第3話 幼馴染には思うところがある件について
「どうした、そこのまもの! ゆうしゃのアタシがあいてだ!!」
リミナがその小さな身体に似合わぬ、威風堂々とした態度でスライムと対峙する。
構えるは身の丈ほどはあろうかという剣。細腕のどこにそんな力があるのかと、そう思わされる程に不釣り合いなそれは、ただしかし、不思議とよく映えていた。
きりっとした表情には、普段の無邪気さは感じられない。つまりはそれこそが、勇者としての彼女のそれなのであろう。
対してスライムは、少女と大差ないその身を震わせながら後退していた。
人間でいうトコロの冷や汗、なのだろうか。じわりと、そのゲル状生物の移動したコンクリートは、水分を含んだように変色していた。一目見て分かる。スライムは完全に恐怖していた。勇者――リミナの存在に、恐怖していたのであった。
僕はそれを感じ取り、微かな憐れみを抱く。
何故か、と問われれば決まっている。今回の一件については、僕の隣でいそいそと逃げ出そうとしている駄女神のせいであった。コイツが管理を怠らなければ、このスライムはこちらの世界に迷い込むことはなかったのだから。
『は、はひぃ! ――勇者、ナンデ!? というか、ここドコ!!』
「ん、これって。もしかして……」
その時であった。
言語形態は異なるが、そのような意味が頭に浮かんできたのは。
その正体はすぐに分かった。言うまでもなく、目の前の彼――スライムの声。彼の言葉から、僕の憶測は確信に変わった。やはり、このスライムは巻き込まれただけなのである。そうとなれば、被害者でしかない。
と、いうわけで。
ここからは、大変に不本意ではあるが魔王としての役割を果たさなくてはならなかった。幸い、春歌を含めて周囲の人は何かの撮影かと思ってくれているらしい。
まぁ、これだけ非現実的な出来事なのだ。ママゴトだと思うのが当然だろう。
さてさて、それでは仕方ないな。
僕はふっと、小さくため息をついてから両者の間に割って入った。そして、
「ふははははははっ! 勇者よ、油断したな! これこそが我の策略なり!!」
左腕を腰に回し、右手は顔の半分を覆うようにしてそう叫ぶ。
声も最大限に低く作って、王としての威厳を醸し出す――とは言っても、だ。所詮は引きこもりの虚勢に他ならない。そのため、大根役者と言ってもらった方がまだマシな演技であった。しかし、その功罪といってはアレだが、これのお陰で周囲の考えはまとまったらしい。
そう。これは完全に、お遊戯である、と。
ただ一人――。
「――きさま、やはり。おまえのてびきだったのか、まおう!!」
リミナを除いて、であるが。
少女は金の髪をふわり。揺らしながら、剣を真っすぐに構え直した。
そして真ん丸な瞳をキッと細めて、僕のことを睨みつける――うん、よし。これで彼女の注意はこちらに向かった。そうだとすれば、次にすることは決まっている。
『魔王サマ? ――あっしを助けてくれるんですか?』
「あぁ。こっちで時間を稼ぐから、その間に来た道を戻れ。いいな?」
『あ、あああありがとうございます!? このご恩は、決して忘れません!!』
「分かったから。そう言ってる暇があるなら、ちゃんと
小声で、僕はスライムに指示を出した。
すると彼は感謝の言葉を並べながら、いそいそと去っていく。こちらはリミナから視線を外さずに、気配だけを確認していたが――良かった。とりあえずは、この場から逃げられたようであった。
「くっ! まおう、きさまのおもいどおりには、させないぞっ!」
「――ふっ、ふははははははははっ! 小童が喚きおるわ!」
ともすれば、である。
残るはこっちの処理だけであった。
僕はワザとらしく高笑いをしてから、静かに姿勢を整える。いつまでも、こんな恥ずかしいポーズなんて、取ってはいられない。せめてリミナに向かって半身になっり、仁王立ちするくらいが丁度いいだろう。
そして、僕はおもむろに少女に向かって手を差し出し――。
「――さぁ。かかってくるがいい、勇者よ」
クイクイっ、と。
今にも駆け出しそうな彼女を挑発した。
「!? ――いくぞ、まおう!!」
すると、何とも分かりやすく。
リミナはそんなことを言いながら、銃弾のように迫ってきた。そして、その身の丈には分不相応な剣を高々と振り上げる!
「くらえっ!」
真っすぐに僕へと降りかかる
普段なら躱すことも、受け止めることもしないモノであるが、今回ばかりはそういうワケにもいかない。そのため、華麗に後方へとステップ。紙一重に、切っ先が僕の鼻先を通り過ぎていった。
そして、その攻撃はコンクリートへと向けられ――ドガァァァァァァァンッ!!
轟音と共に、巨大なクレーターが形成された。
砂煙が舞い上がり、視界が不明瞭になっていく。しかし、その中心にいたはずの少女はすでに行動を次に移していた。
僕が着地したと同時にはもう、今度は横に武器を構えて1メートルの距離に。
そして、立ち込める砂塵を切り裂くように横薙ぎにする。
「ふっ――!」
しかし、それも僕を捉えることはない。
タンっ――軽いジャンプをすれば、次に僕が立っているのは振り払われたリミナの剣の上である。腕を組んで、何をするでもなく。敵を見失って、瞬間だけ困惑する彼女を見つめていた。しかし、その一瞬が勝敗を分けるのである。
僕はそろりと、リミナの背後に降り立つと――手を擦りながら息をついた。
そして少女の脳天に、
「ふんごォっ!?」
軽く、手刀を喰らわせるのであった。
その直後に、おおよそ女の子が発してはならない音を吐き出したリミナ。彼女は、膝から力が抜けたらしく、ふわふわとその場にうずくまるのであった。
僕はもう一度、深く息をついてからこう言う。
「はい。これで、今回も僕の勝ちだな」
「うにゅううぅぅ……!」
すると頭を押さえながら、リミナは涙目で僕のことを睨み上げた。
「ないてない、ないてないもんねっ!」
「はいはい。そうですか~……てか、いつも訊いてないって」
そして、決まり文句を言うので、僕は適当にそれをあしらうのだ。
これでひとまずは、一件落着であろう。――なお、この後。目撃者の証言によって僕は、リミナに代わって警察に連行されることとなるのだが、それは置いておこう。
それよりも問題だったのは、この光景を特別な思いで見ていた人物が一人いた、ということであった。その人物は、カフェのテラス席からこちらを見つめている。
そう――桜木春歌は、静かに僕のことを見つめていたのだ。
胸に手を当てて。
何かを、彼女は考え込んでいた。
いいや。どちらかといえば、それは思いを馳せていた――それが正しい。
でも、この時の僕はそのことに気付くことはなく。
リミナの首根っこを掴み上げて、何度目かのため息をつくだけなのであった。
――まさか。
この後に、懐かしい記憶との邂逅が待っていようとは、思いもせずに――。
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