第4話 フラグ回収は基本な件について
それは、とある金曜日の夕暮れ時のこと。
春歌が隣に引っ越してきてから、三日が経過していた。
あれ以来、彼女とは顔を合わせていない。考えてみれば、引きこもりの僕だ。立派な社会人へと成長した春歌との接点などさほど多くはない。おそらく、こうやって引きこもってさえいれば、彼女と接触することなどほとんどないだろう。強いて言えば、ゴミ捨ての時くらいか?
などと、俺は畳の上で寝そべりつつ考えていた。
そんな時だった。
「……おい、おきろ! まおう!!」
「……どわっ!?」
半分、
リミナの愛くるしい顔が右から、視界にフェードインしてきた。やや遅れて、耳にキンと響く高い声。僕の意識はその瞬間に覚醒した。心臓が跳ね上がるような驚きを感じて、反射的に身を起こす。
すると、まるで絵に描いたようなコトが起こるわけで。
「――ふんがっ!?」
結果的に、僕がリミナの鼻っ柱にヘッドバッドをかます形となった。
彼女はおおよそ女の子が出すような声ではなく――いいや。今のはアレだな、音だ。首を思いっきり後ろに持っていかれたことによって出てきた、音だった。と、そんなことを冷静に考えていると、右隣では軽装な鎧を着た少女が顔面を押さえているわけで……。
「ないてにゃいっ! ないてにゃいもんね!?」
とか、その円らな瞳から大粒の涙を流しつつ、そう言っていた。
見れば顔も真っ赤で、隠している鼻の部分から垂れているのは――血か。要は鼻血か。こればっかりは何やら可哀そうにも思えるので、僕はそっと、万年床の枕元に置いてあるティッシュを寄せてあげた。そうしたらリミナは「えぐっ、えぐっ」と言いながら、鼻にそれを詰め込む。
そして、ゴシゴシと目元を拭ってから、キッとこちらを睨んだ。
「そ、そのていどで、アタシはろーらくできないぞ!」
「無駄に難しい言葉、知ってるんだなお前」
別にこの少女を籠絡したところで、僕にはなんの益もない。
かと言って、先日のアイリーンの策略によってこの子との仲も、険悪にしてはいけない可能性が出てきた。誠に遺憾ながら、あの駄女神と共謀して聖剣の件をひた隠しにしなければならないのである。そうしなければ、春歌を巻き込むことになってしまうからだ。
という訳で、本日からは適当にあしらうのではなく、しっかりと向き合わねば。
さて、それではその一歩として、まずは――
「――改めて自己紹介だ。僕の名前は、舞桜リュウ、だ」
「? きゅうに、なにをいっているんだ。まおうは」
「まぁ、いいから。何だかんだ三年ほどの付き合いになるけど、互いのこと名前以外知らないだろう? それはいくら、敵同士だからって寂しいじゃないか」
「むぅ? たしかに、いわれてみればそうだな」
「だろ? だから、今日は自己紹介から始めてみよう」
「……わかった――だがな!」
「……ん?」
僕が懇切丁寧に時間を稼ごうと――もとい、説明をしていると、だ。
不意に立ち上がったリミナは、どう足掻いても間抜けな顔でキメ顔を作って、こちらへビシィっと指差してきた。僕は困惑するが、その様子が嬉しいのか、彼女はニタリと笑う。
そして、大声でこう言った。
「アタシは、そのていどでは――ろーらくされないがなぁっ!!」
「お前、それ知ったばかりで使いたいだけだろ」
僕は冷めた声で、その言葉を切って捨てる。
するとリミナは「えっ! なんでわかるのだ!」と言って、青ざめた。
「も、もしや……まおう。きさま! アタシのこころをよんで――」
「――ないから。はい、一回座って。話が進まないからさ」
驚いたままの少女を座らせる。
さて。それでは、改めて自己紹介をするとしよう。
「こほん……えっと、僕は舞桜――」
「――ども~♪ こんにちは、女神アイリーンですっ」
と、思ったら、である。
今度は絶妙なタイミングで、駄女神が襖を開けて部屋にやってきた。
すると、それにいち早く反応してみせたのは、言うまでもなくリミナである。少女はふわっとサイドアップの髪を舞わせて、アイリーンに抱きついた。それはまるで、授業参観にやってきた母親に、休み時間になってから駆け寄る児童のよう。
だがしかし、何故だろうか。
何か嫌な予感がした。そして、そのフラグは間を置かず――
「めがみさま! よくぞきてくれました! まおうが、アタシをろーらくしようとするのです!」
――その言葉によって回収されることとなった!
ちょっと待って!? それだと、何やら違った意味に受け取られる可能性が――
「……あの、リュウさん。貴方、こんな幼い子供を手懐けていったいナニを?」
――ほらー! やっぱり変な方向に勘違いされたーっ!
アイリーンのやつ絶対、間違った方に勘違いしてるよ! 言っておくが、僕にはそんな趣味、というか性癖はないからな! 断じて、ないからな!!
だから、この誤解をどうにかして解かねば――
「ちょっと待ってくれ、これは誤か――って、うわっ!?」
――と、思っていたところで、テンプレ的な転倒! 嘘でしょ!?
僕は焦って立ち上がろうとして、見事に自分の足で自分の足を踏んでしまった。
そうなれば、流石に魔王の身体能力を持っていたとしても体勢を立て直すのは不可能。というか、中途半端に踏ん張ろうとするモノだから、二人との距離が詰まってしまう。
そして――
「うわっ!?」
「いやぁ!?」
「きゃっ!?」
――オチはこれ。三者三様に、大声でそう悲鳴を上げた。
結果、女性陣は互いを抱きしめ合うようにして。そして僕は、そんな二人に覆いかぶさるように。さらに言ってしまえば襲いかかるかのような体勢になってしまった。間近に、美しい顔が二つ並んでいる。
一方は身体的に成熟し、大人の色香を醸し出している。もう一方は、まだ未成熟ながらも、それ故の愛らしさが溢れんばかりであった。
まぁ、それ自体は実に眼福なことなのだが、これは不味い。とにかく、不味い。
もしも、だ。これを誰かに見られたら――
「舞桜さん!? 今、なにか悲鳴が聞こえたような気がしたのですけど――」
「――――――」
――はい。フラグ回収乙です。
恐る恐る振り返ると、そこには会社帰りに買い物をしてきたのであろう、スーパーの袋を片手にぶら下げた春歌が立っていた。彼女は肩で息をして、しかしすぐに俺たちのことを認めたのであろう。真顔になってから数秒、そこに立ち尽くしていた。
そしてしばしの間を置き、第一声を上げたのは――
「そこのもの、にげろ! まおうは、ろーらく、するつもりだ!!」
――リミナであった。
あぁ、こいつめ。さては意味も分からずに使ってるな?
こうなったら、後で徹底的にお仕置きしてやる。泣いても許してやんねー。
さて。そんなリミナの言葉を受けた春歌はというと。
「えっと、スマホはどこにあったっけな……」
呟きながら、ガサゴソと、ポケットの中に手を突っ込んでいた。
そうして、彼女がスマホを取り出してから数分後。
サイレンが鳴り響いた。さらに数分後。
僕は、警察署でこってりと事情聴取されることになるのであった。
あとこの時、初めて知ったんですけど。カツ丼って、有料なんですね――。
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