来た相手と連絡を取る。無関係の人間を装って企みごとを進めるにゃあ、ちゃんとしたとこの歌妓は口も堅ぇし、絶好なんだ」
「・・・それって」
鬼嚢の言葉を飲みこんで、考えて、結論を導く。
「つまり、翠玉が反乱を起こそうとしてる人たちの連絡係になってるってこと?」
「まだ決まってないでしょ!」
突如、明玉が声を張り上げた。
「その変な客たちが、大臣の仲間って証拠はないじゃない! 翠玉姐さんがそんな、悪だくみの肩棒を担ぐようなまね・・・!」
「め、明玉」
真っ赤になって憤る明玉をなだめようと、その衣に取り縋る。しかし、何と声をかければ良いのかわからなかった。
「あ、あたしの、考えすぎかもしれないし・・・」
「うん・・・」
(でも)
はっきりと、否定できるだけの材料が、ない。
「確かめるっきゃねえだろ」
鬼嚢が言い淀む娘たちのかわりに提言した。
「星彩が部屋ン中に隠れて見張っときゃいい。翠玉と客が二人っきりでなにしてんのか確かめられりゃ、ここでうじうじと怪しいだの怪しくねえだの言ってるよか早ぇだろ」
「・・・うん、だね。鬼嚢の言う通りだよ」
星彩は未だ戸惑う明玉の瞳を見つめた。
「明玉、確かめよっ。このままじゃ、翠玉を信じるにも中途半端になっちゃう。そんなの気持ち悪いもん」
「・・・」
きっと唇を引き結んで、明玉は頷いた。
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