第2話 ロリ勇者は納得していない件について
――あの日から、はや六年の月日が流れた。
今ではこうして、部屋に引きこもり、毎日ノートパソコンに向かう日々だ。
何故かって? それはそうだろう。衣食住が整えば、人間――もとい、魔王でさえ堕落するというモノ。本来、生物というのは怠けるように出来ているのだから。
ともなれば、僕がこのような生活を送るのもおかしな話ではない。
そう。決しておかしくはないのだ。それに、聖剣だって失われて久しい。そのこともまた鑑みれば、僕を脅かすものはなかった。何せ、無敵なのだから。
だけれども、だ。
こうして静かに余生を送りたいだけなのにもかかわらず、魔王という立場には一定の邪魔が入るモノらしい。その一例が今、僕の目の前にいる――
「どうした、まおう! なにかいえっ!」
――このチンマリとした少女、だったりする。
金色のサイドアップの髪に、青く澄んだ円らな瞳。手足はとても剣を振るう者とは思えないほどに華奢で、身長はその年相応だった。それでも軽いながらも鎧をまとい、こちらに剣の切っ先を突き付ける様は――まぁ、何と言いますか。愛くるしい、とも言えるかもしれなかった。
だけども、そんな彼女も僕にとっては煩わしい存在だ。
だってそうだろう? こっちは静かに暮らしたいだけなのに、自分が魔王を討つ使命を持つ者――すなわち、勇者として生を受けたというだけで、こうやってやってくるのだから。
正直なところ。いい加減、うんざりだった。
「あのさ、リミナさぁ……いっつも初めて挑戦するように言ってるけど、これで何回目だ? 僕のところにやってくるの」
「う、うるさいっ! アタシがはじめて、といえばはじめて、なんだっ!」
「……正直、キミの方が魔王の素質あるように思うよ」
「な、なにおぅっ!?」
そのため、ついつい魔王口調を忘れて肩を落としてしまう。
すると少女――リミナは顔を真っ赤にして怒った。地団駄を踏んで、分かりやすいほどに。それを見ていると自然、ため息が漏れてしまった。
リミナは先ほども言ったように、勇者だ。
誰が決めたかは知らないが、かの異世界において唯一聖剣を扱うことが出来る者、であるとかなんとか。アイリーンからは前世からの因果だとかなんとか言われたが、僕にとってはぶっちゃけどうでもいい。毎日のようにやって来ては、キーキーと騒ぎ立てるのだから、その辺の猿と変わらなかった。
だからといって、である。
こんなロリっ子勇者を邪険に扱うのは、いかがなものか。
ちょっとばかし、大人げないのではないか。そう感じられてしまうのであった。
それに前世――と言って、いいのか分からないが――では一応、妹もいたのだからこういった対応には慣れている。いや、慣れていた、といった方が正確か。
だから僕は、少女に向かってこう言った。
「……はいはい。さっさとかかってきなって」
「ふ、ふんっ! アタシのけんぎを、みるがいい!」
するとリミナは目を輝かせる。
そして無い胸を張って、身の丈ほどある剣を頭上にかかげた。
その様は剣を振っている、というよりもそれに振り回されていると言った方が正しいようにも思われたが。とにもかくにも、彼女は俺の脳天めがけて――
「てええぇぇいっ!」
――腰が浮くほどの渾身の力で、振り落した。
「………………」
だけども、僕はそれを避けない。何故かと問われれば、それは言うまでもない。
何度も言うが魔王には、聖剣による攻撃以外は――――ゴツン!?
「…………」
「……あれ?」
リミナはスタっと着地してから、困惑した様子でこちらを見つめる。
対して僕は、脳天に乗っかった状態になっている剣を奪った。鈍い音がしたわりには、ダメージがない。それどころか、痛みすら感じない。
そう。このように、普通の剣では僕を傷つけることは出来ない。すなわち、この少女はいくら頑張っても僕に勝つことは出来ないのである。それもこれも、あの顔とスタイルだけはいい、女神の愚行によるモノのためであった。
そう。そのせいで、僕は――何も感じないのだ。
「……と。では次はこっちの番かな?」
そこでふと、目の前で震える少女の存在を思い出した。
さて。攻撃されたのだから、こちらも相応の攻撃しなければいけないだろう。ほら、あの有名な某RPGでも、勇者が攻撃して初めて魔王が攻撃するじゃん? あんな感じ。
僕はどのような刑に処してやろうかと、思案する。
おそらくは、この硬さの鉄の塊で殴られたら、死んでしまうよな。うん。
それはこちらとしても本意ではないので、そうだな――今日はデコピンの刑にするとしよう。そう考えて、僕はズズイッと、リミナとの距離を詰めた。
「くっ、こ、ここここっ! 殺すなら殺せ! ……ふぇ」
「台詞は合ってるけど、すでに半泣きじゃないか」
「泣いてない! 泣いてないもんねっ!」
「ふ~ん。それじゃ……ほいっ」
――コツンと。
そんな下らない問答をしている最中に、僕は少女にデコピンをした。
ホントに軽く。それこそ小突くくらいの優しい一発――の、つもりだったのだが。どうやら力の加減を間違えてしまったらしかった。
「ふがっ!?」
リミナが、女子にあるまじき声を発したと思えば、額を押さえて倒れ込んだ。
そしてゴロゴロと、六畳しかない一室の中を、声にならない悲鳴を上げながらのた打ち回っていた。何度か壁に激突しながらも止まらないあたり、相当の激痛らしい。だが、しばらく悶え苦しんだかと思えば、彼女は不意にピタリと動きを止めた。そして――
「――びえぇぇぇぇぇぇんっ!?」
今度は、まさしく子供。年相応のそれのように、大声で泣き出した。
けたたましい泣き声が、響き渡る。
あー、失敗した。
この状態になると、アレが来ないと収拾がつかない。
僕はリミナのこの、子供騙しの戯れに付き合い、なだめることは出来る。しかし、このように泣き出してしまっては、もう一人の専門家が必要なのであった。
だが、そんな都合よくアレは来ないだろう――と、思ったその時である。
「どうも~っ! 女神アイリーン様の登場ですっ♪」
タイミングよく押入れの襖が開き、中から件の
駄女神ことアイリーンは、お気楽な様子で空間の歪みから半身を抜け出して、畳の上に降り立つ。ひらり、と。羽衣を舞わせて、リミナ同様に偉そうに腕を組んで仁王立ちをしていた。
「どうですか? リュウさん。最近の調子は」
「現在進行形で最悪な感じですね、はい」
「? それは、どういう?」
「ほら、それ……」
と、まったく気付く様子のないアイリーンに、僕は彼女の足元を指差す。
そこには、すすり泣くリミナの姿があった。それを見て、駄女神は「あぁ……」という表情を浮かべて、しゃがみ込んだ。そして、トントンと、優しく少女の肩を叩く。すると、ピタリ、何かを感じ取ったのか少女は泣き止んだ。
しかし、それも一時のこと。
次の瞬間には――
「――びえぇぇぇぇぇぇぇえっ!? めがみさまあぁぁぁぁあっ!!」
ぼふんっと、そんな音がするような勢いで。
リミナは、アイリーンの胸の中に思い切りダイブした。
アイリーン――もとい、駄女神は少女の頭を優しく撫でる。その姿『だけ』は、本当に女神様のそれに見えるのだから、困ったものだ。
「勇者リミナ? いったいどうしたのですか?」
「また、まけたぁ! まけましたぁ!?」
「おやおや。そうなのですか?」
「はいぃ……」
愚図る勇者(ロリ)に、それをなだめる女神(駄)の図。
こうなると僕は蚊帳の外だ。コトが収まるまで、さぁ――スレの監視を再開するとしますかね。おっと、いつもの人が「またお前か」と書き込んでくれているな。
「めがみさま! せいけんは、まだいただけないのですか! アタシは、まだみじゅくなのでしょうか!!」
「え、えぇ! まだですよ? 勇者リミナ。早々に力を手に入れてしまっては、慢心を生むことになりましょう! 貴女が相応の実力を身に着けるまでは、聖剣はお預けとしましょう」
――ん? この人は新参だな。
僕が本当に魔王なのだということを知らしめなければ――
「ぐすっ……わ、わかりました。アタシ、がんばりますね。めがみさま!!」
「そ、その意気です、勇者リミナ。期待していますよ?」
「はいっ! それでは、アタシはまたシュウレンしてまいります!」
――っと。
どうやら意外に早く、決着がついたらしかった。
僕は二人の方へと振り返る。するとそこには、剣を拾い上げて涙を拭うリミナと、それを苦笑いしながら見つめる駄女神の姿があった。僕がジッと睨むと、アイリーンは視線を逸らす。
何故なら、聖剣を失くした、という事実は僕達の間だけの秘密だからだ。
それだというのに、勇者として生まれたリミナは正義感、および使命感の塊のような女の子。駄女神アイリーンにとってはいつその事実がバレるか、という綱渡りをしている状態なのであった。
ここまで言えば、現在の僕らの力関係が分かっただろう。
アイリーンはあの時、僕のことを飼殺しにするつもり満々でこの部屋に押し込んだ。しかしリミナという勇者の誕生によって、立場は逆転してしまった。
つまり今となっては、この駄女神は僕の配下に相違ないのである。
「べーっ、だ!」
まぁ、一番可哀そうなのはリミナだよなと。
こちらに向かって舌を出し、いつものように空間の歪みの中へと帰っていく少女を見送りながら、僕はそう思った。何せ、自分の信じている女神が実際は駄目な奴で、現在進行形で魔王に土下座しているとは思ってもみないだろう。
「さて、それで? 今回はどんな要件なんだ」
「えっと、ですね? その……」
僕がパソコンに向き直ると、おずおずと、駄女神はこう切り出してきた。
「実は魔王様の向かいの部屋に、お一人引っ越してくることになりまして……」
「ふーん。それで?」
何だ、そんなことか。
その程度のことをわざわざ知らせに来るということは、女神は相当暇なのか。僕は興味なさげに答えつつ、スレの動向を追いかけながらキーボードを叩いた。
「どのような方か、興味はございませんか……?」
「ん? べつに?」
何だというのか。
どこか含みのあるアイリーンの言葉に、違和感を覚えた。
そして振り返ると、そこにあったのは――
「……なに、笑ってるんだよ」
「いいえ、別に?」
――女神の、してやったりと言わんばかりの微笑み。
僕はここ六年の中で初めて、ぞくりと、悪寒を感じた。
自身の表情が、不自然に強張るのが分かる。それはこの女神の言いようのない、不気味な笑みがそうさせているのであった。――こいつ、何を企んでいる?
「その方は後日、挨拶に来ると思いますので、よろしくお願い致しますね?」
「お、おう……? 分かった、けど」
「それでは、また――――ふふっ」
「? な、何だってんだ」
アイリーンもリミナ同様に、渦を巻く空間の歪みの中に身を投じていく。
そして、襖を閉めれば、そこに残るのは僕だけ。
六畳一間の魔王城の主だけだった。
「……アイリーンの奴、何を考えてんだ? ううむ」
俺は部屋の中央に腰を下ろして、考え込む。
だが、結論として出てきたのは――
「まぁ、アイツのことだから、どうせ大したことではないだろ」
――というモノであった。
しかし、後になって思えば、この時に手を打っておけば良かったのだ。
まさか隣に引っ越してくる人物が、この平穏とも呼べる均衡を崩す一打となるとは、この時に僕には――とても想像できなかったのである。
◆◇◆
――数日後。
僕はチャイムの音で、目を覚ました。
二度ほど鳴らされたそれに、三回ほどのノック音。前日のレスバトルで疲弊していた僕は、即座に反応することは出来なかった。だがそれでも、どうにか身を起こす。
「は~い。少し待って下さ~い」
そして、力なく玄関の向こうにいるであろう人物にそう声をかけた。
目を擦りながら、「そう言えば、アイリーンが言ってたな」と、引っ越してくる人物のことを思いだす。どのような相手かは知らないが、別段、緊張するようなこともないだろう。そう思った。
そう、ドアを開ける、その時までは――
「――――――」
僕は、声を失った。
目の前に立っていた女性は、想像の埒外にあった人だったから。
しかし、それは相手も同じくのようで。彼女は僕の顔を見るなり、驚いたような表情を――否。信じられないといったような浮かべ、目を見開く。
そして、彼女は僕を、僕の顔をまじまじと見つめて――
「舞桜、リュウ……くん?」
――表札も見ずに、僕の名前を述べてみせた。
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