幼馴染編

プロローグ 幼馴染が突然の提案をしてきた件について





 ――さてさて。

 あれ以来、春歌とリミナはよく遊ぶようになった。

 それはつまるところ、春歌が僕の部屋にやってくる回数が増える、ということだ。ネットサーフィンをする僕の後方で、彼女たちは噛み合ってるのか、噛み合っていないのか、よく分からない会話を繰り広げている。


「アタシは、ゆうしゃなのだ! だから、まおうをたおす!」

「ふふふっ。リミナちゃん、この間オセロで負けてたもんね。リベンジだねっ!」


 春の日差しが眩しい、とある土曜日の昼下がり。

 完全週休二日制なのだという春歌の仕事は、福利厚生も整っているらしかった。残業も滅多になく、平日だって、リミナがいると聞けばすぐに駆けつけてくれる。

 個人的には胸が痛むので、なるべく回数は控えてもらいたかったが、リミナもはるかに懐いてしまったらしい。日に日に、二人の距離は縮まり、頻度も増していた。

 でも、その居辛い空気感を耐え忍べば、僕にとっての役得もあるわけで、


「そういえば舞桜さん。今日も作り過ぎちゃって、よかったら食べていただけますか? リミナちゃんも一緒に」

「あ、はい。いつもありがとうございます」

「おぉ! きょうも、うららのてりょうりが、たべられるのか!!」


 これ、このように。

 男の一人暮らしでは滅多にあり付けない、女性の手料理、というやつだ。

 しかもこれは、生前のことなのであるが。春歌は一生懸命に料理の勉強をしていた。六年の歳月を経て、一人立ちをするに伴いその腕は遥かな上達を遂げている。

 手渡された小さな弁当箱を開くと、そこにあったのは色とりどりの野菜と小さなハンバーグだった。ご飯には海苔などで可愛らしい動物の姿が描かれている。


 ふむ。これはまた、気合いが入っているな。

 僕は一つ、手づかみでハンバーグを口に運び、溢れ出る肉汁に舌鼓を打った。


「……うん! 美味しい!」

「よかったぁ! 喜んでもらえると、とても嬉しいです!!」

「こらぁ、まおう! ぎょうぎが、わるいぞっ!?」


 すると、安堵と喜びの表情を浮かべる春歌。対してリミナはといえば、僕のことを咎めるようなことを口にしながら、その端から大量のよだれを流していた。

 少女のそんな様子を見ていた春歌は、くすくすと笑いながらもう一つの弁当箱を差し出す。リミナは瞳を輝かせて受け取ると、先ほどの忠告はどこへやら。自らも手づかみでハンバーグを口に運んでいた。――ほわぁ、と。幸せそうな表情になる。


 あぁ。こうなると、リミナはしばらく帰ってこない。

 なので、僕はうるさいのがいない間に、春歌に感謝を述べることにした。


「春歌さん。いつもありがとうございます」


 僕が言うと、彼女は大げさに両手をパタパタと振って反応する。そして、


「い、いえ! これは、わたしが好きでやってることですからっ!」


 そう答えてから顔を真っ赤にしていた。

 ふむふむ。こうやって、褒められたり感謝されると赤面してしまうところは、昔から変わっていないらしい。22歳という年齢。大人の女性としての階段を上り始めたものの、どこか女の子のような仕草をする春歌は、うむ。正直――萌えた!


「あの、舞桜さん。少しいいですか……?」

「うん? どうしたんですか?」


 さてさて。

 そんなことを考え、ニヤケそうになるのを我慢していると、だ。

 どこかオドオドとした様子で、春歌がそう声をかけてきた。僕は妄想に耽ってしまいそうな思考を引き戻し、彼女にそう返答した。すると春歌は上目遣いに、こちらを見つめるのである。そして意を決したように、



「わ、わたしと――デート! して下さいませんか!!」



 そう、言った。


「…………………………はい?」


 …………でぇと?

 僕の思考は再び、正常な働きをしなくなった。

 たぶん、間抜けな表情になってしまっているのだろう。けれども、すぐに答えが欲しいのだろう。春歌は唇を噛みしめて、じっとこちらを見ていた。


「むぅ? でぇと、とはなんだ。まおう」


 と、そこで自分の世界から帰ってきたリミナが言葉を繰り返す。

 でも僕はまだ、答えることが出来なかった。








 ――それは、ある土曜日の昼下がり。

 生前では叶うことのなかった、初恋の人との夢の出来事イベントが決定した瞬間であった。だけども、当然そんなこと考えてもみなかったわけで。



「は、はい……?」



 僕は、困惑とも承認とも取れる返答をしてしまうのであった――。



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