第5話 不思議な夢を見てしまった件について
「なんだー、そうだったんですかー! あははっ!」
「いや、春歌さん? 僕、有無を言わさず警察に突き出されたんですけど?」
さて。翌日である。
警察でこってりと絞られて、それでもどうにか誤解を解くことが出来た。
そうして今朝になってようやく、僕はこのアパートに戻ってこれたのである。数年ぶりの外出が警察署って、どういうことだ。何なんだ、この仕打ちは。
と、まぁ。その不満は置いておくとして、だ。
結果として取り残されることになった女子三人組は、何があったか知らないが、帰ってきた時には仲良くなっていた。どうやらあの駄女神ことアイリーンが、機転を利かせたらしい。まさしく奇跡だった。
「……ふふっ。一つ、貸しですよ?」
「うぐっ……」
僕が春歌と話していると、耳元で駄女神がそう
それは忌々しげなモノではあったが、否定できない事実でもあった。それにしても、このクズ女神はいったい何がしたいのか。いいや、きっと何も考えていないのだろう。
「それにしても、大家さんの姪っ子さんも海外のご出身なのですね?」
「む? そーだな。こことはちがうせかいだ」
「凄いですね! 国際色豊かでっ!」
ここはここで、何やら絶妙なすれ違いをしてくれているし。
というか春歌さん? 貴女、意外と天然だったんですよね、そういえば。
昔から変わらない彼女のそんな一面にどこか安堵し、しかしどこかで悲しみを覚える僕であった。さて、それはそれとして、である。問題はもう一方だ。
リミナはの方は、どうだろう――
「そーか、すごいか! うらら、おまえいいやつだな!」
――大丈夫だ。アホの子だった。
と、いうかこの子にとっては、どうでもいいことなのかもしれない。
綺麗な青色の瞳をキラキラと輝かせた少女は、サイドアップの金色の髪を犬の尻尾のようにフリフリとしている。そして、次に取った行動はアイリーンにするそれと同じようなモノ。僕の幼馴染に抱きついて、頬ずりをしていた。
……別に。羨ましいなんて、思ってないからな?
「それで、舞桜さんはリミナちゃんの遊び相手をしているんですね?」
「ちがうぞ、アタシとまおうは、しんけんしょうぶをしているのだ!」
「あははっ! ごめんね、そうだねー。真剣勝負、だもんねーっ!」
「むぅ? アタシのいってること、しんじてるのか? うらら」
「信じてるよー? あははっ、可愛いなぁ。リミナちゃん」
「な、なでるなぁ。ふみゅ……」
戯れる春歌とリミナ。
その様子を少し距離を置いて眺める、僕とアイリーン。
まぁ、改めて簡単に説明しておくと、だ。一応アイリーンはここの大家ということになっている。そして、リミナは駄女神の姪という設定だ。僕は昨日、その姪っ子であるリミナを預かっていて――以下は、事実の通りに、春歌には話してあった。
「……まぁ。そういう感じです、はい」
僕は遅ればせながら幼馴染みにそう答えて、一つため息をつく。
そうしていると、僕の隣にいた駄女神がニヤニヤとしながら話しかけてきた。
「良かったですねぇ~。誤解が解けたようでっ♪」
「……お前はいったい、何を考えているんだ?」
頭を抱える僕。
しかし、彼女はとくに迷った風でもなくこう答えた。
「いえいえ。桜木さんに、変にこちらの世界に関与されるのも困ったことなのですよ。貴方にとってはもちろんのこと、私にとっても、ね」
「あ? それ、なにか矛盾してないか?」
「ん? どこがですか、ね」
「どこって……」
元々、アイリーンがこの異世界荘に春歌を連れてきたのは、僕の行動を制限するためだったはずだ。春歌を人質として、自身と僕の立場を対等とするために。
――それだというのに、自分にとっても困ったこと、だって?
「……アイリーン。お前、何を企んでいるんだ?」
「さぁ? 私はしがない女神にすみませんので♪」
僕の問いかけに、コロコロと笑って返答するアイリーン。
彼女はそのまま立ち上がって、じゃれ合う二人の女子の元へと向かった。
そして春歌と一緒になって、リミナのことを弄る。頬をつついたり、引っ張ったり。その様子を眺めいた僕は、ふと天井を見上げた。
「何だか、変なことになってきたなぁ……」
そして、ボンヤリとそう呟く。
それは六年前のあの日からか、あるいはここ数日の変化に対してか。
自分でも分からない。ただ確実なのは、何かがすでに動き始めている――そのことに対する気味の悪さがある、ということだった。さらに、言ってしまえば僕の中には、もう一つの疑問が渦巻いている。
そもそもだ。
そう。そもそも、どうして――
「僕、だったんだ……?」
――僕が、魔王にならなければならなかったのか。
魔王として生きてきた、この六年という月日に対する疑問であった。
僕は何の因果か、あの日、魔王になった。
それは幸運だったのか、あるいは不運だったのか。それは分からない。
それが運命だったのだと、そう言ってしまえばそれまでなのかもしれない。けれども僕には、その裏に何か思惑があるような気がしてならなかった。
だけれども、まぁ――
「――考えても、今は仕方ない、か」
そう、ポツリと漏らして。
僕はゴロンと身を横たえ、視線の先には楽しげな女性陣。
空っぽだった部屋の中に生まれた、三輪の花。それは、どれも眩しくて――
――僕は、自然と目蓋を閉じた。
それは、そう。
自分と彼女たちは違うのだ、と。
そうやって、自分に言い聞かせるようにして――
――――――
――――
――
――夢を見ていた。
それはきっと、僕の経験とは無関係な夢を――
僕は一人、世界を見渡していた。
いいや、正確には。小高い丘から、大草原を見渡していたのだ。
天に輝くは眩き太陽の光。それに思わず目を細めて、手をかざした。
自身の纏うは、見たこともない漆黒の鎧。
リミナの付けているような軽いモノではなく、全身を覆う重厚なそれ。しかしそんなことを微塵も感じさせず、軽快に僕――という夢の住人――は歩を進めていく。悠々と、幸せを噛みしめるようにして。
あぁ、それは何と不釣り合いなのだろうか。
それだけは分かった。今の自分は悪の化身、あるいはその権化ともいえる存在のはずなのに。醸し出されるその雰囲気は、善良なる凡夫となんら大差ない。
そのように感じられたのだ。だから、理解できた。
そうか。この夢は――彼の夢だ。
「――もうっ! 女の子をいつまで待たせるのですかっ!」
その時だった。
聞こえてきたのは、ある女の子の声。
彼女はちょうど太陽と重なるように、または彼女が太陽そのモノであるかのように。振り返ったその表情は、笑っていること以外確認できなかった。
――いつもは、俺が待たされているじゃないか。
僕の口は、自然とそう動いていた。
意思に関係なく。そう、僕はただ映像を見せられているだけ。
僕は本来ここにいないはずの【人間】――すなわち、ただの傍観者にすぎないのだから。そこには登場することは出来ない。でも、不満はなかった。
だって、そこには幸福が満ちていたから。
出来ることなら、いつまでも見ていたい――そう思う夢だった。
けれども、夢には終わりがやってくる。
そう。それは――
――
――――
――――――
「まおう! おきろ! つぎこそ、かつっ!」
――
前回のことを教訓としたのか、リミナは僕の身体を揺すって大声を発した。
そうされると、起きざるを得ないだろう。というか、起きなければ一生でも揺さぶられかねない。それは流石に面倒だし、不毛の極みだった。
だから、僕は不承不承、身を起こして大きく伸びをする。
そして声のした方を見ると、そこにいたのは、アイリーンとリミナの二人だけだった。窓の外を見れば、そこには綺麗な月が浮かんでおり、夜になったのだとすぐに分かる。なるほど、流石に春歌は帰ったか。
「こっちをみろ、まおう! せいせいどーどーと――」
「――あー、分かった分かった。ちょっと待ってろって」
僕は頭を掻きながら、騒ぐリミナにこう答えた。
「
それは、先ほどまで見ていた夢の断片。
その残滓に過ぎなかった。だから自分でも気づかなかったし、リミナも何も言わない。ただ、この時に一人だけ息を呑んだ人物がいた。だけども、僕はそれに気が付かなかった。
――そう。
アイリーンだけが、拳を震わせていた。そのことに――。
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