第1話 死んでから初めてデートする件について
『ねぇ、リュウくん! 今度のお休みに、その――』
『ん? どうした、春歌。そんなにモジモジしてさ』
それはもう、とっくに忘れてしまったと思っていた記憶。
僕がまだ【人間だった】時、通っていた高校での、幼馴染みとの何気ない一場面だった。夕日に染まった二人だけの教室で、一つの机を挟んで、僕らは窓の外を見る。
そんな折に、春歌はそう言ってきたのだ。普段は積極的に話を振ってこないのに、その時に限っては何やら意を決したようにそう、切り出したのだ。
やや幼さの残る顔立ちに、ほんの少し不釣り合いかなと思えるセーラー服。
僕を見つめる瞳は不思議に潤んでおり、頬も夕日に照らされるにしても赤く色づいていた。どうしたというのだろう。いつもなら、にこやかな笑みを浮かべているというのに。この時ばかりはまるで、一世一代の大勝負に赴くような表情だった。
あぁ――分かってる。
鈍感だった僕でも、今になったら分かるんだ。
この時の彼女がいかに勇気を振り絞って、その言葉を口にしたのか。どれだけの不安を押し殺して、そう僕に向かって言ってくれたのか、を。
『わ、わたしと! 一緒にお出かけしてくれないかなっ!!』
でも、この当時の僕は馬鹿で、阿呆で、どうしようもない程に子供だった。
だから、春歌の決心に対して何も敬いを払うことがなかった。
そう。だから、何も考えずにこう答えたのである。
『……ん。時間があったら、な』――と。
ホントに、馬鹿だ。
その時の自分自身の気持ちにさえ、気づかない。
いいや、違うな。正確に言えば気付いてはいたのだ。ただそこから、一歩を踏み出す勇気がなかっただけ。二人の距離が、今の関係が変わってしまうのを恐れたから。
それだから、この時の僕は速くなる胸の鼓動から目を逸らしたのだった。
『あ……そう、だね! うん。じゃあ時間があったら!』
今でもまだ、この時の彼女の落胆のそれは忘れられない。
まるで世界の終りであるかのような、しかしその悲しみを覆い隠すような微笑み。
僕はもっと時間をかけていけばいいと、そう思っていた。この微笑みに胸が詰まるような思いを抱きながらも、そう思っていたのである。
そう。僕らにはまだ、たくさんの時間が残されている。
僕らの関係は、まだまだ始まったばかりだ、と。
だけど、現実はあまりに残酷で。
僕らの時間はそれから間もなく、途端に千切れることになるのであった――。
◆◇◆
久しぶりの外出――先日の逮捕は含まない――は、晴天に恵まれていた。
麗らかな日差しが、普段引きこもっている僕の肌を刺激する。気の利いた衣服は持ち合わせていないため、身に着けるのはいつも通り黒のジャージ――なのであるが、日差しを集めてしまうらしく、もうすでに僕は汗だくになっていた。
「……ここは、どこだ?」
6年ぶりに出た外の世界は、高校に通っていたあの時と比較して様変わりしている。それこそ、こっちの方が僕にとっては異世界に違いがなかった。
それほど都会でもなく、かといって田舎でもないという感じであった街並み。それがどういった訳であろうか。都市開発でも進んだらしく、寂れていた駅前は綺麗に整備され、人が多く行き来していた。
「知らないぞ、こんな場所は。あ、でも……あの花屋は潰れてないのか」
僕はぼんやりとした記憶をたどりながら、改めて自分の現在地を確認する。
よくよく見れば見知った建物も点在することから、ここが学生時代から慣れ親しんだ場所であることは確かなのだろう。うむ、とりあえず道に迷うことはなさそうだ。
まぁそれは良しとして、ひとまずは置いておこう。
置いておくとして、だ。今の僕には、それ以上に気になることがあった。
「……で? なんで貴方たちもきてるんですかねぇ? リミナに
「いえいえ、私には監督義務がございますから。あと、また含みのある言い方しませんでしたか? リュウさん」
「そーだ! アタシにも、まおうのかんとく、せきにんがあるからな!」
「リミナ。お前、その言葉の意味分かってないだろ」
そう。それは、いつもの二人が堂々とついてきている、ということだった。
服装もそのままに、である。おかげで俺たち一行は、何かの仮装集団か何かかと、若干の白い目を向けられていた。完全に悪目立ちのそれである。
とりあえずは、職質を受けたらコスプレですと言い張るとしよう。そんな機会がないことを、まずは願うのであるが。――余談ではあるが、リミナも流石に剣は置いてきたらしい。
でも、それにしたって――普通ここは、空気読むところ、だろ?
例えそれが、
「あのな、アイリーン。一応これは、デートなんだからな? 下見とはいえ」
そう。そうなのだ。
これが春歌の、本命の相手とのシュミレーションであったとしても。
昨日、春歌は俺にこう提案してきたのだ。
『自分には好きな人がいるのですが、その人と一緒に行く場所を共に回ってほしいのです。お礼としては、その道中での食事でお願いします』――と。
何とも言えない気持ちにもなったが、他でもない春歌の願いだった。
それに、今の彼女の幸せを考えたら。僕に出来ることを少しくらいはしてあげたいと、そう思った。――いいや。本音を言えば、心苦しいのも確かなのだが。
それでも、僕はもう【人ではない】のだから。
それに、死者がいつまでも、その人を縛り付けるのも間違いだと思えた。
――と。
そんな風に柄にもなく、真剣に物事を考えたのに、である。
「めがみさまは、なにかたべたいものは、ありますか!?」
「そうですねぇ。私は一度でいいからパフェ、というモノを食べてみたいです♪」
「……………………」
この二人はァ!
なんだよ、ただのショッピング感覚でついてきやがって!
僕の苦渋の選択を何だと思ってるんだ。一晩寝ずに考えに考えて、ようやく決意出来たと思ったら、なに朝になって当たり前のように現れやがってくれてんだよ!!
「ぐぎぎ、この馬鹿二人めぇ~っ!」
僕は歯を食いしばって、拳を握りしめた。
なんなら今からでも、力ずくで追い返してやろうか――。
「どうしたのですか? 舞桜さん」
「ひゃぇっ!?」
――と、そんなことを考えて一歩を踏み出そうとした。その時だった。
背後から、キョトンとした色の声をかけられたのは。
「あ、あれ!? 春歌さん、いつからそこにいらしたのでしょうか!?」
俺は振り返りながら、そう返答した。
すると、そこにいたのはやはり。可愛らしい花柄のワンピースを身にまとった春歌の姿であった。肩からお洒落なバックを下げている彼女は、不思議そうに小首を傾げている。薄らとメイクを施した彼女からは、普段よりも幾分か大人な印象を受けた。
「いえ。ちょうど今、来たところですけど」
そんな春歌は僕たち三人の姿を順番に眺めつつ、そう言う。
僕は大慌てで、振り上げかけていた拳を隠した。
苦笑いを浮かべて対応する。
「うらら! ぱふぇ、というものをたべたいぞ。アタシは!」
さてさて。そうやって挙動不審にしている間に、洗脳された少女が声を上げた。
リミナはきゃっきゃと、黄色い声を発しながら春歌に抱きつく。
「んー? そっかぁ、分かった。じゃあ、わたしのおススメのお店に行こうね?」
「わーい! アタシ、うららのことだいすきだっ!」
「えへへ。ありがとう~」
それを受け止めて、満更でもない、といった様子の春歌。
僕はもう後戻りできないのだと悟り、大きく肩を落とした。そうすると、声をかけてくる者が一人あった。アイリーンだ。
彼女は僕の耳元で、こう囁くのであった。
「ふふふっ。ごめんなさいねぇ、リュウさん? こちらもお仕事、ですので♪」
「…………………………」
そう言うコイツの顔からは、申し訳ないという気持ちは、微塵も感じられない。
むしろ、ざまぁみろ、といった方が正しいように思われた。
「今に見てろよ? この駄女神……」
「あら怖い。そんな顔してると、春歌さんに嫌われてしまいますよ?」
恨み言を返すと、そんな感じであっさりとかわされてしまう。
そして彼女もまた、春歌のもとへと歩み寄っていくのであった。三人娘は楽しげに談笑する。それはもう、これが正しい形なのだと、そう言わんばかりに。
「…………はぁ」
それを見て僕はうつむき、深くため息をついた。
こうなっては仕方がない。今日のところは、とりあえず良しとしよう。
気持ちを切り替えて面を上げた。まぁ元々は、春歌の本命デートの下見なのだ。期待も何もしてはいけない。だとすれば、これでも別に構わないのだろう。
そう考えて、僕もまたその彼女たちの会話の輪に混ざるのであった――。
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